思ってもみなかった。
必要以上に近づくつもりなんてなかった。
お前の心に踏み込むつもりなんてなかった。
同じ月を見ていた
「じゃあ、行こっか亮。」
初めて見たの制服姿。
そんな気合を入れなおさなければならないほどに、コイツはここに来ていなかったのだろうか。
緊張した様子のを一瞥し、俺もの後ろにつく。
ガラッ
扉を開く音。ざわめいたその場所。
けれど、がそこに入るとざわめきがピタリと止んだ。
は気にした様子もなく、自分の席だろう場所に腰をおろした。
と会ったときのような無表情で席に着き、その日の準備を始めると
どこからか女が数人、の前に立った。
「あらー?さんひっさしぶりー!」
「ねえ〜?あんまり来ないから心配しちゃったぁ〜。」
「そのまま一生来なくてよかったのに?」
はそいつらを相手にもせずに、黙々と準備を進める。
のそんな態度が気に食わなかったのだろう。女が口調を強めた。
「ねえ!聞こえてんの?!」
俺はこういう奴らを知っている。
悪魔でも、人間でも、くだらないことで楽しみを得る奴ら。
反抗しようが、取り入ろうとしようが、泣こうが喚こうが。
何をしたって気に食わない。なぜなら、その行為自体を楽しんでいるから。
一体どれだけこんなくだらないことに巻き込まれていたのだろうか。
慣れているとでもいうように、彼女は動じることは全くなかった。
こいつらが何をしても気に食わないのがわかっているから、彼女は反応することすら止めたんだ。
「お前も大変だなぁ?」
「・・・全くね。」
悪魔に戻った俺の姿は以外の誰にも見えていない。
意地悪く笑みながらに話しかけてみれば、も呆れたような笑みを返す。
「何笑ってんだよ。気持ちわるーい!」
「頭おかしくなっちゃったんじゃない?」
「うわー笑えるー。」
女たちが馬鹿笑いをしていると、そこにまた扉の開く音。
こいつら以外喋っていない静まった教室で、その音はよく響いた。
「・・・?」
静まり返った教室に疑問の表情を向けながら、キョロキョロと周りを見渡すのは
今日が会いにきた人間だ。
「ちゃんっ・・・。」
の名前だろうか。一人の女が彼女に駆け寄り自分の席へと引っ張っていく。
そして何かを話して、驚いたようにこちらを振り向いた。そのまま走り寄ろうとして、その場で止められる。
悲しそうに顔を歪めて。はその場に立ち止まった。
もその様子に気づいたようだ。
けれど、彼女の表情は決して絶望してはいなかった。
「とりあえずさ。」
未だの目の前で何やら言い続けている女たち。
は少しだけ顔を俯けて、小さく、呟くように口を開いた。
「・・・うざいよね。」
「同感だな。」
目の前のくだらない人間。くだらない悪口。くだらない優越感。
どれも俺にとって不快でしかない。当然、にとってもだろうが。
そういえばと会ってから、力を補給してなかった。
目の前のこいつらは元気がありあまっているようだし、丁度いい。
俺はついにに手を上げようとした一人に触れた。
人間の目には見えない光とともにその生命力が流れ込む。
「・・・あれ?何か・・・。」
生命力を奪ったソイツが、力が抜けたようにフラフラとし出した。
突然頭を押さえてフラフラするそいつに周りは唖然とした表情を見せる。
「ちょ・・・大丈夫?!」
「何だろ、風邪かな・・・?」
「あっちで休も!」
その女を連れて、を囲んでいた全員がその場を離れた。
「ありがと。」
「は、同じ人間としてその発言はどうかと思うぜ?」
「いいの。私、性格悪いから。」
顔は俯けたままだし、他の誰にも聞こえないような小さな声で。
それでもは笑っていた。
「さん・・・!」
うるさい女たちがいなくなって、真っ先に駆け寄ってきたのはだった。
助けることさえしなかった自分が何と言っていいのかわからなかったのだろう。
の名前を呼んだだけで、彼女は言葉につまっていた。
「おはよう。」
「あ・・・お、おはよっ!」
「さん。」
「何?!」
「話がしたいんだけど、時間もらえるかな?」
「う、うん!うん!!いつがいい?いつでもいいよ!」
誰かと話すときの無表情はもはやの癖になっているのだろう。
淡々と話すその姿は、俺といるときとは別人のようだ。
それでも、はの予想外の言葉に驚きつつも、彼女自身もそれを望んでいたのかもしれない。
興奮したように、の問いかけに何度も頷いていた。
そしてが続きの言葉を言おうとすれば学校のチャイムに遮られる。
は最後に「じゃあ昼休みで」と言葉を告げると、はまたも何度も頷いた。
「昼休み?昼までここにいるのかよ。」
「だって休み時間で終わる話じゃないと思うし。彼女に授業サボらすわけにもいかないしさ。」
「心の準備もいるし?」
「・・・。」
笑いながら問えば、は返す言葉がなかったようだ。
今までぶつかってこなかった問題。それが長ければ長いほどに緊張もするのだろう。
「まあいいけどよ。またあいつらが絡んできたら、俺が痛い目見せてやるし。」
「とか言って亮。生命力がたくさんで嬉しいでしょ?」
「あ?俺にだって好みってもんがあんだよ。けど力は足りてない。無差別に奪っていかないだけ感謝しろよ。」
呟くように小さく話してはいたが、さすがに隣に座る奴が何かに気づいたようにこちらを見ていた。
それに気づくと、は何事もないかのように黒板に視線を向けた。
前を向くの姿は、多少なりとも緊張しているままだ。
誰とも向き合わず、たった一人で。意地を張って、強がって。
最後の最後に出会ったのが俺だなんて、とことんついてない奴。
きっと何も知らないまま最後を迎えた方が、こいつは幸せだっただろう。
どうせ死んでしまうのならば、彼女を思っている奴なんて一人もいないと思ったままの方が
どれだけ傷つかずに済んだだろう。
それなのに俺は。
一人でいることが当たり前だというコイツに。
死ぬ理由を探していたコイツに。
俺なんかが優しいと言ったコイツに。
イラついて。ムカついて。
いつの間にか説教までしていて。
必要以上に知るつもりなんてなかったのに。
彼女の心に興味を持ったことは事実だ。
彼女の心を聞き出そうとしたのは俺だ。
もうすぐ死ぬはずの彼女。
俺にその命を捧げるはずの女。
別れは目の前にある。
俺の望みは、もうすぐそこにあるのに。
なのに、俺は。
もうすぐやってくる最後の時を思うと、胸の奥に何かが刺さったかのような小さな痛みを感じてた。
徐々に大きくなるその痛みを無視することなど、もうできなかった。
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