恋愛回想録
「ふはっ、英士がかたまってる。めっずらしー。」
「・・・。」
「悪かったよ、いきなりこんな話。気にしないで。」
「いきなりそんな重い話ふっといて、気にしないでって自分勝手だよね。」
「え?じゃあ英士、気にしてくれるの?」
「しないけど。」
がケラケラと軽く笑う。もういつもの
のように見えるけど、内心はそんなことないんだろう。
俺が
の秘密を知った日。
はひどく慌てていて、思わず可笑しくなってしまうくらいに動揺していた。
けれどそれはきっと一部分で本当はもっとたくさんの感情を持ち、葛藤していたんだろう。
俺は他人に自分をさらけ出すのは好きではないから、基本的に表情には出さない。
けれど
はあえて表情に出すことで、"本当"を隠してる。
「・・・ひいた?」
「ひくひかないは置いといて、驚きはした。」
「だよなー。そりゃ驚くわ!」
「・・・両親っていつ再婚したの?」
「俺が3歳くらいに離婚してー・・・復活したのが11だったかな。」
「ふーん。」
「いくら姉ちゃんって言われても、思春期真っ盛りの男がいきなりそんな風に見れるかっつーの。な?」
「・・・だからただの欲求不満じゃ」
「違う!男のサガ!」
「ああ、そう。」
「たださ、俺の場合は憧れで終わらなかったんだよね。それが厄介っていうか。」
「執着心が高いってことだね。」
「もっといい言い方ないかな英士くん・・・?」
それはいつも通りの会話だった。そりゃ話してることは重いけれど。
けれど
がいつも通りにふるまおうとするから、俺もあえてそれに乗ることにした。
人のなぐさめ方なんて俺は知らない。
まして
に深い関わりもない俺が薄っぺらい励ましの言葉を告げても、それになんの意味もない。
「まーでも、それももうすぐ終わるからさ。」
「どうするの?」
「アイツ、結婚するんだ。」
笑顔でその言葉を告げた
が、一体どんな気持ちだったのかもわからない。
ただ、その言葉をこうして何気なく告げるまでに、きっと
はいろんな思いを持っていたのだろうと思う。
「そしたら家も出て行くし、俺の恋も自然消滅って寸法さ。」
「ふーん。」
「俺がこんな健気なのに、アイツってば人の気もしらないでさー!」
「健気な奴は風邪の姉を襲おうとはしないよね。」
「いたい!英士くんその言葉とてもいたい!」
はそのまま自分のベッドに横たわり、天井を見上げた。
それ以上何も言葉を発せずにいたので、俺はまた本に視線をうつす。
しばらく沈黙が流れた。何を考えているのかもわからなかったけれど、俺がそれを知る必要もない。
そのまま時間は経ち、俺は
の家に泊まって次の日の朝に家を出た。
風邪が大分よくなったらしい姉と
に盛大に見送られながら。
それからしばらくは何事もなく、
も姉のことを口にすることはなかった。
選抜で会うたびに妙にからまれる・・・というか話しかけられるようにはなったけど。
自身が何も話さないから、俺から話を聞くこともなかった。
「そこの人。死んだ魚の目みたいになってるけど。」
「・・・。」
「周りに迷惑だから、とっとと家に帰ったら?」
出会ったのは偶然だった。隣の地区とはいえ、近所というほど近くもない。
だから偶然に会うこともほとんどなかったんだけれど。何故か
がうちの地区のコンビニにいたのだ。
また何かあって俺の学校に来たのか、なんてことも考えたけどそしたらこのコンビニにいる必要がない。
どうやら理由は違うようだ。
「・・・君は神みたいなタイミングで現れるね。」
「何バカなこと言ってるの。ていうかなんでジャージ?汗だくだし。」
「ダッシュでここまで来ちゃったよ。むしろここどこ?」
「・・・。」
もはやいつものテンションも覇気も全くない。
俺はため息をついて、コンビニから
を連れ出した。
「・・・英士さー。自然に体が動いちゃうことってある?」
「・・・ついに姉を襲いでもした?」
「ゲホッ・・・!ガッ・・・ゴホッ・・・!ちょ、直球すぎだ!」
「本当に?」
「やめてやめてそのコイツおかしいぞって目!襲ってなんかないっつの!」
「なんだ。」
「なんかがっかりしてねえ?!」
暗くなった道を歩きつつ、
が知ってるだろう道まで案内する。
しかしコイツ、こんな状態で家までたどり着けるんだろうか。
「・・・未優にさ、俺の気持ちバレたかも。」
「なんで?」
「・・・アイツな、もうすぐ結婚するって言ったじゃん?
なんだっけ、マリッジブルーってやつらしくて。」
「ふーん。」
「たまに彼氏とケンカしては俺に泣きついてくるんだよ。
そのたび俺はもう自分と葛藤して葛藤して、そりゃもう必死の思いで抑えてきたわけさ。」
「それが爆発したってこと?」
「・・・まあ言っちゃえばそういうこと。」
話しているうちにフラフラしていた足取りも、死んだ魚のような目も、段々と元に戻ってきた。
けれど
は悲しそうに目をふせて、また笑う。
「俺だったらアイツを泣かさないのに。俺だったらアイツを喜ばせてやれるのに。
未優の言葉を聞くたびにそう思ってた。」
「・・・。」
「安心して俺に抱きついてくる彼女を、いつ抱きしめ返してしまうかってずっと思ってた。
それが俺の気持ちが知られるときなんだって思って、必死でこらえてた。」
が彼女に抱きつかれていた日を思い出した。
泣いて縋る彼女を愛おしそうに見つめていた。
背中にも肩にも触れることなく、ただ宙をさまよっていた腕。
あのとき俺は何をやっているのかと笑ってしまったけれど、
は必死だった。
何も崩さないために、好きな人と家族でいるために。
「あーあ。何でこらえられなかったかなー。」
「抱きしめたんだ?」
「そりゃもうしっかり。おまけに彼氏と別れろとまで言っちゃった。」
「・・・。」
「あ、ひいてるひいてる。」
軽く笑いながら、
は空を見上げた。
「・・・もう少しはやく生まれたかった。」
空に浮かぶ星に願うように呟いた。
「もっとはやく大人になりたかった。」
は笑っていた。
「姉弟なんかじゃなければよかった・・・!」
それは恋愛感情を持ってしまった姉への罪悪感からだろうか。
ずっと押し込めてきた気持ちが解放された、一時の喜びだろうか。
「もうどうしようもないんじゃない?」
「お、お前・・・!それは追い討ちっていうんだぜ・・・!」
「もうはっきりさせなよ。」
「英士・・・?」
「
の執着心の強さじゃ、たとえ結婚しても自然消滅なんかしないんじゃない?」
「う・・・。」
「そりゃいつかはするのかもしれないけど、いつまで経ってもすっきりはしないと思うけど。」
「・・・でも・・・」
「形なんて何でもいい。それが伝わらなくてもいいとも思う。
だけど
はあの人に何も伝えてないんでしょ。」
「・・・。」
「自分の中にためこんで、言葉にもしないで必死に隠して。
そんなの執着するに決まってる。一度吐き出してしまえばいい。」
これはなぐさめの言葉でもないし、ましてや
を元気づけようだなんて思ってもない。
ただ、こうして
の話に巻き込まれることになって、いろんな面を見てきて俺が思ったこと。
俺が伝えるのだとしたらそれくらいだ。どうするのかを決めるのは、
。
「・・・英士。」
「なに?」
「・・・元気でた。」
「そう。」
「・・・家族のため未優のためって思ってても、結局は自分のためだったんだよな。
家族が壊れるのが嫌だった。未優に実の姉を好きになったおかしな奴だと思われるのが怖かった。」
「・・・。」
「今更アイツの幸せを壊そうだなんて思わない。でも、どんな形でもこの気持ちを伝えるくらいはいいよな。」
「・・・それで家族関係壊れても責任は持たないけど。」
「ちょ、俺いま一大決心したとこなのに、その発言で雰囲気ぶち壊しですけど!」
「知らないよ、そんなこと。」
その後、
から姉の結婚式で絶叫告白をしてきたと自慢気に語られた。
俺はそんな極端な告白しろなんて言ってないからね。
の絶叫告白を受けて、姉もウェディングドレス姿で絶叫告白を返したそうだ。
仲睦まじい姉弟に会場は盛り上がり、誰一人として
の告白の真意には気づいていないだろう。
・・・結局、姉の方は
の気持ちに気づいていたんだろうか。
答えはわからないけれど、それでいいのだと思う。
あの姉弟はおそらくこれからも変わらない。
これからも迷惑なくらいの明るさで周りを巻き込んで、二人笑っているのだろう。
「えーいしー!」
「なに、うるさいな。」
「ええ、名前呼んだだけですけど!」
「その無駄なテンションの高さがうるさい。」
「英士はテンション低すぎると思うけどな。」
「余計なお世話。」
姉の結婚式が終わり、
とは何度かあっているけれど
最近はいつもこうだ。迷惑なくらいにうるさいし、姉のことでへこんでたときくらいが丁度いいんじゃないのか。
「ただでさえうるさいのに、無理までしてテンションあげてるのが見ててうざったい。」
「・・・え・・・。」
「俺は事情知ってるんだし、
は多少元気ないくらいの方が話しやすい。」
「・・・なんだよ、それー・・・」
と姉の間に何があったのかは聞いていない。
それは
の問題であり、話そうとする気がないのなら聞く必要がないからだ。
俺たちはいつだってそうだった。けれど、それが逆によい距離感だった気がする。
「いつでも素敵で優しく明るいかっこいい
くんでいようと思ってたのに!」
「うじうじしてて臆病で落ち込みやすくてかっこ悪い
くんの間違いじゃないの?」
「うおい!って・・・まあ否定はできないけど。」
何があった、なんて聞くことはない。
ただ、話したければ勝手に話せばいいと思う。俺がそれを聞くかどうかは別として。
けれど出会った頃とは違い、
の話を聞く回数は増えているとは思う。
「あのさー。」
「なに?」
「俺、姉ちゃんと姉弟じゃなければよかったって言ってたじゃん?」
「・・・そういえば言ってたね。」
「でもさ姉弟じゃなかったら、きっと俺、姉ちゃんと会ってないんだよ。」
呼び方が変わってることも気づいたけれど、それに触れることもしない。
「俺がもっとはやくに生まれて、大人で、姉ちゃんと姉弟でもなかったら。それはもう俺じゃないんだろうなって。」
「・・・。」
「だから、よかったと思うよ。俺のままで姉ちゃんに会えて。」
の中で納得できたことならば、それでいいと思う。
「ちょっと何その無言の眼差し。どうせ俺のことかっこ悪いとか思ってんだろー。」
「まあ思ってるけど。」
「うわ、悔しい!どうせ俺はかっこ悪いよ!笑いなさい!バカな男だって思う存分笑うがいいわ!」
「笑わない。」
「・・・え?あ、ああ、話が重すぎて笑えないとかそういう・・・」
確かに驚いた。実の姉を好きになるだなんて、マンガやドラマの世界だけかと思っていた。
一人で悩んで、俺を無理矢理巻き込んで、慌てている姿には確かに呆れたけれど。
結局相手に気持ちがばれかけて、自暴自棄になって隣の地区まで全力で走って、フラフラになって。
選抜で見る彼とは違い、本当にかっこわるいとは思う。そりゃあ最初はあまりのギャップに笑いも零れたけれど。
それでも、俺は。
「笑わないよ。」
をバカにすることも、その行動を笑うことだってない。
「・・・っ・・・」
「・・・。」
「・・・っ・・・お前っ・・・反則・・・!」
「・・・泣いてる?」
「泣いてねえよ!バカ!」
「誰がバカなの。」
「あーどうしよう、俺、次の恋は英士に走ってしまいそう・・・!」
「そんなことしたら笑うどころか容赦しないよ?」
「冗談だよ冗談・・・!こええよ!」
俺は友達にはどこかしら尊敬できる部分があると思ってる。
を認めることができたのも、面倒ごとにつきあってやれたのも、
にそういう部分を感じたからだろう。
「なんだよお前ら!本当にあやしいよなー!」
「ふっ。英士と俺の絆は誰にも切ることなんて出来ないぜ!」
「で?具体的には何があったんだ?」
「具体的・・・英士が俺の失恋の傷を癒してくれたんだ。」
「だから誤解を招くような言い方するなって言ってるだろ?しばくよ?」
「ギャー!英士が怒ったー!どうしてくれんだお前ら!」
俺はまだ
のように、あんなに夢中になり必死になって誰かを好きになったことがない。
他人に関してもそうだ。助けを求められて無条件に協力しようとなんて思わないし、
どうでもいい奴の恋愛なんて興味がないし、どうなったっていい。
「ていうか
の失恋って何?誰?つーかお前失恋したことあんの?!」
「へ?そりゃあるよ。人間だもの。」
「誰?!どんな人?!知りてえーーー!!」
そんな考えを持っているにも関わらず、
と一緒に過ごす時間が増えて、面倒ごとが増えたのも事実だ。
こうして騒がしい奴らと一緒に行動することも増えたし、無駄に疲れることも少なくない。
・・・だけど、そうやって過ごしてる時間も嫌いじゃないと思える自分がいる。
「女子大生のお姉さん。」
「ええー!!何それ!詳しく聞かせろ!!」
「お前ら・・・女子大生ってだけで興奮しすぎー。」
「だってお前女子大生って・・・!」
「教師めざしてるから、そのうちお前らの中学に行ったりしてな。はっはっは。」
「誰だよその人?!顔は?スタイルは?名前は?!」
「え、ちょ、何、がっつきすぎてて怖いんですけど!」
最初は到底友達になんてなれないと思った。
けれど今はこうして一緒にいる時間がどんどん増えているんだから、何が起こるかわからないものだ。
「
をふった女子大生とか・・・興奮するに決まってんだろー!!どんなエロイ人だこのやろ!」
「鳴海の頭の中がエロイだけだろ!つーか全員女子大生って単語でエロイこと考えてんだろ?!」
「「当然だ!」」
「ギャーエロイ奴らが追っかけてきた!食われる!助けて英士!」
「やだよ。」
ほんの少し前までは、まだ小さかった世界。いくつかの出会いでそれは少しずつ広がっていく。
こんな騒がしい日常が毎日だったらうんざりしてしまうけれど、たまにならいいかなとも思う。
「即答?!助けろよ、友達だろー!」
「友達だからこそ、あまやかさないんでしょ。」
性格は正反対かもしれない。だけど共通するところもある。
何かあってもあえて聞き出すこともしないし、なぐさめの言葉だってない。
時々うるさすぎてイライラすることだってあるけれど、それでも。
一緒にいて楽しいと思える。
これからも一緒に高めあいたいと思える、東京都選抜に選ばれてそんな友達が一人増えた。
なんて、
に言ったら調子に乗るだろうから口には出してやらないけどね。
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