無くしたくない。だから見ないフリをする。





ずっと変わらないもの。





そう思いこんでいた俺の大切な場所。














幼恋















ユースの練習で、監督にこれでもかってくらいに怒られた。
わかってる、監督が正論を言っていることくらい。でも言い方ってものがあるじゃん?
俺が怒られているのを仲間が皆見てて、だけど落ち込んだり暗くなる姿は見せたくなくて
せいいっぱい強がってみせた。自分が弱ってるところなんて仲のいい奴にも見られたくないから。

怒られたことなんて何でもないってフリをして、皆と夕飯を食べてバカ騒ぎをして笑って別れた。
そして一点を目指して急いで帰路につく。



こんなとき、俺はいつも向かう場所がある。



自分の家ではないドアの扉を開けて2階にかけあがり、ノックをすることもなく乱暴にドアを開けた。





ー!!」

「結人・・・そろそろ部屋のノックすることくらい覚えてくれない?」

「聞けよー!今日の練習で監督がさー!!」

「・・・人の話聞いてないし。」





慣れているように冷静な態度で俺を見上げていたのは、俺の家の隣に住む幼馴染の
俺は彼女の言葉を聞き流して、今日の今まで心のうちにためてきたことを一気にはきだす。





「・・・って監督に言われてさー。確かにあってるけどさ、そんなこと言われなくてもわかってるっつの。
でも簡単に出来たら苦労しないだろー?」

「はは、確かに。」

「笑い事じゃねーよー。もうストレスたまって仕方ないんだけど!」

「ストレスたまってるのはわかったから、わたしのベッドで寝ていかないでね。」

「えー、俺もう疲れたし。もうここ俺の部屋ってことでよくね?」

「よくない。疲れたも何も隣の部屋でしょ?家に帰って寝なさいよ。・・・ホラ、携帯鳴ってるし。」





が鞄で震えていた携帯を取り出し、俺に放り投げる。
彼女のベッドで横になっていた俺は、面倒に思いながらもディスプレイに表示された名前を見てため息をついた。





「出ないの?」

「うーん。」

「・・・彼女じゃないの?」

「まあそうだけど。」

「また怒られるよ?」

「・・・いいよ。俺、疲れてるし。」





これだけ気を許せて、滅多に見せない自分の本心をさらけ出して。
それでもは俺の彼女なわけじゃない。





「・・・ふーん。」





ポツリと呟いたが切なげに目をふせた。



は俺が本当に気を許せる数少ない存在。
これだけ一緒にいても、俺たちの関係は昔から変わらない。
けれど俺は知っている。が俺に対して持っている感情を。





「アイツ、最近わがままなんだもん。こっちの都合お構いなしで会いたいとか言うし。」

「好きなら会いたいって思うのは当たり前なんじゃない?」

「それでもお互いを尊重しあうって大切じゃん?」

「結人から尊重なんて言葉が出てくるとは。」

「ちょ、お前それ俺のことバカにしてね?!」





それを言葉として聞いたことはない。
だけど、俺が彼女をつくったとき、彼女について話すとき、の態度は明らかに違う。
他の奴らにはわからないほどの動揺と切なげな表情。





「疲れてるときこそ彼女に会いたいんじゃないの?」

「俺はといる方が楽。」





わかってて、残酷な言葉を伝える。
その理由はいたって単純で。俺は彼女と『恋愛』をしたくないからだ。





「・・・腕、すりむいてる。」

「あー、今日豪快にこけたから。」

「痛くないの?」

「ちょっと痛い。」

「それをほっとくってもう・・・ちょっと待ってて。」





恋愛をすると人は変わる。我侭も増える、束縛も増える。欲が増えていく。
もちろん幸せなことも多いと思う。だけど恋愛は友情や家族とは違い、
一度切れた糸を元に戻すことは難しい。俺はそれを何度も経験してる。





「救急箱持ってきたから腕出して・・・って、結人?」





俺は無くしたくないんだ。この場所を。





「あーもう、寝ないでって言ったでしょー?起きろ結人!」





俺が監督に文句を言われても、彼女と別れて殴られて帰ってきても、友達とケンカしても。
彼女はいつもそこにいる。どんなときだって、どんな俺だって、ずっと傍にいてくれる。





「もういいや。勝手に手当てしちゃうからね。」





たとえば彼女の気持ちに応えることはできただろう。
だけど彼女とは今のままでいたい。
恋愛をして愛想をつかされるのも、お互いを束縛するのも、気まずくなることも嫌だ。





「・・・本当にマイペースなんだからなあ。」





だから、何も言わせない。
彼女が悲しげな表情を浮かべることに気づいていても。

俺のことを好きな彼女が俺を見捨てることなんてないと、
それが彼女を縛っていることだと知っていても。












はじめて彼女という存在ができたのは中学の頃だ。
クラスの女子に告白されて特別な想いもないままつきあいだした。
だけど彼女とは性格があわなくて結局数ヶ月後に別れた。
それからも何人かとつきあっては、それほど長く続くことなく別れてる。
彼女たちとは話さないわけではないけれど、前ほどの気軽さは当然なくなった。

つきあう前は可愛くて気さくな子だと思っていても、後からいろいろなことが面倒になって別れる。
その原因は俺にもあって相手にもあって。恋愛は幸せで楽しいだけのものじゃないと知る。
人生の中でまだ数人としかつきあってないのに、それが恋愛というものだと思っていた。そう思いこんでた。



そうして俺は大切な場所を失いたくなくて、彼女の想いを無視し続けた。



そんな浅はかで偏った考えに囚われて、本当に大切なものは何だったのかも気づかずに。








TOP  NEXT