「ゆーうと!」

「おお、何?」

「何じゃないよー。一緒に帰ろうって言ってたから迎えに来たんだよ?」

「あ、そっかそっか!じゃ帰ろうぜ!」





何事もなかったかのように、日々は過ぎていく。
新しく出来た彼女ともうまくやってる。



ひとつだけ変わらないのは、





時々襲いくる、心が空っぽになったような喪失感。














幼恋















彼女は話したこともない俺に告白したときの積極性そのままに、いつでも俺の傍にやってきた。
時間があえば、昼も放課後も一緒にいるし、休みの日はデートもする。
今までつきあってきた子と同じだ。彼女を可愛いと思って、一緒に楽しんで、俺は満たされるはずだった。

彼女の前で笑って、でも心から楽しめてなどいないこと、わかっていた。





「・・・あのさ、結人。」

「ん?」

「・・・私って魅力ないのかな?」

「は?」





何気ない話の途中に突然の言葉。
なんの脈絡もなく聞かれた問いに、思わず間抜けな反応を返す。





「どうしたんだよ、いきなり。」

「なんか、話に聞いてたのと違うなーって。」

「話?」

「『若菜くんは手がはやい』・・・って聞いたんだけど。」

「っ・・・なんだそれ!つーかなんでそんな話が流れてんの?!」

「驚くとこ?事実でしょ?」





まあ事実・・・って納得している場合じゃなくて。
おそらくこれまで付き合った子たちから出た話なんだろうけど、俺ってそんなイメージなのか。
確信を持ち、期待をこめるような彼女の視線から逃れるように目をそらす。





「でも私には何にもしてこないからさ、ちょっと自信なくすじゃん?」

「いや、そういうわけじゃなく・・・って、なんかそれ俺がやることばっか考えてるみてえじゃん!」

「えー?違うの?」

「ちげえよ!俺だっていろいろ考えて・・・」





・・・考えて、いただろうか。
何も考えず目先の欲求に走って、その時だけ楽しければいいと、そう思っていなかったか。





「私はそういう目的もあったんだけどな。」

「え?」

「彼氏と別れたばっかりで寂しかったし、結人だったら新しい彼氏として文句ないしね。」

「・・・。」

「結人だってそうでしょ?だから名前も知らなかった私とつきあうことにしたんでしょう?」





そうだ、俺は彼女がいなくて寂しいとそう思ってた。
幼馴染に彼氏が出来て、俺にはいなくて、悔しいって思った。
きっとそれが原因のはずの、正体のわからない喪失感を消し去りたかった。

だから、そう、誰でもよかったんだ。
はやくいつもの自分に戻りたかった。理由のわからない痛みを消したかった。





「誰か気になる子でもいるの?」

「・・・いないけど。」

「じゃあ何で私には何もしてくれないのー?」

「だから別に深い意味は・・・」





そう、深い意味なんてない。
ただ、タイミングがあわなかっただけ。気分が乗らなかっただけ。

そうやって、すぐに答えればよかった。ちゃんと好きだって、そう言えるはずだった。
けれど、このときの俺はその言葉を軽々しく口には出来なくて。

問い詰めるような彼女の先に、違う姿が浮かんでみえた。
それは、ずっと一緒にいた幼馴染。















「そう言うなら、証明して。」

「え?」

「恋人らしいとこ見せてよ。」





そういうと、彼女は俺を見上げ目を瞑った。
俺は彼女に近づき、そのまま頬に手を添える。
今まで何の疑問もなかったし、目の前の子たちは皆可愛いとも思ってきた。
だから、迷うことなんて一度もなかった。目の前にいるのは俺の彼女なんだから、当然のことだ。



なのに、それ以上体が動かない。
なぜか俺の前にいる彼女がと重なる。
切なそうに俺を見るの表情が目の前に見える。俺が何度も傷つけてきた彼女の表情が。





「・・・っ・・・」





この動揺が伝わらないように、俺は必死でその感情を、目の前に見えた人を頭から消そうとする。





けれどそう思うほどに入り込んでくる。悲しい表情が、気丈に振舞う仕草が、優しい笑顔が。










「どうしたの?」

「・・・あ、いや・・・」

「・・・。」

「こ、この場所ってよく知り合いとあうんだよな!さすがの俺もちょっと我慢せざるをえないかなって!」

「・・・わけわかんない!結人のバカ!」





とっさに出てきた適当な言い訳を並べても、それが通じるわけもなく。
怒った彼女は俺の前から走り去っていった。
けれど俺は追いかけることもなく、ぼんやりと彼女の後姿を眺めていた。

浮かんでいたのは、怒らせた彼女への謝罪や、機嫌直しの甘い言葉なんかではなかった。











痛みが、広がっていく。





ズキズキと鈍い痛みが胸に広がっていく。





家について飯を食ってベッドで横になって。





それでも、それはずっと消えなかった。







あの時浮かんだの姿が、ずっと頭から離れなかった。







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