「いや、二人っつーか、河野の方。噂があるよな。」





根拠もなく流れ、騒がれる噂話なんて、日常茶飯事で。
特に興味があるわけでもないのに、暇つぶしとばかりに大げさに騒ぎ立てる。





「噂?」





だから、友達が呟いたその一言を無条件に信じようだなんて思ったわけじゃない。





「河野には、さんとは別に本命がいるって話。」





でも、そんな話を耳にしてしまったら、確かめずにはいられない。















幼恋

















その噂は一体誰から聞いたのか。
友達にさりげなく聞き出しても、河野の好みは年上だとか、他に彼女がいるだとか、
確信のもてない情報ばかりで結局答えには行き着かなかった。
噂というものは発信源の本人さえ気づかないささいな一言だったりするものだ。
その元を見つけ出すなんて、よっぽど運がよくなければ難しい。
ましてや俺の場合、それを探ってるなんて周りに知られれば、当然や河野にも迷惑をかけることになる。

たかがちょっとした噂話。
はきっと河野を信用しているし、河野だってをわかっているような口ぶりだった。
俺が余計な心配などする必要もなかったのだろうけれど。





「結人。」

「・・・っと、。」

「今帰り?どうしたの?難しい顔して。」





何もわからずどうしようかと思考を巡らせているところに、当の本人が現れた。
何か聞いてみようかとも思ったけれど、こんな不確かなこと、心配をかけるだけだと思いとどまる。





「べっつに。今日は河野、一緒じゃねえの?」

「うん。いつも一緒に帰ってるわけじゃないし。」

「ふーん。」





の質問には答えず適当に流すと、も少しだけ俺を見て、
すぐに前を向き隣に並んで歩き出した。

さっきまで考え事をしていて、さらにはその原因のが現れたから、
すぐに思考は切り替わらず、何を話していいのかわからなくなった。
俺たちにしてはめずらしく、無言のまま自分たちの足音だけが響いたけれど、
はたいして気にしていないようだ。
もしかしたら、また俺が何か悩んで、考え事をしているとでも思っているのかもしれない。
そういうとき、彼女は俺が考えを整理して話し出すのをただ、待っているから。





「・・・。」

「ん?」

「・・・今、しあわせ?」

「・・・ふはっ、何いきなり。」





と河野が付き合いだして、もう数ヶ月が経っている。
俺が心配することなんて何もないはずで。
じゃあ、何を聞けばいいか。そう考えてたどり着いた質問がそのまま声になった。
自分でも突拍子のない質問だとは思ったけれど、口に出してしまったものは仕方がない。。





「いいじゃん!そういうの聞きたい気分だったんだよ!」

「訳わかんない。まあ、でも・・・うん。そう思うよ。」

「・・・そっか。」

「結人は?しあわせじゃないの?」

「俺?俺はいつでもしあわせですよ〜?」





周りの奴らに見せるような、からかうような笑顔を向ける。
は顔をしかめて、俺をじっと見つめた。





「彼女と別れたんでしょ?」

「そんなの昔の話!いいんだ、また新しい恋を見つけるから!」

「結人はそんなに焦らないで、ちょっと落ち着いたらいいんじゃない?」

「あ、そういえば、俺最近落ち着いたよなって言われた!
なんつーかね、大人になったね。大人の魅力!」

「・・・。」

「あーもーお前さー、そこで無言になるの止めろよ!」

「やー、なんて言葉をかけたらいいのかわからなくて。」

「普通でいいから!そうだね、大人の魅力だね!でいいから!」

「そうだねー、大人の魅力だねー。」

「棒読みだし!全然気持ちこもってねえし!」





そうか。は今、幸せなんだ。
それなら、俺が心配することなんてない。あんなのただの噂。

だから俺も、何もせずいつもどおりでいればいい。
の気持ちはもう俺に向けられていない。遅れて気づいた自分の気持ちは決して見せない。
そうすれば、俺たちはまた、ただの幼馴染になる。



そうすれば、こうして一緒に笑っていられるんだ。






















「お前次に忘れたら、倍の宿題にするからな。」

「うげっ、ひでえ!」

「ひどくない。忙しくてもやるべきことはきっちりやれー。」





授業で出されていた課題を数回忘れたことで、ついに先生に呼び出された。
宿題があるときは友達に見せてもらったり、に教えてもらったりしていたけれど、
その存在自体を忘れてしまっては、さすがにどうにもならない。
職員室でみっちりしぼられて、その場で勉強させられて散々だ。

ぐったりとしながら職員室を出る。
教室に鞄を取りに行ってから、昇降口に向かうと、そこには河野の姿があった。
アイツもクラス委員の仕事か何かで居残りでもしていたのだろうか。
特に声はかけずにその後姿を眺めていると、向かう先が校門でないことに気づく。
校舎の裏側に向かって歩いていく河野を、自然と足が追っていた。





「・・・・・・だな・・・」





声が聞こえる。





「・・・っ・・・・よ・・・」





俺は校舎の壁に体を隠しつつ、その声の方を覗き込んだ。





「・・・?」





河野と数人の男子。着崩した制服と、指定の黒とは違う髪色。
河野が校則指定をきっちりと守るような奴だからか、周りの奴らの派手さがやけに目立つ。
・・・なんだか見たことがあるような。何か接点があっただろうか。
そうだ、昔何かの理由で話しかけられたことがあった気がする。
理由は・・・なんだったか。





「河野もなかなかやるよな〜!」

「真面目な顔して!」

「それはどうも。」





その中の一人が、楽しそうに河野の肩に手を置いて、封筒のようなものを渡した。
一瞬かつあげか何かと思ったけれど、特に脅されているような様子もなく、対等に話もしている。
なんだ、ただ話しているだけ・・・?何でこんな場所で話してるかは知らないけれど。





「で、どうやってさんを落としたんだよ?」

「それは秘密。」

「賭けてから、すっげえ速かったもんな〜!
彼女、もともとお前のこと好きだったとか?」

「そういうわけじゃないみたいだけど。」





その場から離れようと動かした足が止まる。
・・・今なんて?



・・・・・・?・・・・賭け?





「すっげー。あー、こわい。こういう真面目ぶって女を遊ぶタイプ!」

「人聞きの悪いこと言うなよな。」

「本当のことじゃん!な〜?」





そうだ、俺が昔あいつらに話しかけられた理由。





告白されても、なかなか付き合わない女子をどれだけはやく落とせるか。
そのゲームに誘われたんだ。





「あ、河野、俺たちこれから遊びに行くけどお前どうする?」

「俺はいい。」

「相変わらず付き合いわりー!まあいい暇つぶしにはなったよ!じゃあな!」





奴らの申し出を俺は断っていた。
別に誰かを傷つけることが嫌とか、そんな理由じゃなくて。
ただ、そんな遊びに付き合うのも、あいつらにからまれるのも面倒だったから。



だけど、なんで河野が?
あいつなんて、俺以上にこんな遊びに付き合うタイプじゃないはずだろ?
河野はうちのクラス委員長で、真面目で、とだってずっと仲が良くて。
だって、河野が好きだって・・・幸せだって・・・そう言って・・・







「・・・うわ。」








先に帰っていった奴らとは逆方向、つまり俺のいる方へと河野は歩き出し、
混乱していた俺と鉢合わせた。俺を見つけると驚いたように、後ずさる。





「・・・河野。」

「・・・見られたよな。その顔は。」





河野は大きくため息をついて、諦めたように笑みを浮かべた。









「あーあ。ゲームオーバーか。」










声のトーンも変わらずに、ポツリと零した河野の低い声が、頭の中に反響した。









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