その出会いは偶然。
それまで俺にとっての"人間"は
短い生にしがみついて、くだらないことで争って
くだらない人生を必死で生きる
滑稽な存在でしかなかった。
同じ月を見ていた
「あー。マジでつらい。死ぬんじゃねえ?俺。」
怪我をしてボロボロになった自分の姿。
さまよっているかのようにフラフラな彼は自嘲的な笑みを零した。
ふと周りを見渡せば、辺りは暗闇に包まれている。
さすがの自分も暗闇でものを見ることはできない。
頼りとなるのはポツリポツリと光る街灯とほんの数件の家から漏れる灯り。
そして、空に浮かぶ月の明かりだけだった。
ああ今"人間"は眠りについている時間か、とその暗闇から判断する。
休める場所と、"人間の生命力。"
ボロボロになった彼にそれを選別している余裕はなく、一番先に目についた灯りへと向かっていく。
「・・・いた。人間。」
自分にしか聞こえないような小さな声で呟く。
彼がたどり着いたのは今にも崩れそうな廃ビル。
視線の先には一人の少女が膝を抱えてその場にうずくまっている。
何故こんな夜遅くに、そして人気のない廃ビルに少女が一人でいるのかなんて
考える余裕も、優しさも彼は持っていなかった。
ただ、目の前にいる少女は自分の苦痛を和らげるモノ。彼の頭にはそれしかなかった。
「あー、くそ、何だって俺がこんな目に…。あいつら後でぜってえ殺す。」
ぶつぶつと文句を零しながら、未だうずくまったままの彼女へと歩み寄る。
そして彼女に触れようと手を伸ばせば。
「・・・誰?」
聞こえたのは少女の声だった。
彼女の予想外な反応に、彼は驚き彼女に触れようとしたその手を止めた。
まさか、自分に問いかけられた言葉ではないのだろうと思いながら。
「・・・天使・・・?」
不意にかけられたのは、またも予想外な言葉。
そしてその視線はたった一人に向けられている。
「・・・お前、まさか俺が見えてるのか?」
「・・・見えてるよ?天使さん。」
「天使じゃねえっての。つーか、俺のどこを見て天使とか言えんだよ。こんな真っ黒な天使がいるとでも思ってんのか?」
「あはは。本当だ。じゃあ、悪魔かな?」
彼女の一言に言葉を失う。
真っ黒な瞳。身を包む黒い服。禍々しい漆黒の羽根。
彼女の言った通り、彼は"悪魔"と呼ばれる存在だった。
人間に悪魔である自分の姿が見えるはずがないのだ。なのに。
目の前の人間は自分が見えている。それは何故か。
思い当たる理由が一つだけあった。けれどそれは彼には関係のないことだ。
「それで悪魔さんはどうやってここに?ここは5階だし、ドアは鍵がかかってたのに。」
「あ?そこの窓から。」
「・・・ここは5階だよ?そんなことできるわけないでしょ。」
彼を悪魔と呼びながら、彼女はそれを信じてはいないようだった。
そして彼自身もそんなことどうでもよかったし、それよりも自分の怪我を治す方が優先だった。
再度、彼女へと手を伸ばす。
「・・・何?何がしたいの?」
「お前の生命力をいただく。見てわかんだろ、痛えんだよなコレ。」
月明かりしかないその場所では、彼の傷の全てを確認することはできなかったが
彼をしっかりと見つめた彼女はその傷がとてもひどいものであるように思えた。
「・・・私の生命力でそれが治るってこと?」
「ああ。」
「・・・病院行った方がいいよ?いろんな意味で。」
「お前、俺のことバカにしてんだろ。すっげえ腹立つけど。」
どうやら自分を悪魔と思いこむ痛い人間だとでも思われたのか。
人間にどう思われようと関係ないと思っていたが、やはり癪に障る。
「・・・私を襲ってもいいことなんてないよ?」
「誰がてめえなんて襲うかバーカ。」
抵抗する様子もない彼女の手を取り、その生命力を吸収する。
かすかな光とともに、彼はその生命力が自分に流れ込むのを感じた。
それと同時に吸い取られた側の彼女は、自分の体の力が抜けていく感覚を受けていた。
「う、わ・・・。」
「どうですかー?生命力を吸われた気分は?」
意地悪く笑う彼の怪我が少しずつ治っていく。
彼女はそんな光景に驚き、目を見開いた。
彼に手を掴まれて、自分はこんなに気分が悪くなっているのに
彼は逆に傷が塞がっていっている。心なしか顔色も良くなっているような気がする。
「・・・悪魔さん。」
「何だよ?」
「貴方が悪魔コスプレ好きな夜の徘徊人なのか、本当に悪魔なのかは置いといて。」
「何だ。止めろ、そんな思い込み。」
「とりあえず貴方が性格悪いことはわかった。」
「は、そりゃどうも。褒め言葉だぜそれ。」
壁によりかかるように、少しだけ息を荒くして。
それでも彼女は目の前の彼を見て笑う。
そして彼は、最初から自分のことに動じず、ここまでしても未だ冷静でいる彼女に興味を持った。
たとえ自分を人間だと思いこんでいたのだとしても、この状態で冷静でいられる程人間は強くはないはずだ。
少なくとも彼は、そんな強い人間を見たことはない。
目の前の彼女が冷静でいるのは、ただの強がり。興味を持つと共に、その強がりを崩してやろうと思った。
別に彼女を憎いと思ったわけではない。単なる暇つぶし。
弱いはずの"人間"。彼女にこの言葉を告げて、それでも強がり続けることができるだろうか。
「お前の生命力なんてたいしたもんじゃなかったけど、礼くらいしてやろうか?」
「・・・お礼?」
「いいこと教えてやるよ。」
「何?」
「悪魔の姿なんて、普通の人間には見えねえんだよ。」
「・・・だろうね。見えてたら町中パニックだ。」
「だけどまれに、俺たちの姿を見える人間がいるんだ。」
「私のこと?」
「ああ、何故見えるのか教えてやるよ。」
彼は冷たい視線を彼女に落とし、小さな笑みを浮かべた。
未だ力が入らず、ぼんやりとした様子の彼女の前に屈んでまっすぐに彼女を見つめた。
「俺たちに近い存在になるからだよ。」
「・・・近い・・・?」
そしてもう一度、彼は笑う。
「お前はもうすぐ死ぬんだ。」
人間であるはずの彼女に、自分の姿が見えるはずはない。
彼が思い当たったたった一つの理由。それは。
彼女が人間でなくなる。
彼女が彼に近い存在となる。
人間である彼女の生が、もうすぐ終わりを迎えようとしているからだ。
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