初めから気に入らなかった。
イライラしていた。
本当に笑えてなどいない彼女に。
同じ月を見ていた
「最後に一緒にいる相手が、亮でよかった。」
目の前の少女は笑ってそう言った。
自分の最後。一緒にいる相手が俺でよかったと。
人の生命力を奪って生きる、悪魔である俺でよかったと笑った。
「・・・バカじゃねえの。救えねえ奴。」
出てきたのは優しい言葉でも慰めの言葉でもなくて。
傷に塩を塗りこむようなそんな台詞。それでも。
「本当にね。」
それでもは笑う。
儚げな、今にも消えてしまいそうな笑みで。
「だから怖くなかったのか。」
「え?」
「お前、言っただろ?死ぬことは怖くないって。それって一人じゃなければ死んでもよかったってことだろ?」
「・・・。」
なんつう自虐的な考え方だろうか。
母親が死んで?一人になって?だから死ぬ?
やっぱりコイツも"人間"なんだな。他の奴らと変わらない弱い人間。
死を怖がらずに、何も考えずに、俺と契約して。
最後の時はもうすぐやってくるのに、俺なんかといてよかったと笑う。
幸せなんかじゃないくせに、幸せそうに見せかける。そんな彼女が何故だか異様に腹立たしかった。
「だからあっさりと俺の言葉を信じて、契約もした。」
「・・・うん。」
「イラつくなお前。母親の守ってくれた命とやらを捨てられないって言ってた割には、理由があれば簡単に捨てられるわけだ。」
「・・・。」
「むしろ理由を探してたんだろ?」
のムカつく笑顔が消えた。俺の言ったことはどうやら図星だったようだ。
「・・・そうだね。きっとそうだ。」
本人も気づいていなかったらしいその感情。
はそれが恥ずべきことだというように顔を俯けた。
「・・・亮。」
「何だよ。」
「いいの?そんなこと気づかせちゃって。私、どうにかして生きたいって言い出すかもしれないよ?」
「・・・できねえよそんなこと。運命に逆らうなんてこと、できるわけがねえ。」
「なーんだ。じゃあ今更そんなことに気づかせるなんて、亮はひどい男だなぁ。」
イラついて感情に任せて言っていた言葉だったが、にとっては今更気づいても遅いこと。
ひどい男、ね。別にコイツを追い詰めようとして言ったことじゃなかったが、の言うことも最もだ。
もう死ぬしかないコイツに、生きたいだなんて感情を持たせることになるなんて、残酷以外の何者でもない。
「でも・・・優しいよね。」
責められこそすれど、優しいだなんて言われるとは思ってもみなかった。
コイツはいつも予想外の言葉で俺を驚かせる。
「は?何が?」
「悪魔って言ってるくせにさ。亮の方が人間らしいし。」
「何それ。すっげえ屈辱なんだけど。」
「私的には褒め言葉。」
「人間って言われて喜ぶかっての。全然褒め言葉じゃねえよ。」
どこをどう見たら俺が人間らしいとか言えるんだよ。
そりゃ見た目は今人間だが。やはり人間を・・・を理解することはできない。
「私と初めて会ったとき、私の生命力を全部奪おうと思えば奪えたんじゃないの?
それなのに一応生かしておいてくれたしさ。願いも聞いてくれた。」
の言葉に笑みが零れた。意地の悪い彼女をバカにしたような笑み。
やはり彼女は俺をわかってなどいない。俺が優しいなどと、人間らしいなどとバカらしいこと、もう言えないようにしてやる。
これで避けられようと憎まれようと嫌われようと、俺には問題などないから。
契約はもう結んでいる。ただ一緒にいればいい。彼女が、死ぬまで。
「『人間の生死に関わってはならない』」
「・・・?」
「掟だよ。これを破ると罰が待ってる。下手すりゃ存在が消える。」
「・・・掟・・・?」
「別にお前を気遣ったわけじゃねえ。お前を殺したら俺自身が困るからだ。」
唖然とした表情で俺の顔を見る。
せっかくだから、お前の願いを聞く気になった理由も話してやろうか。
「それとお前の願いを聞いた理由。それはお前の命で俺の能力が上がるからだ。それ以外の理由なんて一つもない。」
は無言で俺を見つめた。
俺はそんなの表情を見て、意地悪く笑む。
俺は悪魔で、人間と馴れ合う気もない。
ましてやこれから死んでゆく人間。コイツが俺に懐いたところで得することなど何もない。
「・・・あはは。」
「?」
絶望するかと思えば、泣き出すかと思えば。
は声をあげて笑い出した。
「せ、性格悪いよね亮!」
「・・・は?」
「だから嫌われちゃうんだよ。集団いじめにあうんだよ。」
「ああ?!」
「本当のこと、話してくれてありがと。」
楽しそうに、声をあげて。
俺はお前を傷つける言葉しかぶつけていないのに。
弱いくせに。
独りを怖がるくせに。
あんな廃ビルで、たった一人で体を震わせていたくせに。
「でも、亮がどんな思いでいたとしても。私が貴方に救われたのは本当だから。」
それでもお前はいつだって強がって。
「自分の嫌なところ、見ないフリしてるままのところだったし。」
弱いくせに、何でもないことのように笑う。
「だから私、楽しもうって思う。残りの時間が少しでも。」
なあ、そういうところがイラつくってわかってんのかよ。
「亮が一緒にいてくれるし、それもできるかなって。」
お前が今までどうやって生きてきたかなんて知らない。知る気だってない。
契約だけで結ばれた人間なんかに興味はない。だけど。
「ムカつく。」
「・・・え?」
「お前、マジでイラつく。」
「な、何が?」
イラついて仕方がない。興味なんてないはずの彼女にそう感じる理由なんてわからないけれど。
そのときの俺はもうすぐ彼女が死ぬことは、既に頭から飛んでいて。
「お前のそのヘラヘラ顔。」
「ヘラヘラって・・・。」
「隠しきれてねえんだよ。本当に楽しいんだったらちゃんと笑え。そんな中途半端な顔見せられてもイラつくだけだ。」
「な、何言って・・・。」
隠しきれてなんていない。分かりやすすぎる彼女の表情。
言っていることが本当なのだとしても、言葉と一緒に表情まで合わせる必要なんてない。見てるこっちがイラついてくる。
「・・・やっぱり亮、優しいよね?」
「どこがだよ。」
「わからないならそれでいいけどね。」
「何だそれ・・・ってうわっ!」
俺が言葉を終える前に、が俺の胸に飛び込む。
突然のことに危うく後ろへ倒れそうになったが、何とかこらえ、俺の服にしがみつくを見下ろした。
服に染み込む水の雫は、見る見るうちに広がっていった。
の声にもならないような音だけが静かな部屋に響いていた。
ああ、人間は何て面倒なんだろうか。
いや、人間と言うよりも特有、と言った方が正しいのかもしれない。
こうまでしないと溜め込んだものを発散できないなんて、バカな奴。
そんなことを考えつつ、ただ漠然と彼女の言葉を思い返していた。
「最後に一緒にいる相手が、亮でよかった。」
「でも・・・優しいよね。」
「本当のこと、話してくれてありがと。」
長く、長く生きてきたというのに。そんな台詞、初めて言われた。
俺は誰にでも本音、というよりも思ったことをポンポンと口に出していた。
確かにそれが原因で喧嘩にもよくなっていたけれど。
本音で話して礼を言われたことも。
優しいなんてと言われたことも。
本音を本音で返されたことも。
全て、初めてだったかもしれない。
そんなことを思いながら、
俺にしがみついたまま離れない不器用な人間をもう一度見た。
・・・不器用なのはお互いさまか。
いつまでも泣き止まない彼女をよそに、俺の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
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