知らない。
こんな痛みも、喪失感も。
幼恋
「こんちはー!」
「あら結人くん、は出かけてるわよ?」
「へ?そうなの?」
外に出かけるよりも、明らかに家にいるほうが多いインドア派の。
俺が突然押しかけてもほとんどの確率でそこにいることが多い。
「彼氏とお出かけだって。ようやくあの子にも彼が出来たか〜。」
「あ、そうなんだ。」
「結人くんは?前の綺麗な彼女はどうしたの?」
「別れちゃった!女って難しいんだよな、おばさん。」
「その難しい女を包んであげる度量を持たないとね。」
「うわ、それを言うか。」
の母親と話して、が河野と出かけていることを知った。
まあ友達と出かけてていないこともあったし、別になんてことはない。
「に何か伝言ある?伝えとこうか?」
「いや、遊びにきただけだからいいよ。また来るわ。」
「はーい、またね。」
友達は多い。本当の自分をさらけ出せる奴は少ないけれど。
だからこんな何もない休日で、誘おうと思えば何人だって誘って遊ぶことだって出来たんだ。
なのに、どうして俺は今ここにいるのか。
それこそ彼女でも作って、と同じように楽しんでくればいいのに。
結局その日はどこにも出かける気にはならず、家でダラダラと過ごした。
いつの間にかベッドで眠っていて、気づけば窓からオレンジ色の光が差していた。
カーテンをしめようと窓に近づくと、誰かの声が聞こえる。
と河野だ。
河野がをここまで送ってきたんだろう。
家の前で何かを楽しそうに話して、どうやらお礼も言ってるみたいだ。
そしてが家の中に入ると、河野がふと俺の家の方へと振り向いた。
二人を眺めていた俺と視線がかちあう。
「見ーたーぞー。」
「何をだよ。」
「ラブラブじゃないかよお二人さん。」
「そう見える?そりゃよかった。」
「うっわ、うぜえ!」
目があうと河野が笑って挨拶をするから。
少し面倒だったけど俺も外に出た。
「若菜は彼女と別れたんだっけ?寂しー。」
「寂しくねえよ。すぐ次作るし!」
「だよな、若菜はそんな感じ。」
「・・・なんか嫌味言われてねえ?」
「それ被害妄想。」
河野は真面目で教師の信頼も厚い、優等生と言われる奴だ。
だけど話してみると一緒にバカ話もするし、ノリもいい。見た目よりも随分と話しやすい奴だったりする。
だから河野がとつきあう前から、割と話していたりもした。
「お前がを好きだったとは思わなかった。」
「そう?可愛いじゃん。」
「うっわ、もう呼び捨て?」
「当たり前じゃん。はまだ『河野くん』のままだけど。照れ屋だよなアイツ。」
つきあってまだそんなに経っていないはずなのに。
を自分のもののように話す河野になんだか苛立つ。
「ま、まあウチのをよろしく頼むからな。」
「ウチのって何お前、そんな父親みたいな。あ、逆でが保護者なんだっけ?」
「別に保護者じゃねえよ!」
思わず大きくなってしまった俺の声に河野が驚いた表情を浮かべた。
何でこんなにイラつくのかわからない。
が俺の保護者だとか、そんなこと言われなれているのに。
「・・・あれ、若菜疲れてる?」
「何が?」
「お前らしくもない。なんかイラついてるよな。」
「イラついてねえよ・・・!別に!」
自分の感情を隠すことは得意だったはずなのに、
こんな、たった数言で崩されるようなことはなかったのに。
河野が鋭いわけじゃない。自分でもわかるくらいに感情が表に出てきてしまっている。
「・・・ま、いいや。じゃあ俺帰るな。」
「・・・ああ。」
「あ、」
「何だよ。」
「ひとつ、聞いていい?」
帰ろうと振り返った河野が、何かを思い出したようにこちらに向き直る。
突然振り返った河野を俺は怪訝な表情で見る。
「お前、本当にのこと何も思ってなかったの?」
「!」
その言葉に何も返すことができなかった。
なんでいきなり河野がそんなことを聞く?
「が若菜は自分を恋愛対象として見ない、ってそう言うんだけど。」
「・・・は幼馴染だろ?」
「幼馴染を好きなっちゃいけない決まりなんてあんの?」
「うるせえな!好きになんてならねえよ!」
「何やってるの?」
ガチャリ、とドアの開く音。
ここは俺の家の前で、つまりの家の前でもある。
最初は静かに話していたけれど、ここまで声が大きくなればに聞こえるのも当然だ。
ていうか、今の・・・聞かれた?
「ごめん、話しこんでたらちょっと白熱してさ。」
「何をそんなに・・・。ていうかわざわざこんなところで白熱しないでよ。」
「だからごめんって。」
「あーもー、何やってるのよ結人。」
いつもなら呆れながら真っ先に俺のところへ歩いてきていた。
けれど彼女は今、俺を見ることもなく河野に近づいていく。河野の心配をする。
「結人も。」
「あ・・・」
「ご近所さんにまた笑われるよ?」
「わ、わかってるよ。」
好きになんてならない、なんて、が聞いてたら彼女が傷つくだなんて。
何度も何度も彼女を傷つけてきたくせに、何を今更。
小さい頃、女子に囲まれた俺をが複雑な表情で見ていた。
中学の頃、はじめて彼女が出来た俺から目をそらして、悲しそうな顔で俯いた。
強がって、笑って祝福して、それでもやっぱりつらそうで。
そんな彼女はきっと俺のことが好きなんだと、そう思った。
彼女は家族のような存在だと思っていて、恋愛感情を持つことはなかった。
俺にヤキモチを妬いて、行動に一喜一憂する存在がいるっていう、くだらない優越感だってあった。
いつしか恋愛することで失うものもあることを知り、だからこそとはこのままでいたいと思った。
なのに、何で今更。
「せっかくだからちょっと送っていこうかな。」
「ちょっと待て、それだとここまでお前を送ってきた意味ないじゃん。」
「そこのコンビニまで。ていうか買い物頼まれたから出てきたんだよね。」
「えー、マジで?」
空しさが、寂しさが、不安が。
一時のものだと思っていたものが、日々増していく。
「じゃあな、若菜。」
「結人も早く家入りなよね。」
自分で望んだのに?
自分で彼女を突き放したのに?
どこかに穴のあいてしまったような喪失感。
胸にこみあげる、今まで味わったことのない痛み。
この感情の名前を、俺はまだ知らない。
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