残りの時間がわずかでも。
貴方が側にいてくれることが嬉しい。
貴方に近づけていると思えることが、嬉しい。
同じ月を見ていた
「・・・う・・・。」
いつの間にか私を照らしていた眩しい日差し。
その眩しさに少しずつ瞼を開いた。
・・・天井じゃない。いつも朝の光景ではない。
気づけば体制も横になってさえいない。
温かな何かに包まれて。
今度はしっかりと目を開ける。
見上げればそこには、綺麗な顔が静かに寝息を立てていた。
「うわぁっ!!」
「・・・んあ?」
「ななななっ・・・何で・・・って、ああ・・・!」
亮に抱きしめられて眠っていたことに、軽いパニックを起こす。
そして昨日何があったかを思い出す。
そうか。昨日は亮の前で大泣きして。
自分から亮に抱きついて、そのまま眠ってしまったんだ。
「うるせえな、朝っぱらから。」
「ご、ごめん。」
「お前俺にしがみついたまま離れねえし、あー、壁に寄りかかって眠ったら体痛え。」
「ごめんってば・・・!」
「いやに素直じゃねえか。そんなに恥ずかしかったか?昨日大泣きしたこと。」
「・・・っ・・・。」
亮が意地悪く笑んだ。
恥ずかしい?恥ずかしいに決まってる。
人前でこんなに大泣きしたのは、一体何年ぶりだろう。
お母さんの前ですら、心配をかけたくなかったから泣いたことなんてほとんどなかったって言うのに。
「・・・忘れて!」
「心配しなくてもお前のぶっさいくな泣き顔なんて思いだしたくもねえよ。つーか今も顔やばいぜ?」
「むかつく・・・。」
「それはどうも。」
未だニヤニヤと笑い続ける亮から離れて、私は洗面所に駆け込んだ。
鏡の中の自分を見てみれば、なるほどこれはひどい。
真っ赤になった目と腫れた瞼。とりあえず冷たい水で何度も顔を洗う。
バシャバシャと自分の顔を水で洗いながら、そういえば、とふと思う。
抱きついていたのは別として、亮が朝から一緒にいること自体にはまったく驚かなかった。
まだたった1日しか一緒にいないのに。まるで隣にいることが自然であったかのように。
彼に自分の本音を言い当てられたからだろうか。
彼が本音を隠すことなく、私と話してくれたからだろうか。
彼の前で大泣きをしたからだろうか。
「何だそれ。」
「目、冷やしてるの。」
冷やしたタオルを当てながら洗面所を出てきた私を見て、亮の笑い声がまた聞こえた。
「で、今日は何だって?」
「友達で。」
「まだやんのか。お前もこりねえな。」
「こりるも何も嫌な思いとかしてないし。昨日のお兄ちゃん設定もそれなりに楽しかったし。」
「俺は楽しくなかったけどな。」
「それは残念。」
こういうときは、彼と契約をしている立場の私の方が優位だ。
亮はどう文句を言ったって、私が折れない限りは曲がりなりにもその役をやってくれるから。
「一緒にいてほしい」だなんて曖昧な願いなのに、それでも彼は私の望みを叶えてくれる。
「つーか、そんなに名称が大事なわけ?」
「え?」
「兄貴だろうが、ダチだろうがすることは一緒なんだろ?関係ねえだろうが。」
「・・・気分の問題?」
「ワケわかんねえ。」
亮の言うとおり、別に何でもよかった。
家族でも、友達でも、恋人でも。
その名称が何か重要な役割をするわけじゃない。
ただ、今までなかったものを埋めた気分になれるだけでよかったから。
「ところでさ。」
「何だよ。」
「友達と遊ぶって、どんなとこ行くのかな。」
「・・・はぁ?」
「まあ正直、お兄ちゃんと遊ぶのと、友達と遊ぶのと、恋人と遊ぶのと・・・切り分けがよくわからないんだけど。」
「アホか。じゃあそんな設定つけんなよ。」
「・・・うーん。じゃあ友達としてまずはゲーセンなんてどう?」
「おーい。無視してんなよー。」
亮とする他愛のない会話は、出会ったときよりも、昨日よりも、少しずつ彼に近づけているような気がして。
もうすぐやってくるという、最後の時を思うと胸が痛んだけれど。
当たり前のように横に並んで歩いてくれる、彼を見ていると何だか心が温かくなった。
「お前はもうすぐ死ぬんだ。」
亮と契約を結んだ夜、彼は確かにそう言った。
悪魔が見える原因。けれどそれで私は亮と出会えた。
自分がいつ死んでしまうかわからない。
それは今日かもしれない、明日かもしれない。今、この時なのかもしれない。
最初はそれでもいいと思った。怖くなんてなかった。
だけど、亮と話して。自分の本音に気づいた。自分は逃げていただけなんだと思い知った。
そんなことに気づかせてくれちゃって。それなのに、私が死ぬことは運命だからと冷たく言ったりしてさ。
それでも、自分が逃げていたことにすら気づかないでいるよりも、よっぽどよかった。
自覚がないことほど、怖いことはない。
自分の本音に気づいたからこそ、私は本当の意味で生きることができる。
死ぬことが必然でも、運命でも。
残された時間がわずかであっても。
「・・・ねえ、悪魔の世界にもUFOキャッチャーとかあるの?」
「あるか。あんなくだらねえもん。」
「じゃあ何で亮くんはそんなにぬいぐるみを抱えているの?」
「亮くんとか言うな、気持ちわりいな。あんなもん、ちょっとコツ掴めば楽勝じゃねえか。」
結局、ゲーセン以外にどこへ行けばいいのか思いつかず
私たちはゲーセンやカラオケやボウリングやらが集まるアミューズメントパークへと向かった。
ビリヤードもボウリングも亮は経験がないと言っていたのに、
やり方を説明すれば、あっと言う間に覚えてしまった。
今、袋に詰めて抱えている大量のぬいぐるみを取ったのも彼だ。
私もそんなに経験があると言う訳ではないけれど、彼に何一つ勝てなかったことが悔しい。
「・・・。」
「何だよ。」
悔しさでもう一度彼を見上げれば、両腕に吊り下げられているぬいぐるみの入った袋。
その袋にすら入らなかった、両手で抱えるほどのつぶらな瞳の可愛いぬいぐるみ。
「・・・っ・・・。」
「は?何だお前・・・!」
明らかに不釣合いな彼とぬいぐるみを見比べて、思わず笑いが零れた。
いつものように格好つけてるくせに、両手いっぱいにあるのは可愛いぬいぐるみ達。
それを持ってもらってるときはそれほど違和感を感じなかったけれど、こうして改めてみると笑いがこみ上げてくる。
「あはははっ!」
「おっ前・・・。明らかに俺を見て笑ってんな?!何だっつーんだよ!」
当たり前だけど、私の態度に不満だったんだろう。
彼が両手に抱えていた、一番大きなぬいぐるみをなげつけられた。
軽い衝撃を受けて、コロコロと地面を転がるぬいぐるみを笑いながら追いかけて。
その大きなぬいぐるみを拾い上げ、今度は私が両手にそれを抱えた。
「ねえ亮。」
「ああ?」
「今日は楽しかった?」
「は?」
「昨日は楽しくなかったんでしょ?今日は?」
私は、楽しかった。
『友達』とあんな場所に行ったことなんてなかったから。
勝負に負けて悔しいだなんて思いすら、したことなかったから。
「・・・ま、暇つぶしにはなった。」
「そっか。」
素直じゃない亮が、楽しかっただなんて言うわけがなくて。
それでも正直な彼が楽しくなかったとは言わない。それが暇つぶしでも、楽しくなかったわけじゃない。
都合のいい考え方だけど、ねえ、それくらいはいいでしょ?
「・・・お前は楽しそうだな?」
「うん。すごく楽しかったよ。」
私、今までちゃんと笑えてなかったのかな。
昨日、亮に言われた言葉が頭をよぎった。
でも、これは本当だよ。
私、楽しかった。本当に、心から。
「つーか、これどうすんだよ。あの狭い部屋に全部詰め込むのかよ。」
「大丈夫、入る入る。」
「すっげえ適当だなオイ。」
電車とバスを乗り継いで、アパートの前にたどり着く。
階段を上ろうとすれば、そこには一人の人影が見えた。
「さん・・・!!」
その人影は私を待っていたかのように、私の姿を見つけるとすぐさまこちらに走り出した。
私の名前を呼ぶその声。走りよってくるのが誰なのかすぐにわかった。
友達なんて必要ないと思ってた。
自分から友達を作ろうとはしていなかったし、お母さんを蔑む人たちとは話すらしたくなかった。
私を気に入らない人たちの無視や暴力は、なんてくだらないんだろうと問題にもしなかった。
ただ、ひとつ耐えられなかったのは。
「さん、あの・・・私・・・さんが心配で・・・。」
私を可哀想だと勝手に思いこんで。
自己満足な偽善で同情されることが、何より嫌だった。
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