彼女の言うことはいつだって正論だ。
「それは違うよ。」
迷う俺に、悩んだ俺にいつも道を示してくれるその言葉。
「恋じゃない。」
いつもは素直に受け止められるの言葉が、いつまでも俺の中を巡っていた。
幼恋
「・・・と・・・結人。」
「・・・え?あ、何?英士。」
「いつまでボーッとしてるの。もう皆帰ってるよ。」
練習試合が終わり解散の声がかかった後、校庭の隅にいた俺を呼ぶ声。
顔をあげるとそこには、俺の様子を覗き込む英士と一馬の姿。
「わり、腹減りすぎてボーッとしてた!」
「どれだけ食い意地はってるの。」
「なんだよー、食べることは人間が生きることのキホンなんだかんな!」
「はいはい。」
英士が呆れたように俺に返事をしながら、俺の先を行くように歩き出した。
俺と一馬もその後について歩く。
「なー、なんか食べてくか?」
「どっちでも。」
「俺も、まあ結人が腹減ってんなら・・・」
「んじゃ食べにいこうぜ!」
こんなモヤモヤした気持ち。こうやって飯でも食いながら友達と話して、バカ笑いしてればそのうち消える。
そもそも俺は複雑なことを考えるのは苦手だ。別のことに夢中になってたほうがよっぽどいい。
「・・・それでさ、そこでの俺の超ナイスパスを取りそこないやがってさ!」
「体育の授業でそこまで求める方が無理ってものじゃない?」
「だってせっかくなら勝ちたいじゃん!な、一馬!」
「どっちかといったら俺も英士に同感・・・」
「そこはおう!って頷くとこだろ?!もー、ノリわりいなかじゅまは!」
「し、知らねえよそんなの!」
前に並ぶ二人よりも、多目に並べられたメニューをほおばりながら
俺たちはお互いの学校のこと、サッカーのこと、近況について話しだして。
いつも通りの気楽な時間が流れた。
「そういえば今日、結人だって俺のパス取り損ねてなかった?」
「うわ!それを今言っちゃうの英士さん!」
「言うね。何やってるの。」
「す、すんません・・・!って俺だってマークつかれてたんだから仕方ねえじゃん!」
「そのマーク、いつもの結人だったら外せてたでしょって言いたいんだけど。」
英士はいつもはっきり言うし、キツイことだって言うけど。
だけど、今の英士はいつもと違う気がした。
鋭い目で俺を見つめ、何かを問い詰めるような顔をしてる。
「え、何・・・?」
「鈍いな、何かあったのかって聞いてるんだけど。」
「・・・え・・・?」
「最近ずっと様子がおかしいだろ。気づかないとでも思ってるわけ?」
「さ、最近って・・・」
「・・・結人、その日機嫌が悪いとか調子が悪いとかはあるけど
・・・こんな長い間ひきずってるなんてなかっただろ?」
俺を見つめる二人の目が、笑ってごまかそうとしてた俺の笑顔を止める。
ああ、やっぱり俺は本音を見せられる相手には弱い。
他の奴らには見せたくないと思う弱い部分でも、こいつらなら受け止めてくれるだろうって思ってしまう。
「・・・別に・・・たいしたことじゃねえけど・・・」
「うん。」
「なんだよ。」
英士も一馬も、普段は俺のことなんてほっといたっていいなんて顔してるくせに。
いざというときはこうやって、真剣に聞いてくれるんだ。
普段無口な方が多いくせに、俺とこの店に入ったときから聞く気万端だったんじゃないか。
「がさ、」
「?・・・ああ、幼馴染の子だっけ?」
「そう、そいつに彼氏ができたんだよ。」
「ふーん。」
「それで調子が悪いってことか?でも結人、その子のことは好きじゃないとか言ってなかったか?」
「うん、好きじゃない・・・つーか、つきあうって言葉からは一番遠い奴だと思ってた。」
「じゃあ何で?」
何で、なんてこっちが聞きたい。
俺に彼女が出来ても変わらなかった、との関係。
なのにに彼氏ができたら、俺の方がおかしくなるってどういうことだよ。
これじゃ、意味がない。関係を崩したくなかったから、彼女の想いを見ないようにしていたのに。
「彼氏が出来て、その子が好きだったって気づいたの?」
「・・・違う。」
「・・・別の理由があんのか?」
「『今まで傍にあったものが無くなって、寂しいだけ。』」
「え?」
「『今まで自分が一番だった場所に、別の人が来て悔しいだけ。』・・・なんだって。」
「なんだってって・・・どういうことだ?」
だから、恋じゃない。
の言葉に俺は何も返せなかった。
俺のことがいつでも一番だった。その優越感。独占欲。
確かに俺にはそういう感情があって、彼女の言葉を否定することなどできなかったからだ。
「俺も多分、一時的なものだと思うんだよな。だから心配しなくていいよ。」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。新しい彼女とかつくれば、この寂しさも無くなると思うし!
多分あれだ。自分が彼女いないときにが彼氏つくったから悔しいっていうのもあると思うんだよな!」
「・・・。」
「だから大丈夫!サンキューな二人とも!」
英士が表情を変えずに、一馬がまだ少し心配そうに、けれど安心したようにため息をついた。
そこからまた話題を変えて、いつものようにくだらない話をして笑いあって。
飯を食べ終えると会計を済ませて店の外に出た。
駅から電車に乗って、それぞれの乗り換え駅で別れる。最初に一馬と別れ、
その次に英士に声をかけて別れる。けれど少しの停車時間の間、英士は何か意味ありげに俺を見る。
「何だ?英士?」
「・・・一時的なものにしては長いよね。」
「・・・え・・・?」
「結人がいいなら別にいいけど。」
電車が音を立てて閉まる。
俺はポカンとした表情のまま、英士が乗った電車を見送った。
何だ・・・?一時的なもの・・・?
「俺も多分、一時的なものだと思うんだよな。だから心配しなくていいよ。」
そうか、俺がさっき言った言葉。
帰り道を歩きながら、英士も冷たいフリして心配性だなと一人笑う。
確かに俺はが好きだし、大切だ。
だけど、これはが言ってた通り恋愛感情なんかじゃないんだ。
だって元々俺が望んでいたこと。お互い恋愛感情なんてもたずに、ずっと幼馴染として傍にいたいと。
そう思っていた俺が、そう思っての気持ちを無視していた俺が、そんな感情を持つはずがない。
落ち着かないのもイラつくのもモヤモヤするのも、寂しさからくる、一時の感情だ。
「若菜、お前のこと呼んでる子がいるぞ。」
「え?」
それから数日経って、昼休みに突然呼び出しを受ける。
こういうことは初めてじゃない。だから俺は自分が呼び出された理由が予想できていた。
「若菜くん、話すのは初めてだよね。」
「うん、初めまして。で、初めましての子が俺に何の用?」
前の彼女と別れてから数ヶ月。
その間に同じようなことがなかったわけじゃないけれど。
への気持ちもはっきりせず、イライラばかりが募ってそれに応える気にはなれていなかった。
「実は私、若菜くんのこと気になっててさ。今彼女いないんでしょう?
それなら・・・私と付き合ってくれないかな?」
予想通りの言葉に俺は癖となっている笑顔を浮かべて。
けれど心の中は驚くくらいに冷静で、冷めていた。
今までだったら可愛い子だとか、ラッキーだとか、そんな感情ばかりが浮かんでいたのに。
「マジ?俺でいいの?君みたいな子なら喜んでお付き合いしますけど!」
目の前の彼女がどんな子なのかなんて、知らない。名前すらわからない。
だけど、いつもの俺ならそんなこと気にしない。
ウェーブのかかった明るい色の髪。大きくてパッチリとした目。単純に可愛い子だとそう思った。
そうだ、いつもの俺に戻ればいい。
そうすれば、このイラつきも寂しさも胸にポッカリと穴があいたような空しさも、きっと消えていく。
「本当?若菜くん最近つきあいよくないって聞いてたから、どうなるかと思っちゃった!」
「ええ?何だよそれー」
「それじゃあ、よろしくね若菜くん。」
「結人でいいよ。こちらこそよろしく・・・っと、えっと?」
「名前も知らない子とよくつきあうって言えるよね〜!」
「俺、そういうこだわりないから。全部これから知っていけばいいことじゃん?」
「ははっ確かに。私もそういう考え方だから別にいいけどね!」
この子が本当の意味で俺のことを好きなのかもわからない。
今までのように、我侭な自分を知られていくほどに、離れていってしまうのかもしれない。
でも、それでもいいと思った。この現状を変えることができるのなら。
午後の授業の予鈴がなって、新しく出来た彼女は自分の教室へ戻っていった。
するとすぐさまクラスメイトに囲まれて、皆が大げさに騒ぎ出した。
俺は今まで通りに羨ましがる友達におどけてみせて、皆と一緒に笑う。
ふと教室を見渡す。と河野は二人でどこかへ行っているのだろう。その姿は見えなかった。
けれどきっと今日のうちにでも知られることになる。
でも、はもう気にすることもないだろう。
河野と一緒に幸せそうに笑うは、もう俺のことで振り回されたりなんかしない。
二人の姿を思い浮かべると、またチクリと胸が痛んだ。
けれど、正体のわからないこの感情もきっともうすぐ消えるはずだ。
そうしてまた、元の関係に戻れる。
を傷つけてまで保ち続けようとした、今までのように。
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