俺は一体どうしてしまったんだろう。





「そう言うなら、証明して。」





今までならば、こんなことなかった。
迷うことなんかなく、思うままに行動して。





彼女に恥をかかせるなんて、情けない姿を見せるなんて、





今までの俺なら、あるはずもなかったんだ。













幼恋















求められたのに何もできず、適当な言い訳をつくってごまかす。
こんな情けないこと、はじめてだ。思い出すだけでも恥ずかしく、イライラする。

そもそもなぜあのとき、の姿が浮かんだんだ。
はもう俺のことを好きではなく、他の男とつきあっている。
確かに一時はへの独占欲からイラつきもしたし、悔しさや寂しさを持ったことだってあった。

それでもお互いが大切だし、支えあえるってそう思ってる。
恋愛なんて括りに囚われることなく、これからも一緒にいられるってそう思ってる。



俺がそう望んで、そうなるように動いた。



彼女の気持ちを無視し続けた。





だから、それは「恋」ではない。





そんなものであっていいはずがない。

















そんな調子のまま、上の空の状態でサッカーをしてもうまくいくはずがなかった。
監督には怒鳴られ、チームメイトには悪いものでも食べたのかと心配される始末。
自分の感情の変化で、サッカーにまで影響を出すことなんてなかったのに。
情けない。こんなこと考えるのはやめようってそう思うのに、頭の中は混乱するばかり。

英士と一馬にも心配はされたけれど、笑って大丈夫だって必死で強がった。
そんな強がりは当然ばれていたのだろうけれど、二人ともそれ以上何も言わなかった。





そしてこんなときでも習慣というものは恐ろしい。自然と俺の足はいつもの場所へ向かっていた。
こんなとき、いつも向かう場所。どんなときでも俺を受け入れ、落ち着けて、安心できる場所。





「・・・いやいやいや、ちょっと待て!」





の家のドアをあけようとして踏みとどまる。こんなときにに会ってどうするんだ。
彼女が出来て、でもなぜかの顔が浮かんで手が出せなかったなんて本人に言えるわけもないだろ・・・?!





「あら、結人くん?」

「お、おばさん・・・!」

「どうしたの?入ればいいのに。」

「い、いや、別に用は・・・」

「何言ってるのよ。いつも用がなくたって遊びに来るくせに。」





いつも自由に出入りしている、気心の知れた家だ。
ポストか何かを確認しようとしたのか、ちょうどドアを開けたの母親が俺を中に招きいれる。





なら部屋にいるから。」

「別に遊びに来たわけじゃないんだってば!」

「そうなの?でもまあせっかくだからお茶でもしていったらいいじゃない。
も結人くんに渡すものがあるって言ってたからちょうどいいんじゃない?」

「・・・え・・・?」





別に何かを期待したわけじゃない。でも、それはに会おうと思う理由にはなった。
避け続けていたって仕方がない。そうだ、別に避ける必要なんてないはずだ。

俺は今日監督に怒られて、なんだかもやもやしてて、だから幼馴染のに会いにいく。
会って不満をぶちまけて、なぐさめてもらったり、逆に怒られたりして。
それが今までの俺たちだったじゃないか。



そう、今までどおりにすればいい。











いつものとおりに階段を上って、けれどいつもはしない深呼吸をひとつして。
そのままの部屋の扉を開けた。
女の子の部屋にノックもなしに入るなと毎回に言われることを思い出しつつも、
行動が伴わないのも習慣のひとつ。
いつもだったらまず見えるのは、呆れたように俺を見るの顔。けれど今日は反応がない。





「・・・あ。」





いつもの場所ではなく、自分の机に向かって。
静かに寝息をたてているを見つけた。
俺が開けたドアの音も気づかないくらいに寝入っているみたいだ。
いや、その音に耳が慣れていた、と言った方が正しいかもしれないけれど。





「めずらしいな・・・。」





小さく呟いて、机に広がっていたノートを覗き込む。
俺にとっては見るのも嫌になる、複雑な数式がずらっと並んでいた。
復習でもしてたのだろうか?相変わらず真面目な奴。

そう思いながらノートをよく見ると、それは見覚えのあるもの。
俺が学校を休んだときに、その日の内容をまとめてくれてあるノートだ。
そういえばもうすぐテストが近い。少し前にはサッカーの合宿で学校を休んだこともあった。
それじゃあ内容はそのときの授業のものだろうか。

いつも何気なく渡されていたもの。
こうして途中で眠ってしまうくらいに疲れていても、彼女はいつも当たり前のようにそれを渡してくれる。
苦労なんてなにひとつしていないかのように、笑って冗談を言いながら、俺に気を遣わせることのないように。





ずっと、そうだった。





俺が好き勝手に走り回っても、どこへ行ったって、何をしていたって、





安心して帰ることのできる場所を残しておいてくれた。





どんな俺でも受け入れて、いつまででも話を聞いてくれた。







いつだって、どんなときだって、彼女はそこにいた。























彼女に向けて、自然と伸ばされた手。





「結人・・・そろそろ部屋のノックすることくらい覚えてくれない?」





昔からずっと一緒だった。お互いが大切だった。





「私ね、結人のこと「あーでもよかったな!!」」

みたいな幼馴染がいて!彼女にならないからこそいろんな話できるもんな!」





だから、この関係を崩したくなかった。
だから、彼女の気持ちを無視して、それを諦めさせるような残酷な言葉もたくさん言った。





「疲れてるときこそ彼女に会いたいんじゃないの?」

「俺はといる方が楽。」





その通りになっただけだ。
お互い誰を好きだって、俺たちの関係は変わることなんてない。





「怒らないよ。結人は幼馴染だから。」





わかっていたことだ。
いつかが一番大切にする人が、俺じゃなくなるってこと。
だって、俺がそう望んだんだ。そうなることがわかって、彼女の気持ちを無視し続けて。
それでも俺とが幼馴染であることは変わらないから。
それでいいのだと、それが一番いいのだと、そう思っていた。



だから、俺が感じてる気持ちは一時のものだ。





「・・・一時的なものにしては長いよね。」





そのうち消えていく、無くなっていく。





「誰か気になる子でもいるの?」





そうしてきっと、またいつものように。





「それは違うよ。」











「恋じゃない。」













に触れようとした手が止まった。
いつの間にか視界がかすんでいた。

の言うことはいつも正しくて、間違いなんてなかった。
そうしていつも俺に道を示してくれた。





俺の思いは恋なんかじゃないって





一時の寂しさだって





お前は優しく笑いながら、そう言った。








「・・・私、もう結人に振り回される気はない。」








でも、それなら、





お前を想うたびに苦しくなる、この気持ちを





「・・・っ・・・」





日に日に強くなっていく、この痛みを、








「だから結人も、今更私なんかに振り回されないで。」







一体、なんと呼べばいい・・・?
























俺は今まで何をしてきたんだろう。





失いたくないものが大きすぎて、それ以上変わることを拒んだ。





彼女を何度も何度も傷つけながら、失うことを恐れるあまりに先に進むことから逃げた。





何も変わるものなんてないと、自分に言い聞かせて。





こんなにも彼女に触れたいと思うのに、それ以上触れることはできない。










一番大切な人は、こんなに近くにいた。





ずっとつらい思いをさせて、それでも俺の傍にいてくれた。





ほんの少し手を伸ばせば、すぐにでもその手を掴むことができたのに。








今更気づいても、もう遅い。







失ってから気づいたって、もう元には戻らない。









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