恋愛回想録













「よ、英士!」

「・・・。」





の家に行き彼の姉に会った次の日。学校の門を出てすぐの場所にがいた。
俺との学校は実はすぐ隣の地区で、会いにくい距離というわけではないけれど
俺が彼を苦手に思っていたこともあり、こうして会いにくることなんて一度としてなかった。

ただ、今は思い当たる理由がひとつある。





「どうしたの、急に。」

「まーまー。ちょっとつきあってよ。」





けれど俺からその話をふるのは面倒だし、もしかしたら違う話かもしれないし。
その日は家に帰るだけだったから、に言われるがまま彼の後に続いた。












「次の練習日までドキドキしてんのも性にあわないからさ。直接聞きにきた。」

「何を?」

「昨日、見てただろ?」

「・・・だから、何の話?」

「・・・シラを切りとおす気だなちくしょう!」

「用が終わったなら帰っていい?」

「まだ終わってねえよ!自己完結すんな!」





こうしてわざわざ俺のところまで来るなんて昨日のことが特別なことだと言っているようなものだ。
人を煙に巻くのはうまい奴だと思うのに、そこまで思考がまわっていないのだろうか。

けれど昨日は俺も柄にもなく驚き、表情にまで出してしまったから。
おそらく昨日のことは誰にも知られたくなかったことで、さらに俺みたいな考えが読めない奴に知られてしまい
も心配なんだろう。そして彼の性格的にそのままほっておいてモヤモヤしていることに耐えられなかったわけだ。





「・・・別に俺には関係ないことでしょ。」

「そうだけど。」

「俺はこれ以上のことを聞く気もないし、誰かに言う気もないよ。」

「・・・マジで?」

「何を心配してるのかしらないけど、自分がいつも話題の中心になってると思ってたらただの自意識過剰だよ。」

「うわ、きつい・・・!でもはっきりしてて清々しいッス!」

「ああそう。」





いつも人をからかって余裕でいるが、ここまで慌てるということに興味が沸かなかったわけじゃない。
だけどそれ以上に俺は面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
は安心したようにほっと胸を撫で下ろし安堵のため息をついた。けれどすぐに何か思いついたように考え込む。





「なー英士。」

「何?」

「昨日の俺見て、どう思った?」

「・・・どうって?」

「一馬とか結人にはともかく、俺の前じゃほとんど表情変えなかった奴があんな驚いた顔してたくらいだからさ。
・・・ただの姉弟に見えないような顔してた?」

「・・・マヌケ面してたよ。」

「お前っ・・・!もっと言い方あるだろ?!」





そう言って笑うは、選抜での練習のときと同じ顔をしていた。
けれど、どこか寂しそうにも見えるのは俺の気のせいだろうか。





「お前にそんな顔されてたからさ、俺も慌てたっつーの。」

「そんなに不安になるくらいなら、もっと時と場所をわきまえたら?」

「え、ちょ、俺が悪いみたいになってるけど、いきなり来て泣き出したのはアイツだからな?!」

「・・・。」

「え、何その蔑みの眼差し!俺が悪いの?!なんなの?!何とか言えこのシャイボーイ!」

「それはの方でしょ。」





話を聞く気なんてなかったのに、なんだか少しずつのペースになってしまっている気がした。
けれど今の俺の一言は意外なことに、を真っ赤にさせる結果となった。
おそらくあの人といるときの自分を思い出しでもしたんだろう。
挙動不審になってるとか、抱きしめようか抱きしめまいか迷って百面相してるところとか・・・。





「・・・英士くん、今ちょっと笑ったでしょ?」

「笑ってないよ。、目おかしいんじゃない?」

「いーや、笑った!笑いました!」

「うるさいな。じゃあそういうことにしとけば?笑われるようなことするが悪いと思うけど。」

「キー!かわいくない!!」

「可愛いだなんて思われたくないから、それでいいよ。」





思えば二人でこんなに話したのは初めてのことだった。
俺はのことを馴れ馴れしくて強引で、テンションの高いうるさい奴としか思っていなかったから。
確かにコイツはうるさい。だけど、話してみると思ったより煩わしい気はしなかった。















それから少しして、選抜練習の帰りにに引き止められた。
彼にしてはめずらしく、大分深刻な表情だ。
絶対面倒ごとだと悟った俺は、勿論引き止めるを無視して帰路につこうとする。





「えーいーしー!英士くーん!待てこのやろー!」

「痛い。ひっつかないでよ。」

「お前が逃げるからじゃんかよ!泣くぞ!」

「うざったいから止めて。・・・で、何?手短にすませてよ。」

「・・・今日、ぼくの家で遊びませんか?」

「は?」





深刻な顔して何を言うかと思ったら、そんなこと?
ていうかそんな話、結人とか一馬とかにすれば喜んで来るだろうに。
なぜわざわざ俺に言うんだ?





「・・・嫌だ。」

「なんで?俺たち友達じゃないの?!」

「じゃないね。」

「即答?!もうちょっと迷ってよ!」

「話は終わり?じゃあ俺は帰る。」

「待って!頼む!本っ気で頼むから!」

「・・・。」





滅多に見せることのないの弱気な顔。
一体何があったのかは知らないけど、俺は迷いに迷って仕方なくの家に行くことにした。
普段弱気を見せない奴がここまでなりふり構わずっていうのは、よっぽどのことなんだろう。
それに結人と一馬と一緒にとはいえ、最近よく話すようになったということで同情する余地もあったから。















それからの家に着くと、前には家にいたの母親がいなかった。というか人の気配がない。





「両親は今旅行中なんだ。」

「ふーん・・・。」





それと俺を呼んだ理由がいまいち繋がらない。
未だきちんとした理由を話していないにそれを問おうとすると、2階からかすかに音が聞こえた。
小さくゆっくりと階段を降りる音がして、目の前のドアが開いた。





・・・。おかえり〜。」

「未優、お前寝てろって。熱高いんだろ?」

「下がったー!・・・ような気がする!」

「気がするって何!寝てろ!」

「うわーん、くんが冷たいー。なぐさめて〜ってあら、えいしくんじゃないの。」

「・・・こんにちは。」





の姉は前と変わらないように見えたが、ボサボサの髪とパジャマ姿。
顔はうっすらと赤みを帯びており、風邪かなにかをひいているというのが見てわかった。





「ほら、英士に風邪うつしたら大変だろ?後で飯とか持っていくから部屋にいろよ。」

「うーん、そっか。そうだね!将来有望なサッカー少年だもんね!」





フラフラとしながらおやすみ〜と笑顔を浮かべると、彼女は部屋に戻っていったようだ。
が複雑な表情を浮かべて、俺と目をあわせないようにしてる。





「・・・親はいないんだっけ?」

「ソウデス。」

「それで、高熱の姉と二人きり。」

「・・・うん。」

「帰る。」

「ギャー!だから待ってー!!」





の考えが読めた。
詳しい事情は知らないが、があの姉に特別な思いを持っているのは確かだ。
そんな中、両親は旅行に出かけ、家にはあの無防備な姿の姉が一人。
しかも高熱を出しているのなら、嫌でも看病をしなければいけなくなる。

つまり二人きりで近づかざるを得ない状況には耐え切れる自信がないってことだ。
だから唯一少しだけでも事情を知っている俺を呼んだ。





「英士にしか頼めないんだもんよー!」

「・・・だからって何で俺が巻き込まれるの?そんな義理も優しさも俺にはないから。

自分で言う?!じゃあここらで優しさのひとつでも育ててみてはどうだい?!」

「いらない。余計なお世話。」

「このやろう・・・!いい度胸だ!とう!」

「ちょ・・・何する・・・」





変な掛け声とともに、は床に置いていた俺の鞄を奪い取った。
・・・あの中には財布もサッカー道具一式も入ってる。
明日の午後にはユースの練習もあるっていうのに。どうしたものか。





「・・・巻き込んで悪いとは思ってるよ。俺だって本当は誰も巻き込みたくなんかないんだ。」

「・・・。」

「だけど・・・未優との関係を崩すのが情けないけど一番怖い。」





いつもはふざけてばかりだけど、コイツは姉のことになるとこうも真剣な表情になるばかり。
一体にとってあの人はどういう存在なんだろうか。
詳しいことは何一つ聞いていない。好奇心からの興味はあっても、面倒ごとに首をつっこみたくはなかった。

は見ているだけでも友達はたくさんいるとわかる。
けれどその中に彼の秘めた想いを知るものは一人もいない。自身が隠してきたことだから当然だ。
俺はそれを偶然知ってしまい、こうして頭をさげられている。

俺はとは逆で、友達と呼べる存在は少ない。
薄っぺらい人との関わりならば必要もないと思っている。
けれど、一人で抱えることがつらいということは知っている。

偶然とはいえ、知ってしまったこと。の普段見ることのない表情。
協力してやるか、なんて特定の奴ら以外に思う自分がめずらしいこともわかっているけれど
そう思ってしまったからには・・・仕方がない。





「・・・わかったよ。」

「・・・英士・・・!」

の理性が飛びそうになったら、どんな手を使ってでも止めればいいってことでしょ。」

「英士にどんな手でもって言われるとすっげー怖いんですけど・・・!」

「安心してよ。躊躇したりしないから。」

「ちょっとはしてください。」





結局俺は残ることになり、さらには家にも泊まることになってしまった。了解した時点で予想はしてたけど。
家に連絡をいれ、は姉への食事をつくり部屋へと運んだ。俺はその姿をただ後ろから見ていた。
姉はの料理を喜んで口にし、食べ終わってもに喋り続けようとして、止められる。
薬と水をおくと、は何事もないように彼女の部屋を出た。





「・・・英士くん。」

「何。」

「ぼくは普通に喋れていたでしょうか・・・?」

「俺から見たら挙動不審だったけど、あの姉は鈍そうだから大丈夫じゃない?」

「そう、鈍いんだよアイツはさー!パジャマとかはだけてんの勘弁しろよー!!」





は部屋で床に転がりながら、何かと葛藤しているようだ。
確かに風邪をひいているとはいえ、あの人の姿は無防備すぎるようには見えたけど。





「・・・あのさー。」

「何?」





一通りの葛藤を終えたのだろう。が床を転がるのを止めて、テーブルの前に座った。
俺はの部屋にあった本をめくりながら視線すらあわせずに返事だけを返した。





「英士もさすがに気になってると思うんだけど。」

「・・・?」

「俺の父さんと母さん、再婚なんだよね。」

「・・・ああ。」





やっぱり、とそう思った。
漫画やドラマの世界ではないけれど、あの人はの義理の姉であり、途中から一緒に暮らすことになった。
そして突然やってきたあの無防備な姉をは好きになってしまった。
そんなことが現実にどれだけあるのかはわからないけれど、予想はしていたことだ。





「俺が小さい頃に別れて、俺はずっと父さんの2人で暮らしてきたんだ。」

「ふーん。」

「それなのにだぜ?いきなりあんな無防備な姉ちゃんが出来たら恋するに決まってね?そう思わね?!」

が欲求不満だっただけじゃないの?」

「なにー!英士だって同じ立場になったら恋してんだからな!あ、でも今は好きになっちゃダメな?」

「ならないよ絶対。」

「ちょ、それなに?うちの未優は好みじゃないって言いたいの?!」

「うるさいな。まあ好みではないけど。」

「ちょ、なんか悔しい!」





の姉がいくつかは知らないけれど、背や顔の割に落ち着いているからおそらく高校生か大学生くらいだろう。
その年から見れば、俺たちがガキに見えるのも当たり前。とは違って恋愛対象にもならないことにも頷ける。
だから彼女にとってはただの弟。弟のはその関係を崩すことはできない。
それはつまり家族関係も崩れることになるから。

だから誰にも知られたくなかったんだろう。
そして俺に知られたとき、あんなにも慌てて周りが見えなくなっていたんだろう。





「・・・こうして俺に何度も迷惑かける気なら、とっとと告白でもして玉砕すれば?」

「ちょ、玉砕前提ですか?!」

「だってあっちはのこと、弟としてしか見てないんでしょ。」

「まーその通りなんだけど。相変わらずはっきり言うな英士は。」





俺はこういうとき気を遣う術を持っていない。うまい言葉なんて見つからない。
それでが怒って俺を追い出すことになったも構わない。





「別に告白してふられても、あの姉とのテンションならすぐ元に戻るんじゃない?」

「テンションって・・・!」

「義理の姉弟っていうのはお互いわかってることなんだし。
あの人だって俺たちよりは大人なんだろうから、がどんなこと言おうが扱いくらい心得てるでしょ。」





それまで俺の言葉に暗い顔など見せなかった、の表情に陰りが見えた。
は自嘲気味に微笑むと、目線を下に向けてそのまま俯いた。





「小さい頃に別れたっていうのは、今の母さん。」

「・・・え・・・?」

「1回結婚して、別れて、また復活した。」

「・・・それって・・・」

「俺と未優は、血のつながった姉弟だ。」






と姉の関係について、いくつかの可能性はあると思ってた。
二人が本当の姉弟で、が姉への憧れを通り越した極度のシスコンってことも考えにはあった。

でもの今の表情はそんな言葉ではくくれない。
決して叶わない思いを抱え悲しそうに笑うを見て、続く言葉を見つけ出すことができなかった。








TOP NEXT