一歩ずつでもいい。
前に進みたいとそう思う。
変わっていくことができたならと、そう願う。
幼恋
お互い別に好きな人がいるのにつきあってる。そんな関係。
けれど私たちはそれが苦痛ではない。お互い前に進める道なのだと信じていた。
元々相性はよかった。
彼は先生を好きだったというだけあってクラスの他の男子よりも大人に見えたし、私に対する気遣いもすごく自然だ。
河野くんに告白する子がいると聞いたことがあるけれど、それも納得できるような気がした。
「若菜、ビックリしてただろ?」
「してたね。」
「としてはちょっとした優越感?」
「ううん。あれはただの独占欲だもん。私を河野くんにとられちゃって悔しいだけ。」
「お前、若菜が自分を好きにならないって思うことだけは徹底してるよなー。」
「まあね。それは自分が一番わかってるし、だから期待も持ちたくない。」
「・・・まあ今は俺の彼女だし?」
「あはは、そうそう。」
お互い好きな人がいて、同じ想いを持っていた。
河野くんが先生のことを話してくれたように、私も結人とのことを話すようになっていた。
お互い、恋愛ではないけれど、気を許しあえる関係にはなっていたように思う。
「、手かして。」
「え?」
「たまには恋人らしいことしとこう。」
こうして男の子と手を繋ぐのなんて初めてで、心臓がドキリと小さく跳ねた。
温かな手に触れて、ふと結人の顔が私の頭によぎって。でも小さく首を振ってその考えを消した。
河野くんの方を見上げると、彼はどこか遠くを見つめてる。
きっと私と同じことを考えてるんだろうと、思わず笑ってしまった。
「まだまだだな、俺たちも。」
「お互い不器用だよね。」
「ドキドキはするんだけどな〜。」
「河野くんはともかく、私は恋愛初心者ですから。」
「俺もつきあったのはが初めて。だから同じようなもんだよ。」
穏やかで優しい時間が流れていく。
恋人らしいことはほとんどしていないけれど、同じ想いを持って傍にいる人。
彼の隣は居心地がよかった。
「どうして河野とつきあったの?」
「河野のこと、好きだったのか?」
結人が私のことを気にしていることはわかってた。
でも、それは私の一番が結人ではなくなったことに対する独占欲からくるものだ。
一時的なものであって、私はそれを恋と期待なんかしない。したくない。
「そういえばさ、河野は怒らねえの?俺がこうやっての部屋に来てても。」
「怒らないよ。結人は幼馴染だから。」
幼馴染だからってヤキモチの対象にならない、なんてことはない。
だけどこれは結人が言ったものだ。幼馴染だから、恋愛の対象にならないとそう言ったのは結人。
私はもう結人を見ない。
幼馴染として彼の傍にいて、今までと変わらない関係でい続ける。
そしてそれは結人も望んだことなんだ。
河野くんと買い物に出かけ、帰りは家まで送ってもらった。
お礼を言って家に入ってから、少しすると外から声が聞こえた。
窓から外を覗くとそこにいたのは結人と河野くんだった。
内容はよく聞こえないけれど、なにやら結人の方がイラついて河野くんに怒鳴っているようにも見える。
結人にしては珍しい。いつもなら他人にあんな風に自分の感情を見せることを嫌っているのに。
私は再度外に出ようと扉に手をかける。聞こえてきたのは冷静な河野くんと、結人の大きな声。
「が若菜は自分を恋愛対象として見ない、ってそう言うんだけど。」
「・・・は幼馴染だろ?」
「幼馴染を好きなっちゃいけない決まりなんてあんの?」
河野くんとの穏やかな時間。
少しずつ、少しずつ、前に進めていると思っていた。
「うるせえな!好きになんてならねえよ!」
なのに。
彼はまだ、こんなにも私の心を揺さぶる。
「何やってるの?」
結人の顔が、見れない。
「ごめん、話しこんでたらちょっと白熱してさ。」
「何をそんなに・・・。ていうかわざわざこんなところで白熱しないでよ。」
「だからごめんって。」
河野くんに近づいて、声をかけて。
「結人も。」
「あ・・・」
「ご近所さんにまた笑われるよ?」
「わ、わかってるよ。」
結人の言葉なんて、聞いていないフリをする。
聞いていても、何でもないってフリをする。
私はもう、結人を見ない。
結人を想ってなんかいないから。
コンビニに買い物に行くだなんて言い訳をつけて、結人と別れた。
結人が後ろで私たちを見つめていたこともわかってた。でも、振り向かない。
「・・・。」
「なに・・・?」
「俺には隠さなくていい。」
「・・・何を・・・?」
急に視界が覆われて、温かな腕に包まれる。
「彼氏だろ。俺はお前の。」
強がっても、彼に隠せるはずがなかった。
私はこのとき、どんな顔をしていただろうか。
「・・・好きな人いるくせに。」
「それでも、こうしたいって思う。」
忘れられない。
忘れることなんてできない。
もう振り回されたくなんてない。
そうして今までと変わることなく傍にいると、そう決めたのに。
一体どうしたら、この気持ちを忘れることができるんだろう。
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