「それは違うよ。」





その言葉を伝えるのに、私が一体どれだけの時間を費やしたのか貴方は知らない。





「恋じゃない。」





その言葉を伝えるのに、私が必死に平静を装おうとしていたことに貴方は気づかない。





知らなくていい。気づかないでいい。





偽りの心なんて、私はいらないから。











幼恋












私が結人に彼氏が出来たと話したとき、結人は平静を装いながら内心はすごく驚いてた。
隠そうと必死になっていたけれど、私がそれに気づかないわけがない。





「驚きすぎ。どうせ私は結人みたいにモテないですよーだ。」

「そうじゃなくて・・・お前・・・」





私が結人以外の人を好きになって、つきあうなんて思ってもみなかったんだろう。
自分は私の気持ちを無視し続けたくせになんて自分勝手な考え方。
でも私はそんな結人が好きだった。自分勝手だけど正直で、調子のいいようでいろいろなことを考えていて。
周りにとけこんでいるようで、決して自分の本心は見せない。
そんな難しい性格だけど、私は結人と一緒にいることが幸せで、結人が傍で笑ってくれていることが嬉しかった。

傍にいるだけで楽しくて嬉しくて、それだけでいいと思っていたはずなのに。
いつしか彼を独占したいと、彼が愛しいと思うようになったのはいつからだっただろう。

思い返せば小さな頃からその気持ちは少しずつ育ちはじめていた気がする。
いつだって人気者だった結人。もちろん女子も彼の周りに集まる。
私以外の女の子と親しげに笑いあう彼の姿に胸が痛んだ。
だけど、その頃はまだその気持ちの意味がわからなくて、ただモヤモヤする自分の感情を必死で隠そうとしてた。





、俺、彼女できた!」





それを自覚したのが中学のとき。
結人に初めての彼女が出来た。学校で可愛いと評判の女の子だった。

結人の隣にいるのも、一番近くにいるのも、私ではなくなった。
結人が愛しそうに彼女の話をすることがつらかった。そして自分の気持ちは恋なのだと初めて自覚する。





「彼女と別れた〜。何であんなに面倒なこと言うんだよ女って。」

「結人が面倒くさがりだからそう思うんじゃない?」





気づいたのが遅いと思っていた恋心。
けれどチャンスは意外とすぐにやってきた。結人と彼女は数ヶ月で別れたのだ。

いつこの気持ちを言おうか、結人は受け入れてくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、そのチャンスは儚く砕け散る。





「この子俺の彼女!」





なんと結人はそれから数週間しないうちに新しい彼女を連れてきたのだ。
それも前の彼女に負けず劣らずの可愛い女の子を。

私はまた時期を逃したと落ち込んだけれど、その数ヵ月後にまた結人は彼女と別れた。





〜、なんか俺ふられたんだけど〜。なぐさめて!」

「今度は何が原因?」

「他の女の子と喋りすぎだって。あとデリカシーがないとか。」

「・・・それは当たってるかな。」

「うわ、ひでえ!」





結人が彼女と長続きしないのには理由があるのだと思う。
普段、明るくて悩みなんて顔をしてる結人。おそらく皆、結人に理想を持ちすぎているのだ。
誰にでも優しくみえてドライなところもあるし、彼女を全力で愛するようにみえて状況に応じて彼の優先順位は変わる。
理想と現実のギャップ。結人の場合はきっとそれがかなり大きいんだろう。



だけど私なら、私だったら。



たくさんの結人を知ってる。



今までも、そしてこれからも、彼をずっと想い続けられる。





「・・・ねえ、結人。」

「あ、俺、にCD借りようと思ってたんだ!」





伝えようとした言葉は、なんともデリカシーのない言葉に遮られた。
私は小さくため息をついて、いつものことだと小さく笑った。



そうしてタイミングを逃して、また機会を窺っているうちに結人はまた彼女をつくって。
それでも変わらず私の部屋に来ては彼女のことやそのときの不満を話していく。
切ないときも悲しいときもあったけれど、今気持ちを伝えてもどうにもならないから。
私は笑って彼の話を聞く。今までそうしてきたように。彼の安らげる場所でいられるように。





「なあなあちょっと聞いてよ、アイツさー!」

「彼女のこと?」

「元な、元!もうやだアイツ!我侭すぎんだもん!」





別れた彼女への不満を興奮ぎみに話す結人を見つめながら。
次こそタイミングを逃したくないとそう思ってた。

私は今度こそこの気持ちを彼に伝えようと思った。





「結人。」

「・・・ん?」

「私ね、結人のこと「あーでもよかったな!!」」





私の言葉にかぶせるように、結人が大きな声で言う。





みたいな幼馴染がいて!彼女にならないからこそいろんな話できるもんな!」





前の話と何の脈絡もない、不自然な言葉。タイミング。





ただ単純に私を褒めている言葉じゃない。





その言葉は、まるで。


















自分の気持ちに必死で、気づかなかった。



今まで私がこの気持ちを伝えられなかったのは偶然じゃない。



結人が雰囲気を読めなかったとか、デリカシーがないとかそんな問題じゃない。





結人はとっくに気づいていた。私の想いに。









「・・・何言ってるの?私、嫌だからね。こうやっていつまでも結人のグチ聞かされてるの。」

「そんなこと言うなよ、幼馴染なんだから!」





知ってて、私がその気持ちを伝えることを防ぐためにわざと話題をそらす。
わざと、「ただの幼馴染」であることを強調する。





「私は結人がもっと大人になれば済む話だと思うな。」

「俺は大人だっての!アイツが子供すぎてつきあいきれなくなっただけ!」





結人は私を受け入れるつもりはない。



私に恋愛感情を持ってない。



だけど私が気持ちを告げてしまえば、私たちの関係は変わるから。



結人にとって、気楽でいられる場所が無くなるから。





「・・・結人なんて最低だ。」

「なんだよオイ!俺が悪いみたいに!」





最低だ。



私の気持ちを知ってて、それでも彼女の話をする。



ひどい奴だ。



私にこの気持ちすら、告げさせてくれない。



最低で、ひどくて、自分勝手で。



それでも結人を好きだと思う気持ちは変わらない。



そんな私が結人から離れられないことも、彼は知ってる。









結人が望むのは、幼馴染の私。





どんなときでも自分を受け入れてくれる場所。





私はいつだって貴方の傍にいるけれど、





貴方が私を好きになってくれることはない。












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