わかっていた。





だから俺は、お前に近づいた。





それなのに、それでも、俺は。














同じ月を見ていた
















たった今幸せそうに笑っていたが、目の前で宙を舞うように吹き飛んだ。
叩きつけられるかのように、地面に落ちたの姿。
まるでスローモーションのように流れるその光景。



車から若い男が飛び出し、茫然としている。
の横たわるその場所からは、じわじわと赤い液体が広がってゆく。

男が我に返ったようにポケットから携帯を取り出し、震える指先でどこかへ電話をかけた。
声まで震えていて、うまく喋れていない。

その光景を俺はただ眺めていた。
顔面蒼白で震えながらどこかに電話をかける男。
血だまりの中、ピクリとも動かずにそこに横たわる

動くこともなく、に近づくでもなく。
ただ、その光景が他人事であるかのように、ずっと眺めていた。

















ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・





真っ白な病院で、ものものしい機械につながれた彼女。
の命をつないでいる機械。





「ご家族は・・・?」

「学校の方に連絡しましたが、彼女には親がいないそうです。」

「じゃあ身内の方は・・・。」

「遠くに住んでいて、すぐには来れないと・・・。」





白衣を着た医者と看護師が、神妙な顔で話している。
こんな状態になっても、真っ先に駆けつけてくる奴すらいない。
今日、友達になったらしいにも、連絡なんていっていないのだろう。

あんなにバカみたいに笑って。
幸せそうにしていたくせに。
その瞬間に車にはねられるなんて、本当救えねえよなお前。

目の前で話す二人の姿は、がもう猶予などない状態なのだと示していた。
俺の姿が見えた。死期の近い人間。
恐らくこれが彼女の最後の時なのだろう。

何かを話し合いながら、二人はその部屋を出て扉を閉める。
ものものしい機械から規則的な電子音だけが残った。





「・・・おい。」





真っ白なベッドに横たわる彼女は、かたく目を閉じ、呼吸も弱々しくて。
俺の姿が見えた彼女が、このまま目を覚ますことなんてないのだろうと、そう思えた。

なのに。
聞こえるはずのない彼女に、俺は無意識に声をかけていた。





「・・・お前、バカじゃねえの?」





返事は勿論、返ってなんてこない。



わかっていたことだ。
それがいきなりだったから、驚いただけ。
彼女の死期は元々、すぐそこまで来ていたのだから。
車の事故に巻き込まれてこのままは死に、そして俺は彼女の魂をもらう。

最初からそういう契約だったはずだ。
何もおかしいことなんてない。





後は、本当にわずかな彼女の死を待つだけなんだ。




























横たわる彼女の姿だけを見続けて。
一体どれだけの時間が経ったのかはわからない。
何の言葉も発することのないその部屋には、ただ静寂が流れて。

その静寂を破ったのは、規則的に鳴り響いていたはずの電子音だった。



さっきとはうってかわって、不規則に鳴り響いた電子音。
先ほどの医者と看護師を含む数人が慌しくを取り囲んでいた。





『・・・亮・・・?』





俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
人間に見えることのない俺の姿と名前を知っているのは、たった一人しかいない。

医者も看護師も未だ懸命に処置を続けている。
かたく目を閉じ横たわる、の命をつなぎとめる為に。





「よう。」

『・・・私・・・?』

「契約の時だ。」





が驚いた表情を浮かべて俺を見る。
何が起こっているのかわからないって顔で。
キョロキョロと辺りを見回し、横たわる自身の姿に動きを止めた。





『・・・私がいる・・・。』

「抜け殻だけどな。」

『私・・・死んだの?』

「もうすぐな。」





混乱しているはずなのに、怖いと思っているはずなのに。
それでも冷静でいようとするのは、こいつに染み付いた癖なんだろう。
その姿に俺はイラつく。そして、無性に腹が立った。
・・・なぜ?コイツとの生活ももう終わりなのに。
あのくだらない家族ごっこから、ようやく抜け出せるのに。

今更、イラつく必要なんて、腹が立つことなんてないはずなのに。





「契約の為に一時的に体から魂が抜けたんだ。」

『・・・そうなんだ・・・。』





なぜ、笑う?
まるで最初に会ったときのようなその表情で。

何でもないってフリをして、強がって。
それでもなお、笑おうとする。

お前の作り笑いなんて、もう見飽きてる。





『そっか・・・。亮といるの、楽しかったけど・・・。』





イライラする。





『約束だもんね。私の命をあげるって。』





腹が立つ。





『ちょっと寂しいけど、お別れだね。亮。』





そうだ。俺は"人間"の命を手に入れる。
初めから死ぬ運命の人間。偶然手に入れられることになった大きな力。
その力があれば、上にだってのぼりつめられる。
俺をここに落としやがった奴らに復讐もできるし、俺をバカにするような奴もいなくなる。





それなのに、なぜ。





『ありがとう。楽しかった。』





笑いながら逝こうとするコイツに、こんなにイラつくんだ。











「笑うな。」

『え・・・?』





わからない。





「ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ。イラつくって言ってんだろ?!」





どうして俺は。





「最後まで俺をイラつかせんな・・・!」





が驚いた顔をして俺を見る。





『・・・私の命が欲しかったんじゃないの・・・?』

「・・・そうだ・・・!」

『じゃあ、私がどんな顔をしてようが、どんなことを言おうが・・・関係ないんじゃないの?』

「・・・そうだよ・・・!」

『じゃあ何で、そんなこと・・・言うのっ・・・?』





わからない。俺にだってわからない。
もうお前の命を受け取るだけだって言うのに、なぜ俺はこんなことを言ってる?

これから死んでゆく人間に。
俺がその命を受け取ることになる人間に。
長く生きてきた俺が、たった3日間しか共にいなかった人間なのに。





「知らねえよ・・・!」

『何それっ・・・訳わかんないよ・・・。』





の表情からはもう、ムカつく笑顔は消えていて。
切なそうに、それなのに嬉しそうにも見えるその表情からは涙が零れていた。





「・・・願えば・・・?」

『・・え・・・?』

「契約変更、許してやるよ。」

『・・・亮・・・?』

「どうせお前、まだ生きたりねえんだろ?」

『・・・!』





俺は、何を言ってる?





「お前の魂はいずれもらう。けど・・・少しくらい待ってやるよ。」





たった一人の、たった3日間しか過ごしていない人間に。





「言えよ。お前の本当の願いを。」





が俺をまっすぐに見つめる。
もはや俺自身も、自分がどんな表情をしているかなんてわからない。













「お前はもうすぐ死ぬんだ。」





ほんの、少しだけの暇つぶしのはずだった。





「ただし、お前が死ぬ直前、お前の命を俺によこせ。」





大きな力を手に入れる為の、利用するだけの存在だった。





「隠しきれてねえんだよ。本当に楽しいんだったらちゃんと笑え。そんな中途半端な顔見せられてもイラつくだけだ。」





それでもここまで来たらもう、誤魔化すことすらできない。















俺は、生きてほしいと思ってる。





ほんの少しの、短い時間を生きる人間に。





強がって、たった一人で震えていた、弱い人間に。





に、これからも生きていてほしいと。










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