クラス委員をしてて、真面目で、人当たりもよくて。
にだって信頼されている、同じクラスの優等生。





「・・・見られたよな。その顔は。」





ガラの悪そうな奴らに囲まれて、だけど対等に話してて。
なぜかそこに、の名が聞こえて。





「あーあ。ゲームオーバーか。」





思考が鈍り混乱して、言葉が出てこない。
そんな俺を見ても河野はいつもと変わらぬ様子で呟く。
俺とは正反対の冷静な表情で、小さく笑みを浮かべて。













幼恋














「・・・なんだよ、今の。」





ようやく絞り出した一言。
いつもの俺ならば、後先考えず感情のまま河野を問い詰めたかもしれない。
だけど、今はそれすら出来ないほどに動揺していた。





「なんだよって、見てたんじゃないの?」





あの河野だぞ?優等生が服を着て歩いてるような奴なんだ。
そりゃあ俺が河野を知らない部分なんて山ほどあるだろうけど。
それでもが信頼してる奴。
俺が勘違いをしているだけかもしれないし、何か理由があるのかもしれない。

だって、そうじゃなきゃ・・・





「ゲームだよ。」





そうじゃなかったら、





を彼女にして、一定期間以上続けば俺の勝ち。」





は?





「・・・今、しあわせ?」

「・・・うん。そう思うよ。」





しあわせだって、そう言ったはどうなる?
















「ちょ、ちょっと待てよ。何の冗談?!」

「別に冗談を言ってるつもりはないけど・・・冗談に見える?」

「見えるよ!なんでお前が・・・!」

「あー、なんだ。決定的なところ見られたから開き直ろうと思ってたのに。
いくらでも言い訳できたのか、もしかして。」

「!」





悪びれもせずに飄々としてるこの男は、一体誰だろうか。
俺が八つ当たりをしても、冷静に諭すように大人びていて。
教師からの信頼も厚くて、周りの奴らからだって頼りにされてて。
そんな奴が、どうして。





をだましてたのか?」

「そういうことになるかな。」

「なんで・・・!に何か恨みでもあんのかよ!!」

「別にないけど。」





混乱していた思考が、徐々にはっきりとしてきた。
それと一緒にこみあげてくる、怒り。





「退屈してたから。」

「っざけんな!!」





なんなんだよ・・・!退屈だから?そんな理由で・・・!!





「っ・・・!ふざけてんなよ!河野!!」

「別にふざけてない。」

「ああ?!」

「ふざけてるって言うなら、お前だろ?」

「?!」





河野の胸ぐらを掴んでいた腕を取られ、そのまま俺は壁に押し付けられる。





「っ・・・離せよっ・・・!!」

「お前だけには言われたくないよ、若菜。」

「・・・は?!」

「お前だって暇つぶしだったんだろ?」

「・・・なに・・・」

「退屈してたから、いろんな奴と付き合ってたんだろ?」

「!!」





それまで冷静だった河野は、少し口調を強めて俺の目をまっすぐと見る。
河野を責めるつもりだった。をだましてたなんて許せないと思った。
だから、たとえば力づくでも、に謝らせるって考えていたのに。





「お前は今まで付き合ってきた子たちに恨みがあったわけ?違うだろ?」

「っ・・・」

「それと一緒だよ。この後とも理由つけて別れるし。
賭けのことなんて知らせずに、ただ別れるだけ。状況は一緒だ。」

「・・・一緒・・・なんかじゃ・・・」

「違うって言えるか?お前だって一時の楽しみの為に付き合ってたんだろ?
だからすぐに別れることになる。」





なんで、何も言い返せない。
お前なんかと一緒にするなって。俺は・・・お前とは違うって・・・何で言えない?





はお前を・・・信頼してた!!」

「俺もを信頼してる。あんなまっすぐな奴、そうはいないと思う。」

「そうだよ!まっすぐだから・・・!いつも一人で抱え込んで、何でもないって顔をして・・・!
なのに、なんでこんなことすんだよ!」

「・・・お前、なんなの?」

「何がだよ!」

を一番傷つけてたのはお前だろ?」

「!」

「なのに、何でお前がそんなこと言える?」





なにを・・・何を言ってる?どうして河野がそんなことを・・・?
確かに俺はを傷つけてきた。それを後悔だってしてる。
だけど、それは俺としか知らないはずで・・・





「俺は知ってる、の気持ち。」

「・・・な・・・」

「今まで誰とも付き合おうとしなかったが、俺と付き合うことになった理由、わかるか?」

「・・・何・・・」

のお前への気持ちを言い当てたからだよ。」

「!!」

「他の男を見ない理由がわかれば、隙なんていくらでも作れる。」





が誰かと付き合うと聞いたとき、ひどく驚いたことを覚えてる。
彼女は俺が好きで、俺が一番だったはずなのに、なぜってそう思った。
気持ちには応えることはしなかったくせに、そんな自分本位な考えを持って。





「気持ちにも応えないで、ずっとをしばってきたのはお前だろう?
自分のしてきたことを棚に上げて、俺を責める権利があるのかよ。」





権利・・・?そんなもの、俺にはない。
を傷つけて、混乱させて、ようやく気持ちに気づいて。
けれどそれは隠し通そうと決めた。
が幸せならば、それでいいと思ってた。それを壊すなんてできるはずもない。





「ねえよ、そんなもん。」

「だったら・・・」

「なくたって俺はが大切なんだよ!」





突然声を荒げた俺に河野は驚いた表情を見せ、俺を押し付ける力が緩んだ。
俺は河野の手をはらい、そのまま態勢を逆転させる。
向ける力を緩めることなんて出来なくて、河野は痛みに顔をゆがめた。





「アイツを傷つけてたことも、苦しめてたことだって知ってる!今更なことだってわかってる!
それでも・・・だからこそには幸せでいてほしかった!もう傷ついてほしくなかったんだよ!!」





それが矛盾していることだとわかってた。
けれど、を好きだと気づいて初めて彼女の痛みを知った。願わずにいられなかった。
隣にいるのが俺じゃなくても、には笑っていてほしいとそう思った。





「なにそれ、今更告白?」

「うるせえよ!」

「なるほどね。俺っていう存在がいたから言えなかった?」

「違う。俺はに何も伝える権利がないって思っただけ。お前のことなんか知るか!」

「バカじゃねえの?」

「ああ?!」





今にも殴りかかりそうになっていたのに、その手を止めてしまったのはなぜだったんだろう。
河野は変わらず冷静さを保ったまま、俺を見つめた。





「お前は逃げてるだけだ。」

「・・・な・・・」

「最初っからそうだ。と気まずくなりたくないから。とは今の距離が一番楽だから。
理由ばかりつけて、楽なほうへ逃げていく。」

「!」

「気持ちに気づいたら今度はの迷惑になるから。が困るから。
自分にはそんな権利がないから。どんな立場だってお前はそうやって逃げ道をつくるんだ。」





まるですべてを見透かされているような目に、俺はそれ以上動くことができなかった。
こんなひどい奴の、をだましていた奴の言葉なのに。
けれど、それは俺の心に突き刺さる。ズシリと重くのしかかる。





「だから、俺はつけいる隙があると思った。結果、お前はに見放された。」

「・・・。」

「お前の本心はずっと前からそこにあったはずなのに。」





いつの間にか、河野を押さえていた腕が奴から離れていた。
先ほどまで河野に向けていた力。今度は自分に向けて強く強く拳を握った。





俺は、ずっと怖かった。が俺の傍から離れていってしまうこと。
彼女の隣はあまりにも居心地が良くて、それを失ってしまうことが怖かった。
年を重ねて恋愛というものを知り、その楽しさも苦しさも味わった。
友達との喧嘩とは違い、その関係が二度と元に戻らなくなることもあった。

の気持ちを知って、それに応えることは出来るとわかってた。
なのに行動に踏み切れなかったのは、彼女があまりにも大切すぎたからだ。
関係を壊したくなくて、その場所を無くしたくなくて、俺は彼女の気持ちも、自分の気持ちさえ無視し続けた。





「ゲームも終わったし、とは別れる。それでいいだろ?」

「・・・。」

「じゃあな、わか・・・」





ガッ!!





「・・・っ・・・」

「ざけんな・・・。」





力をこめた拳が、河野の頬をかすめる。





「なんだよ若菜。だからお前には俺を殴る権利なんて・・・」

「うるせえ!!」





資格なんて無くても。権利なんてなくても。
俺がどんなにひどい人間と言われたって、いい。



ずっとここにあった俺の本心。それは、





「おっ前・・・血の気ありすぎ!」





彼女の傍にいたい。





「そんな闇雲に殴ったって効かない・・・って、おい聞いてんのかよ!」





俺以外の誰か、なんて言い訳だ。誰かに任せるなんて嫌だ。



俺が、の傍にいる。










ずっとずっと、一緒にいたいんだ。





















「自分の苛立ちを・・・俺に、ぶつけんなっ!!」

「っ・・・!」





河野が蹴りが腹に入り、そのまま地面へと倒れこむ。
くそ、コイツ武道でもやってんのか?なんでこんなに強いんだよ。
普段真面目すぎるキャラのくせに、どこまで人を馬鹿にすれば気がすむんだ。





「ゴホ・・・ゴホッ・・・」

「つきあってらんねえよ。」





俺が立ち上がる前に、河野はその場を去っていく。





「・・・くそっ・・・」





自分の情けなさに、立ち上がることも出来ずに。
あんな奴に自分の気持ちを言い当てられて、気づかされて、どうしようもなく悔しくて。



だけど。













立ち上がり、制服についた土を払うこともなく走り出した。



俺は逃げてばかりいた。
格好つけて、を傷つけたくないって理由をつけて、自分が傷つかない道を選んでた。
自分の本心を認めるのにさえ時間がかかって、本当にどうしようもない。

でも、はそんな俺でさえ、いつだって受け止めてくれた。



怒られても、責められても、それで自分が傷ついたっていい。





もう、逃げない。







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