どんな理由でもいい。





どんな出会いでもいい。





それでも貴方は、私を救ってくれていたから。















同じ月を見ていた



















「お前さあ。」

「何?」

「こんなことしてて楽しいわけ?」

「何?ご飯おいしくなかった?」

「飯の話じゃねえよ。お前、もうすぐ死ぬってわかってんのか?
その最後の時間を俺なんかと一緒に過ごして楽しいのかって聞いてんだよ。」





一日歩き回って、私の部屋に着いて。
先ほど出来上がったパスタを口に運びながら、亮が予想外の質問を投げかける。

彼は私の"命"に興味はあるのだろうが、私自身に興味はないのだと思う。
私が楽しかろうが楽しくなかろうが、彼にとって問題などなかったはずだ。
そんな彼から「楽しいか」なんて質問が来るとは思わなかった。私は思わず目を見開いて彼を凝視した。





「何だその顔。別に深い意味はねえぞ?シンと飯食ってても息がつまるからな。暇つぶしだ。」

「うん。楽しいよ。」

「・・・は?」

「だから楽しいってば。」





素直な気持ちを答えると、亮がポカンと間抜けな顔をした。
彼にとっても予想外な答えだったようだ。





「お前、本当に会いたい奴とかいねえの?家族も友達も恋人も。一人も?」

「うん。一人も。」





最後に一緒にいたいと思える人などいない。
恋人は出来たことがない。友達と呼べる人はいないし、家族も・・・。





「お前、どういう人間なんだ?俺が今まで見てきた人間はそれが薄っぺらくても、何かしらの関係は残ってたぜ?」

「・・・亮が私に興味持ってるー。ずっとどうでもよさげだったくせにー。」

「うるせえな、暇つぶしだって言ってんだろ。それにお前みたいな人間、初めて見るしな。」





照れ隠しだろうか。憎まれ口を叩く彼の顔が心なしか赤くなっているように見えた。
暇つぶしだって言われてるのに、それでも彼が私に興味を持ってくれたことが嬉しかった。
どんな形であっても、私自身がどうでもいい存在ではなくなったのだと思えた。

だから、話してみてもいいと思った。
だって彼はその話を聞いても私に同情なんてしたりしないから。





「・・・亮と会ったあのビルさ。」

「え?」

「あれ、私のお父さんが経営してたビル。」

「は?」

「青年実業家って奴。若いうちに社長になってあのビルがお父さんの会社になった。だけど。」

「・・・潰れた?」

「ずっと一緒に会社を経営してきた友達に裏切られちゃったんだって。」





何でそんな話が始まったんだと亮は疑問の表情を浮かべていた。
それでも亮は私の話を聞き続けた。





「友達に裏切られて、莫大な借金を背負わされて、お父さんはもう疲れきってて。自分で死を選んだ。」

「・・・。」

「私と残されたお母さんは、お父さんの保険金で借金を返した。それでもまだ足りなくて、お母さんは必死で働いた。
借金を返すために、私を育てるために。お嬢様育ちだったはずなのに水商売もしたりね。」





お母さんは私の誇りだった。
どんなにつらくても、苦しくても、笑みを絶やさない人だった。





「お母さんは頑張って頑張って、頑張りすぎて。気づいたときにはもう遅かった。
学校に行く朝に会ったのが最後。次に会ったときにはお母さんはもう冷たくなってた。」





だから気づかなかった。お母さんがどれほど無理をしてきたかなんて。
お母さんを助けたい、だなんて思いばかりで。私は何もできない子供だった。





「過労死だった。」





亮は黙って私の話を聞いている。
申し訳なさそうな顔をするでもなく、哀れむような目をすることもない。
ただ、黙って。





「私が信頼できる、ただ一人の人間だった。」



「水商売だからって、お母さんをバカにする友達なんていらなかった。
寂しいんだろうって薄っぺらい言葉で体だけを求めてくる恋人なんていらなかった。」





お母さんがいればそれでいいと思ってた。
友達なんてできなくても、恋人なんてできなくても。
私を育ててくれた、救ってくれたお母さんの支えに私もなりたかった。





「だから一人もいないの。だけど、そうやって意地張って生きてきたくせに。
これからを一人で生きていくことが、どうしようもなく怖くなった。」





お母さんがいなくなって初めて、ひとりぼっちの寂しさを知った。
今、私を思ってくれる人など一人もいない。
気づけば幼い頃の記憶しか残っていない、お父さんのビルを登っていた。
幸せだった頃の記憶。何も知らずにただ笑いあっていた。
私たちを残して一人逝ったお父さんを憎むことが出来なかったのも、その記憶があったからだ。

体が震えていた。これからこの恐怖を持って生きていくのかと。
誰も信じず、誰も寄せ付けずに生きてきたくせに。

「死」を考えなかったわけじゃなかった。
けれど。この命はお母さんが守ってきてくれた命。
自分からそれを絶つなど、絶対に出来なかった。





「私にとっては死ぬことよりも、一人でいることの方がずっと怖い。
だから・・・誰でもよかった。亮じゃなくても。」





私は笑みを浮かべて亮を見つめた。
亮は表情を変えぬまま、私の視線に応えて、口を開いた。





「丁度よく俺がお前の目の前にいたからってことか?」

「そういうこと。ごめんね、感動的な理由でも何でもなくて。」

「は、そんなもんいらねえよ。変な理由こじつけられるよりよっぽどいいぜ。」

「そっか。・・・でも、最初はそうだったけどさ。私、よかったと思ってる。」

「何がだよ?」












「最後に一緒にいる相手が、亮でよかった。」












亮が目を見開く。信じられないとでも言うように。
ねえ、本当のことだよ。
まだたったの1日しか一緒にいないけど。
貴方はきっと私自身に興味などないのだろうけど。

それでも亮と過ごす時間は心地よかった。
一人だった部屋に他の誰かがいることが。
朝、目を覚ましてそこに誰かがいることが。
口げんかでも、他愛のない世間話であっても、それを聞いてくれる誰かがいることが。








その"誰か"が亮じゃなくても、私はここまで温かな気持ちになれたのだろうか。









どんな出会いだってよかった。



どんな理由だってよかった。



それでも貴方は確かに、私を救ってくれていたんだ。













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