相手が自分を好きにならないとわかってて、気持ちを伝えられるほど私は強くない。
私が持つこの気持ちを聞きたくないのがわかってて、今の状況を変えようだなんて思えない。
そんな勇気を私は持つことができない。
それなら、このままでいい。
この気持ちを忘れることができれば、私たちはきっといつまでも笑っていられる。
幼恋
結人が私の気持ちに気づいていて、あえて私の気持ちを聞かないようにしていたことを知った。
なんてひどい。なんて最低な奴だと思い、腹だってたった。
でも、私はわかってしまうんだ。
それは私と幼馴染でいることが、結人にとって何よりも大切なことだからなのだと。
誰かとつきあっては別れてきて、幸せなことも嫌なことも経験してきてる結人。
私は誰かと付き合ったことはないけれど、誰かを好きになる気持ちは知っている。
恋愛はときにあまく幸せで、ときに苦くて辛いものだ。
他人に滅多に自分をさらけだすことのない結人は、多くの人に囲まれながらも自分が自分でいられる場所を求めてる。
何があっても帰ってこれる場所、何があっても変わらない場所を。
「ー!」
「どうしたの?楽しそうだね結人。」
「おう!今日、英士と一馬とさー・・・」
楽しいことも、悲しいことも。
嬉しいことも、辛いことも。
人懐っこく明るく笑う顔も、その裏に隠した冷たい顔も。
こうしてフラリと私の部屋にやってきては、結人は私に本当の自分を見せてくれる。
それは、私が彼の幼馴染だからだ。
「・・・ふはっ・・・!それ一馬くん怒ったんじゃないの?」
「あー、いいのいいのかじゅまだから!ていうか俺の悪戯って愛だからな!」
「そう思ってるのは結人だけなんじゃない?」
「いや、英士も俺と同じ考えだと思うね!」
「一馬くんかわいそー。」
「だから愛だって!」
その関係が幼馴染でも、そこに恋愛感情が加わったとしても。
今までと変わりなんてない。ううん、私はもっと・・・彼に近づいていけるんじゃないかって思ってた。
だけど結人は違う。
それ以上を求めてない。これ以上、私たちが変わっていくことを望んでない。
自惚れでもなんでもなく、私はわかるんだ。
結人は私といるこの場所が大切だからこそ、私の気持ちを見ようとしない。
「あれ、なんか・・・調子悪い?」
「ん?別に?」
「なんだよーじゃあ苦笑いすんなよ!俺、本当に一馬に悪いことしちゃってんのかと思ったじゃねえか!」
「結人は少しくらい反省したほうがいいよね。そのうち一馬くんの胃に穴があいても知らないから。」
「なんだよそれー!」
これ以上近づけば、この気持ちを伝えてしまえば私たちの関係は変わる。
けれどそれを望んでいない結人に伝えても、悪いほうにしか変わらないことはわかりきってる。
それがわかっていて、この気持ちを伝えたいなんて思わない。
私も大切なんだ。
一緒に笑いあって、真剣な話もして、たまにケンカもして。
結人と一緒にいる時間が。結人と過ごすこの温かなこの場所が。
それを自分で壊すことなんて、できない。
結人への気持ちを無くそうとして、けれどそれはなかなか消えることはない。
当たり前だ、きっと自分で気づくより前からあったこの想い。
考えないようにすればするほど、消そうとすればするほどに、自分がどれだけ彼を想っていたのかを思い知る。
持っていたって苦しくなるだけなのに。
彼を好きなまま、他の女の子の話を聞いて。それでも自分の気持ちは言えなくて。
結人には私が必死で隠そうとしてること、気づかれてる。でも私たちはお互い気づかないフリをする。
どうしたらこの想いは消えるのだろう。
こんな悲しくて切ないだけの感情なんて、忘れてしまいたいのに。
結人への想いは変わらないまま、時だけが過ぎて。
予想外な人からの告白。その日は突然やってきた。
「、俺とつきあわない?」
「・・・え・・・?」
放課後、一緒にクラス委員をしている河野くんと二人きりになった。
「・・・なんで?」
「ははっ、そこで理由聞く?」
「・・・全然気づかなかった。」
河野くんとは同じクラス委員をしているということもあり、男子の中では割とよく話す方だ。
けれど、彼が私のことをそんな風に思っているなんてことは、全く感じられなかった。
私が鈍かっただけと言われればそれまでだけど、でも・・・本当に?
そんな疑問が頭をぐるぐるとまわっていたけれど、それより先に彼に返事をしなければと私は顔をあげる。
「ごめん、つきあえない。」
結人への気持ちを忘れるためには、他の誰かを好きになることが一番はやいんじゃないかと思った。
でも、だからと言って私がこの状態のまま誰かとつきあっても自分も相手も傷つけるだけなのだとわかっていた。
もし相手が本当に私を好きになってくれても、結人を好きでいる私はその人にこの気持ちを味わわせてしまうことになる。
「やっぱり?」
「・・・?」
「若菜が好きだからだろ?」
「!」
河野くんは私の返事を聞いても動じることはなく、むしろ面白そうに微笑んだ。
そして、私が必死で隠してきたことをサラリと言い当てる。
「何言ってるの?結人はただの幼馴染だよ?」
「俺、そういうの結構鋭いから。見てたらわかっちゃったよ。」
結人以外には誰も知られてないと思ってた。
けれど必死で平静を保とうとする私に対して、河野くんは余裕の笑みを見せる。
この気持ちを誰かに言ったことなんてない。けれど彼の表情や言葉は確信に満ちている。
「だからそれは・・・」
「わかるんだ、俺も同じだから。」
それでも認めるわけにはいかず、さらに言葉を紡ごうとして遮られる。
私は言葉を止めて河野くんを見上げた。彼の言葉の意味はまだわからない。
「本当のこと言う。」
オレンジ色の光が差した教室で二人きり。河野くんはずっと穏やかに笑っていた。
クラスでだってそうだ。結人とは違う穏やかな明るさ。彼が怒っているところだって見たことがない。
けれどその時の彼の笑顔はどこか遠くを見ているようで、胸が苦しくなるような悲しい表情をしていた。
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