「わかるんだ、俺も同じだから。」
河野くんの言葉の意味がわからなくて、疑問の言葉を口にしようとした。
「本当のこと言う。」
けれど、そう言って悲しそうに笑った彼に何も言葉が出てこなくて。
私は次に彼が言葉を発するのを待つ。
幼恋
「俺さ、片瀬先生のこと好きだったんだよね。」
「・・・片瀬せん・・・って、え?ええ?!」
「驚いた?まあ驚くよなー。」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりどうしたの?ていうかじゃあさっき私に言ったことって何?」
「ごめん、先走りすぎた。」
片瀬先生というのは、うちの学校の現国の教師だ。
若くて綺麗で生徒からの信望も高く人気もある。
その人を好きっていうのは・・・憧れじゃなくってことだよね?
確かに先生が何人かの男子に告白されてるのは聞いたことがあるけど・・・
それをいきなり私に話した河野くんの意図がわからない。
さっきの私への告白だって一体どういう意味があったのか。
疑問の表情で混乱する私を見て、河野くんが申し訳なさそうにけれど少し楽しそうに笑った。
「一応付き合う寸前までいってた・・・と思うんだけど。」
「本当に・・・?って本当だよね、河野くんがそんな嘘を私についても仕方ないもん。」
「さすが。話がはやい。」
「・・・でも、片瀬先生って・・・」
「うん、結婚する。」
そう、生徒からの人気の高い片瀬先生の結婚の話は瞬く間に学校中に広まった。
相手はどこかの会社の若社長だとか、デザイナーだとか、いろんな噂が飛び交ってどれが真実かわからなかったけれど。
「どんなに大人になろうとしても、先生にとってやっぱり俺は子供で。
つらいときに傍にいることはできたけど、支えて頼られる存在になることはできなかった。」
「・・・。」
「元々好きだった人のところに帰っていった・・・っていっても俺とはつきあってたわけじゃないけどさ。」
河野くんが笑う。
隠そうとしていてもその悲しさも切なさも痛いほどにわかってしまう。
「先生はさ、俺にごめんねって謝るんだ。
つきあってたわけじゃないし、俺が勝手に気持ちを押し付けてただけなのに。」
「・・・河野くん・・・」
「そりゃ悔しいし、奪ってやりたいって気持ちだってある。だけどあの人はそれを望んでない。」
「・・・。」
「ごめんなんて謝られたって俺は・・・」
「・・・そんな言葉が欲しいわけじゃないよね。」
「!」
それまで淡々と話してみせていた河野くんの表情が変わる。
一瞬驚いたように顔をあげて、けれどすぐに柔らかい笑顔に戻る。
「いつまでもあんな顔、させときたくないんだ。」
「うん。」
「しばらくいろいろ考えてて、そんななかで見つけたのが。」
「・・・私・・・?」
突然自分の恋愛について語った河野くんだったけれど、それは意味がないわけではなく。
きっとこれが先ほどの告白に繋がっているのだろうとぼんやりと思っていた。
「なんだろうな、自分の恋愛が終わって周りを見るようになってさ。
いつからかはわからないけど、の視線の先にはいつも同じ奴がいることに気づいた。」
「・・・そんなの・・・」
「そんなことで好きとか嫌いなんてわからないんだろうけどな、普通は。
だけど、の顔・・・すごい見覚えがあってさ。」
「・・・え・・・?」
「まるで自分の姿を見てるみたいだった。」
「!」
結人以外誰も気づかない。気づかせないように必死で隠してきた。
けれどその時同じ想いをもっていた河野くんはそれに気づいた。
「それからを見るようになって、他の奴らが話してるのも聞いて。
・・・若菜の保護者だっけ?」
「・・・よく言われる。」
「そう言われてあやしまれないくらいに隠せるんだもんな、すごいよって。
まあ・・・若菜に女の影が多すぎるのもあるんだろうけど。」
「・・・河野くん、何が言いたいの?」
もう何を言っても河野くんの考えは変わらないみたいだ。
私の気持ちを言葉にはしたことはないけれど、彼は確信を持って話をしている。
だからこそ、彼が隠していた先生との恋愛話まで私に話したんだ。
だけど、それと私への告白がまだつながらない。結局彼は何が言いたいのだろう。
「若菜はを見ようとはしてないんだろ?」
「・・・!」
「そしては若菜に告白もしてない。」
「・・・なん・・・」
「来るもの拒まずな若菜って評判なんだ、だって自分が告白すればつきあえるって思っただろう?
でもそれを言わないってことは、若菜がの気持ちには応えないってわかっているから。」
まるで私の心のうちを見透かしているように、確信めいた顔で河野くんは私を見つめる。
私はまともな言葉を返すことができない。
「状況は違うけど・・・俺とは似てる。」
河野くんの真剣な表情。
何も言葉を発することもできずに、ただ彼の目を見つめ返していた。
「俺は・・・あの人のこと、忘れられない。でも、はやく安心させたいって思う。」
「・・・。」
「は?若菜のこと、どうしたいって思ってる?」
河野くんの言葉が胸に響くように。それは自分への問いかけでもあった。
私は、どうしたい?
結人に私を好きになってほしい。
ずっと傍にいてほしい。そう、願ってる。
でも、それを結人は望んでいない。それが、叶わないのならば。
胸を締め付けるだけのこの想いは・・・
「・・・なくしたい・・・」
そう一言呟いたわたしを、河野くんがまっすぐに見つめていた。
思わず呟いてしまった台詞に私は口を覆って首を振るけれど、そんな私を見て河野くんはまた笑う。
「・・・お互い、とらわれすぎてるんだ。」
「・・・。」
「俺の世界は先生ばかりだった。の世界も・・・きっと、そうだろう?」
結人が中心となって、私は彼の感情に振り回されて。
けれど私にとってそれは嫌なものではなかった。恋愛感情以外では、だったけれど。
「お互い、違う世界を見てみようって思わない?」
「・・・違う・・・?」
「俺はずっと立ち止まったままだ。前に進もうとしては振り返って躊躇する。」
私も同じだった。
この気持ちを忘れようと足掻いても、結局消えることなんてなくて。
残るのは空しく苦しい気持ちだけ。
「形だけでもいい。前に進みたいんだ。」
河野くんは真剣だった。
まっすぐに私を見つめて、机に乗った手に触れる。
私は数秒目を瞑り、そして顔をあげる。
「・・・私も。」
前に、進みたい。
彼しか見えなかった世界ではなく、もっと違う世界を。
彼の触れた手を握り返したのは、お互いを好きと表現するには程遠く、
けれど、あがいていた自分にも彼にもひとつの道が見えたような気がしていた。
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