真っ暗な世界に突然現れた光。






彼は見た目こそ漆黒に包まれていたけれど






月明かりの残る夜空に浮かんだ彼の姿は。
















同じ月を見ていた
















今目の前にいる、自分を悪魔と言った少年に会ったのはつい先ほどのこと。
彼の話によると、私は近いうちに死んでしまうらしい。

彼にその話を聞いたとき、不思議と悲しくもつらくもなかった。
その言葉に現実味を感じていなかったのかもしれない。

ただ自分が死んでしまうと聞いたときに浮かんだのは。





『ひとりでいたくない』





そんな、漠然とした思いだった。











「うわー狭い部屋・・・つーか何もねえ部屋だな。」

「人の部屋に来て第一声がそれって、本当いい性格してるよね。」





亮がそう言って見渡した私の家には、必要最低限のものしか置いていない。
今まで一人だったその部屋に体の大きな亮が入ることになるが、置いてある物が少ないこの家ならば
そこまで窮屈なく過ごせるだろう。






「とりあえずそこ座って。あと、あまり大声ださないでね。こんな夜中に男連れて帰ってきただなんて嫌な噂流されたくもないし。」

「噂も何も本当だろ?大体今の俺の声はお前にしか聞こえねえっての。まだわかってなかったのか?」

「もーうるさいなっ。ちょっと待ってて。」

「ああ?生意気な奴。」





後ろでぶつぶつと文句を言う亮を適当に流しながら、クローゼットの中にある小さな引き出しを開ける。
普段あまり使う機会もなかったが、確かここに置いたはず。





「あったあった。はい、救急箱。」

「あ?」

「亮、傷治りきってないじゃん。手当てしようよ。」

「いらねえよ。朝になったら適当な人間から奪ってくるから。」

「これからは"人間"として私と一緒でしょ?生命力奪うとか人間はしないから。」

「ああ?!」

「と、いうわけでその羽根もしまって。そんな姿で隣にいられても私が困っちゃうしさ。」






しまって、と言ってしまえるものなのだろうか、という疑問を持ったが特に問題はなかったようだ。
漆黒の綺麗な羽根。亮自身の体も包んでしまえそうな大きな翼。
亮はやれやれ、と言った顔で目をつぶった。瞬間、その大きな翼が消えた。





「え?あれ?どうしたの?どうやったの?」

「消した。」

「ええ?」

「つーか、人間に化けた。これで文句ねえだろうが。あー痛え、マジで痛え。
人間ってのは本当弱っちい生き物だよな。とっとと手当てでも何でもしろ。」





傷の痛さに顔を歪める亮を茫然と見つめて。
憎まれ口を言いつつも、彼は私の言うとおりに"人間"となったのだ。

人間に化けた、と言っていたけれど、悪魔と人間は体のつくりが違うのだろうか。
先ほどまで平気な顔をしていた亮が、突然傷の痛みを訴えだした。

私は救急箱から消毒液と包帯を取り出し、彼の手当てに取り掛かる。





「亮はさ、何でこんな怪我してあんなところにいたの?」

「・・・お前に関係ねえだろ。」

「いいじゃん別に。私はもうすぐ死ぬんでしょ?何を言ったって覚えてることなんてないよ。」





驚くほどにスルリと出てきたその言葉。
亮が少しだけ眉をひそめた。





「面白い性格してるじゃねえか。死ぬことが怖くないんだなお前。」





死ぬことが怖いか。
そう聞かれても、自分に恐怖というものは襲ってこない。





「怖くは、ないかな。」

「は、やっぱりおかしな奴。」





皮肉を含めているようなそんな笑み。
そんな彼に応えるように、私も不器用な笑みを返した。





「囲まれた。」

「え?」

「お前の周りにだっているだろ?気にくわない奴を集団でボコるような奴ら。」

「・・・殴られたんだ?集団で。」

「そういうこと。じゃなかったら返り討ちだっつーの。」

「亮、強いの?」

「強えに決まってんだろ。だからあいつらも集団で来たんだし。」

「なるほど。」

「・・・そんで人間界に放り投げられた。ああくそ!思い出すだけで腹立つぜ!」





それまで不敵に笑っていたその表情を崩して、感情を露わにして怒る彼の姿。
不謹慎だけど、何だかその顔がいやに幼く見えてしまって思わず笑いを零す。






「亮、やっぱり性格悪いんだ?そんなにまで嫌われちゃうなんて。」

「やっぱりって何だ。俺はあれだ、正直者って奴。言いたいこと何でも正直に言ってやってるだけなのに
怒り出すほうが悪い。それにあいつらに嫌われていようと痛くもかゆくもねえ。」

「それで集団に囲まれて、人間界に落とされちゃっても?」

「うるせえな。あいつら絶対ただじゃすませねえ。何てったって俺にはもうすぐ・・・。」





亮が何かを思い出したように言葉を止めて私を見る。そして小さく微笑んだ。
彼が欲しがる私の命。もうすぐ尽きると言われたその命。
生命力ではない、たったひとつしかないもの。

彼がそれを欲しがり、どうしたいのかはわからない。
けれど、それはきっと彼にとってとても重要なものなのだろう。



亮の冷たい笑みも視線も、それしか見ていない。
彼は待っている。私の命が尽きるその時を。










「はい!おわり!」

「いてっ!てめえ・・・。」

「私、ちょっと寝ようかな。亮はどうする?」

「俺も寝る。お前のせいで疲れた。」

「うわーひどーい。」





今日会ったばかりの彼と、こんなにも普通に接することができるのは
彼との時間がわずかであると、最初からわかっているからなのだろうか。

一人だったこの空間に、誰かがいる。
それが悪魔であっても、何者であっても。
それだけで、それだけなのに、この場所が温かく感じられた。

クローゼットの奥にしまいこまれていた布団を引きずりだして
亮にどうするか問えば、好きにしろとの言葉。私は少しだけ考えて、床に敷いたその布団に寝るように亮に声をかける。
特に気にする風でもなく、亮はその布団に横になる。そんな亮を見てから、私は部屋の電気を消した。




彼は悪魔で心から私の側にいてくれるだなんてそんなこと、あるわけがないけれど。
それは私の命で繋がれている契約でしかなかったけれど。
それでも彼は私の側にいてくれる。





今はただ、それだけでよかった。










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