おかしな女だった。





今まで見たこともない人間だった。


















同じ月を見ていた
















「お前はもうすぐ死ぬんだ。」





この言葉を聞いて、目の前のコイツはどんな顔をするだろう。
ただでさえ短い生しか持たない人間が、自分の死を宣告される。
しかも俺のような悪魔に。さあ、コイツはどうなるだろうか。





「・・・そうなんだ。」

「・・・。」





慌てるでもない。問い返すでもない。
泣くことさえもない。ただ、唖然とした表情だけ見せる。
そんなこと知らなかったなぁ、とでもいうような軽い表情。



何だコイツ。



何なんだこの女は。





「悪魔さんが私を殺すってこと?」

「違う。どう死ぬのかは知らねえが、俺が見えるってことは死期が近いってことだ。
死期が近くなると、俺たちの姿が見える人間がまれに出てくる。」

「・・・ふーん。」





俺の話を信じていないとしか思えない。
彼女は少しだけ目をふせて、少しだけ何かを考えた後に顔をあげた。





「ねえ、悪魔さん。」

「あ?」

「貴方は悪魔なんだよね?」

「最初からそう言ってんだろ。」

「私が死んじゃうことも本当なんだよね?」

「十中八九な。」

「お願いがあるんだけど。」

「・・・は?」





ようやく俺のことを信じたのかと思えば、次はお願い?
俺は思わず間抜けな声を出して、表情すら変えない彼女に怪訝そうな表情を向けた。










「私が死ぬまで、側にいてくれないかな。」









あまりに真面目な顔で、俺に向けてまっすぐに送られる視線。
目の前の少女は一体何を言っている?一体何がしたいんだ?





「何で俺が・・・つーか何で俺なんだよ。お前頭おかしいんじゃねえの?」

「寂しいことにこんなことを頼める人が一人もいないんだよね。」

「だから俺に頼むとかありえねえから。」

「どうしてもダメ?悪魔さんだってその傷が治るまでは、ここにいるんじゃないの?」

「ダメに決まって・・・」





バカらしい押し問答。
悪魔と喋れる人間なんて珍しいから、ついつい普通に喋ってしまった。
こんな人間ほっといて、とっとと帰ればよかった。

そんなことを思いつつ、ふとある考えが浮かんだ。
目の前の訳のわからない少女の願いを聞いてもいいと思うくらいの考えが。






「悪魔さん?」

「・・・そこまで言うなら、考えてやらないでもねえよ。」

「え?本当?」

「ただし、お前が死ぬ直前、お前の命を俺によこせ。」

「・・・命・・・?さっきの生命力とは違うの?」

「ああ、お前が生きている証。命そのものだ。お前が死んで魂を天界に持っていかれる前に俺にそれを渡すこと。それが条件だ。」

「天界・・・?悪魔さんが持っていくんじゃなくて?」

「悪魔って言ってもいろいろ面倒な掟があるんだよ。俺がお前の魂を勝手に持っていくわけにはいかねえ。」





悪魔の世界にも掟は存在する。
その中の一つに『人間の生死に関わってはいけない』というものがある。

はやい話が悪魔が行動することで、人間を死なせることも、生かすことも掟破りだということだ。

例えば人間界での俺らの力の源は人間の生命力。生きるエネルギーのようなものだ。
そしてそれは人間に触れることで、得ることができる。
生命力を奪われた人間は、気分が悪くなったり立ちくらみがしたり、体調に何かしらの異変が発生する。
そして必要以上に生命力を奪われれば、死に至る。

一人の人間から出来る限りの生命力を奪い取った方が俺たちにとって効率はいいのだが
相手を死なせてしまうことは掟破り。だから必要最低限の力しか奪えない。
だから先ほどもコイツが意識を失うほどの力は奪っていない。そのまま死なれでもしたら困るからだ。





「お前が首を縦にふれば、俺がお前の命を貰うことができる。」

「・・・願いを叶えるかわりに命をよこせ、か。あはは、本当に悪魔と契約してる気分。」

「どうせ無くなる命なんだ。迷うこともねえだろ?」





そしてもう一つ。俺らの力の源となるものがある。
それが人間の命。生命力とは比べ物にならないくらいの密度の濃さ、悪魔の能力アップとなるレアアイテム。
人間の命を得た悪魔は、異常なまでの強さを持つと言う。

しかしこれを手に入れるのは至難の業だ。
人間から勝手に奪える生命力とは違い、命は人間の同意が必要となる。
同意を得る為には、会話をしなければならない。けれど人間は俺たちの姿を見ることができない。
そしてようやく俺たちの姿が見える人間を探し出せたとしても、自分の命を悪魔に売るだなんてことをする人間が
どれだけいるのかという話だ。

けれど、今俺はそれを手に出来る位置にいる。
俺は悪魔で、目の前のコイツは俺の姿が見えている。そして。
なぜかはわからないが、俺に願いを訴えている。

彼女の考えなどどうだっていい。俺が理解をする必要なんてない。
うっとおしいし、面倒だがそれで人間の命が手に入るのならば安いものだ。





「わかった。貴方にあげるよ、私の命を。」

「よし。それじゃあ・・・」

「だけど、そしたらもう一つお願いしていい?」

「あ?」

「悪魔じゃなくて・・・人間として私の側にいてくれる?」

「人間として?」

「家族としてでも、友達でも、恋人でもいいよ。ただ、私の命がつきるまでは私の為に生きてほしい。」





おかしなことを言う奴だと思った。
そんなもの、人間はいくらだって作れるだろう。
たとえそれが薄っぺらいその時だけの関係だとしても、
俺なんかがその役をやるよりも、他の人間に頼んだ方がよっぽどうまくやれるだろうに。

けれど、コイツの考えなんてどうだっていい。
俺はほんの一時、コイツのお遊びに付き合うだけで人間の命が手に入る。
俺をこんな姿に、ボロボロにしやがった奴らに復讐できる力が手に入る。

人間界に放り出されて踏んだり蹴ったりだと思っていたが。
こんなところで人間の命が手に入るとはな。





「ああ、いいぜ。それがお前の望みだな?」

「うん。」

「俺はお前の望みを叶えてやる。そしてお前はその命を俺に渡す。」

「うん。」

「契約成立だ。」





悪魔の姿が見えているのに、自分が死ぬと言われているのに
その望みが「側にいてほしい」だなんて、本当におかしな人間だな。
だが、そのおかげで俺は楽して人間の命を手に入れられるんだけど。





「じゃあ早速なんだけど、私を家まで連れて行ってくれます?悪魔さん。
貴方のおかげで立ち上がれないんだけど。」

「あ?仕方ねえな。」

「それ、私をこんな状態にした当人が言う台詞じゃないよね?」

「うるせえよ。」

「うわ、冷たいし。さすが悪魔・・・悪魔さん、名前は?」

「・・・亮。」

「亮、私は。これからよろしくね。」






よろしくも何も、もうすぐコイツは死ぬのに。
それでもそんなこと怖くもなんともないとでも言うように笑う彼女を一瞥して、腕に抱きかかえる。





「って、そこ窓・・・!!」

「わざわざ階段から行く必要もねえだろうが。お前の家の方向教えろ。」

「まさか、飛んでいこうとしてる?」

「何か問題でも?」

「あるに決まって・・・きゃあ!!」





窓から飛び降り、翼を広げる。
コイツの生命力を貰ったせいか、先ほどよりはまともに飛べるようだ。





「な、な、何コレ!!」

「何が。」

「飛んでるよ!本当に!」

「だから飛んできたって言っただろうが。まだ信じてなかったのか。」

「そういうわけじゃないけど、いざ本当に飛んじゃうと・・・ていうか人間として側にいてって言ったじゃん!
何いきなり飛んでるの?人間はそんなことできません!」

「あーもううるせえな。とっとと教えろ。どっちに行くんだよ。」

「え?あ、あっち。」

「ん。」





彼女の指差した方向へとスピードをあげて向かう。
目を力いっぱいつぶって、俺の首にしっかりと手を回す彼女の姿。
さっきまではあんなに冷静だったくせに、これくらいのことで騒いで怯えるおかしな女。

俺にとってはほんの一時のすぐに通り過ぎてしまうほどのわずかな時間。
それでも暇つぶしにはなるのだろう。そして、それが終わったとき俺は大きな力を手に入れる。

もはや月明かりしかない夜空を駆け抜けながら、自然と笑みが浮かんだ。
そうして俺のそんな考えも、浮かんだ小さな笑みも漆黒の闇へと消えた。














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