一目見ただけで、その姿がずっと心に残った。



どんな人だろう。どんな性格だろう。
ほんの数言話しただけなのに、ずっと気になっていた。



どうしてそんなことを思うのかと、いろいろな理由を当てはめた。
同い年くらいの男の子で、終始不機嫌そうな顔をして、初対面の私に遠慮のない言葉ばかり。
それなのに、見知らぬ私を助けてくれた。彼はすぐに走り去って、私はお礼を伝えることも出来なかった。



考えてみれば、考えられる理由は、いくつだってあった。



けれど、彼に出会って、答えはひとつだったと知る。



疑問から確信に変わったとき、意識することさえせずに、想いを告げていた。



なりふりなんて構わず、少しでも貴方を知りたかった。



ねえ、私は少しでも、貴方に近づくことが出来た?














純恋走愛論















「お姉ちゃん、ばいばーい!」

「また遊んでね!」

「うん、ばいばーい!」

「・・・。」

「さーてと、私も帰・・・っと、うわあ!何やってんの亮くん!」

「お前こそ何やってんだよ?」





日も暮れかけた近所の公園で、それまで遊んでいた小さな子供たちに、笑顔で別れを告げる。
自分も家に帰ろうと振り返れば、そこにいたのは、残念そうに・・・いや、呆れた顔で私を見ていた亮くん。
大きなスポーツバックを手にしているところから、サッカーの練習帰りのようだ。





「えー?えっとね、鬼ごっことキャッチボールとお人形遊び?」

「内容とか聞いてねえし!なんでお前がガキどもに混ざって遊んでんだって聞いてんだよ。知り合いか?」

「だって亮くんが遊んでくれないから寂しくて・・・もう小さい子と遊ぶしかないかなって・・・」

「・・・。」

「うそですうそです。寂しいのは本当だけど引かないで。
帰り道に迷子になってた子を見つけてね。ママと一緒に公園にいたって言うからさ、ここまで連れて来たの。
そしたらその子や他の子にも懐かれちゃって、あー可愛かった!」

「・・・あっそ。」

「亮くんは練習帰り?」

「ああ。」





公園で小さな子と遊んでいる私、というのが珍しい光景だったとしても、
こうして亮くんから声をかけてくれるというのは、なかなかないことだ。
今までの亮くんだったら、完璧に無視でそのまま帰っていたと思うけれど。





「じゃあ、一緒に帰ろうよ。」

「ああ。」





いつになく静かで素直な亮くんに、拍子抜けしつつ、一緒に帰れるチャンスを逃すはずもない。
砂で汚れてしまった服を軽くはたき、ベンチに置いてあったバッグを手にして、亮くんの隣に並び歩き出した。
















「明日からついに新学期だねー!緊張する!」

「緊張してる奴のテンションじゃねえよ。つーか前日に知らないガキたちと遊んでる余裕まであるじゃねえか。」

「それはだね、この緊張してる心をほぐそうと小さな子たちの力を借り・・・」

「あーはいはい。」

「説明してるのに!途中で遮らないでよもう!」

「まったく意味のない説明を聞く気はないんで。」

「ひどい!」





話していることはいつもと変わらないし、やっぱり人をからかってはいるのだけれど。
いつもより亮くんの雰囲気が穏やかというか、優しいというか・・・なんだか調子が狂ってしまう。
何かを期待していたわけじゃないのに、この雰囲気はもしや何かが起こるだなんて、都合よく考えてしまうじゃないか。





「・・・お前に言っとかなきゃと思ってたんだけど。」

「・・・な、何?」





亮くんがその場に立ち止まり、神妙な顔で私を見つめる。

都合よく、考えても良かったりするのだろうか?
いや、でも亮くんだから!亮くんなんだから、あまり期待しちゃ・・・





「学校の奴らに余計なこと話すんじゃねえぞ?」

「・・・え?」

「俺の家の隣に住んでるとか、家に遊びにきてたとか、買い物行ったとか。
いつの間にか妙な噂立ってるなんてことになったら、承知しねえからな。」

「・・・。」

「なんだよ?」

「まあ、そういう話ですよねー。」

「は?」





やっぱり期待した私がバカでした。
亮くんだもん、私が想像するような素敵な展開なんて用意してくれてないよね!





「あと、この間のことも。」

「この間?」

「誰かに・・・特にに話したりすんなよ。」





そうか。わざわざ私に声をかけて、本当に言いたかったことはこれなんだ。
亮くんの雰囲気が穏やかに見えたのも、このことを話そうとして感傷に浸っていたってところか。
私は亮くんの気持ちを知っている。それにこの間のことだって、亮くんが感情をむき出しにした本当の理由を知られたら、今までの苦労が水の泡だ。
同じクラスになれるかはわからないけれど、ちゃんとは同じ校舎となり、話す機会だって増えるだろう。
仲良くなればなるほど、思わず口から出てしまうことを心配し、念押ししているんだろう。





「てか、あんなこともう忘れろ。俺も忘れるから。」

「忘れろって、亮くんが私の肩で泣いたこと?」

「泣いてねえよ!そうやって捏造しそうだし、ネタにされそうだし、嫌なんだよ!
あーもう、あの時の俺、マジでどうかしてた・・・!」

「失礼な!ネタになんか・・・し、しないよ!」

「どもってる時点で信じられねえんだけど!?」





あの時、私はあんな亮くんの姿を初めて目にした。
なりふり構わず、ずっとしまいこんできた気持ちを、本音をぶつけて、叫んで。





「お前、俺のことが好きっていうなら、言うこと聞けよ?ああ?」

「え、ちょっと、めっちゃガラ悪いんですけど・・・!?」

「あんなみっともない姿晒したとか、思い出しただけでどうにかなりそうなんだよ!」

「あー・・・確かにかっこ悪かったかもねえ。」

「しみじみ言うな!だから忘れろって・・・」

「でも、忘れないよ。」





確かにあの日見せた姿は、いつもの彼ではなかった。
弱々しく、余裕もなく、思うままに感情を吐き出した。





「なんだそれ。・・・は!お前、そうやって俺の弱みを握ったつもりか?」

「だって亮くん、いつも格好つけすぎなんだもの。」

「・・・あ?」

「亮くんは、いつも余裕で、堂々としてて、かっこよくてさ。自分の弱いところを他人に見せないの。
そのことに慣れちゃってるから、何でも溜め込んで、一人ですべてを背負おうとする。」

「・・・何言ってんだよ?」

「だけど私は覚えてる。亮くんがみっともないって言った姿を知ってる。」

「・・・おい、だから俺は・・・」

「それでも、貴方が好きなことは変わらない。」

「!」

「そう思ったら少なくとも私の前で、格好つける必要が無くなるって思わない?」





いつもと違う亮くんの姿を目にしたって、私の気持ちは変わらなかった。
それどころか、もっともっと強く、貴方を想うようになった。

普段の彼が崩れるほどの強い想い。
その言葉は、私に向けられたものではないのに。





「だから、忘れない。」





感じる痛みと同時に、違う感情を抱いていたの。



たとえそれがかっこ悪くても、みっともなくても、自分ではない誰かに向けられたものであっても。



貴方の本音を聞けたことが、そのとき傍にいられたのが自分だったことが、嬉しかった。









「忘れてなんて、あげない。」















私を見つめたまま、亮くんは何も喋らない。
沈黙が流れ、風の音だけが聞こえた。

やがて、小さくため息が漏れて、亮くんは私から視線を外し、そのままゆっくりと歩き出した。





「お前、俺の何がいいの?」

「え?」

「お前、最初に言ってたよな。一目惚れだって。」

「うん。」

「最初にお前に会った日、話したのなんて、ほんの数分のことだろ。
俺のことなんて何も知らないのに、よく好きだなんて軽々しく言えるなって思ってた。」

「・・・そう言われても、私も一目惚れなんて初めてだったし、うまく説明できる自信ないなあ。」

「・・・初めて?」

「そう!出会ってすぐ告白なんてしたことなかったんだからね!亮くんのせいだよ!」

「知るか!」





理屈を考えるよりも、常識を考えるよりも先に、体が動いていた。気持ちが言葉になってた。
貴方に会えたことが嬉しかった。ドキドキして、心が躍るようだった。





「直感とか、本能なのかもしれないよね。」

「・・・あ?」

「亮くんの見た目はかっこいいと思うけど、私の理想かと言えばそうでもない。
性格だって、私、けなされるのが好きなわけじゃないんだよ?甘やかされる方が嬉しいし。」

「あーそうかよ。それなら・・・」

「でも、出会ったときよりも、もっと好きになってる。」





貴方に理想を持っていたわけじゃない。
それどころか、自分の理想から、かけ離れていったようにも思える。
極めつけは適当そうに見せながら、あんなに一途に想っている子までいた。

それでも、想いは変わらなかった。





「・・・俺はお前を甘やかしたこともねえし、むしろ都合のいいように使ってる。
嫌なところしか見てねえだろ?なのになんでそんなこと言えるんだよ?」

「嫌なところだけじゃないと思うけどなあ。そうだな、たとえば・・・私の課題に付き合ってくれたり。」

「あんなの母親に強制されてだろ?逆らうと面倒だから仕方なく付き合ってただけだ。」

「転入前に、近ちゃんとちゃんに会わせてくれたり。」

「あれはお前を利用したんだって、知ってるだろ!?」

「つらいことがあった日に、田舎から引っ越してきた見知らぬ他人を助けようとしたり。」

「あれはお前があんまり隙だらけで・・・って、なんだよ。つらいことがあった日って・・・」





ちゃんとの何気ない会話。
その中で彼女と近ちゃんが付き合いだした時期と、その理由を知った。





「そう。二人がサッカー部の寮から一時帰宅する日だったから・・・ちゃんが引っ越してきた時期と同じだね。」

「付き合えるようになったのは、三上くんのおかげなの。
三上くんが背中を押してくれなかったら、私たちは今でも変わらないままだった。」





私が亮くんに助けられたのは、彼が寮から自宅へ帰ってきた日。
つまり、亮くんの協力で二人が付き合い出したその日だ。

私は亮くんがずっと不機嫌な顔をしていたことが気になっていた。
普段からあんな顔なのか、それとも何かあったのか。
確かに彼は普段からにこやかなわけではないけれど、"何か"はあった。





ちゃんと近ちゃんが付き合いだした日でしょ?」

「なっ・・・」

「亮くんの表情ね。最初に会った日が一番怖かった。でもそれって怒ってたわけじゃないんだよね。」





その日感じていた、つらさも苦しさも、難しい表情の中に隠していたんだ。
眉間に皺を寄せて、自分の弱さなんて見せないように。つらいだなんて思われないように。
他人の私の前でも、それが崩れないほどに、強く強く。





「っ・・・お前のアホさ加減にイライラしてただけだろ!」





自分の知らない亮くんを知るたびに、ドキドキしたよ。
すぐにでも会いにいって、抱きしめたくなった。





「あまのじゃく。」

「な・・・」

「横暴、不器用、意地っ張り。」

「お前、何を・・・」

「好きだよ。」

「!」

「大好きだよ、亮くん。」





信じられないのなら、何度だって伝えるよ。



望むのなら、いつだって飛んでいくから。





「俺は・・・俺は、お前なんか好きじゃない!」

「うん。」

「理想と正反対だって言ってんだろ!?」

「そうだね。」

「お前、俺の言ってること理解してんのか?余裕で頷いてんじゃ・・・」

「私、自信がない。」

「え?何だよいきなり・・・」





何度バカにされても、何度断られても、
この気持ちが無くなることも、弱まることもなかった。





「亮くんを諦められる自信がない。」

「!」

「だから、亮くんは観念するべきだと思うの。」

「な、なんでだよ!?」

「だって、家は隣だし、学校も同じ。校舎が違っても、会える方法を探すし、まったく会えなくなるわけじゃない。
こんなに愛されてるんだから、もう私にしちゃいなよ。」

「ふざけんな!誰がお前なんか・・・!」





明確な理由なんてわからない。
それでも変わらない想いがあることを知った。





「まあ、いいけどね。」

「・・・・・・はあ!?いいのかよ!?」

「待ってるから。」





それはこれからも、変わりそうにないから。








「だからいつか、その苦労が報われるくらい、私を好きになってね。」








いつか、貴方も同じ想いを持ってくれたなら、





私は誰よりも幸せになれる。




















「・・・お前って本当・・・バッカじゃねえ?」

「好きになった?」

「ならねえよ!」

「あはは。気長に待ってる。」

「・・・っ・・・勝手にしろ!」





先ほどまでより早足で、私を気にすることもなく、前を歩いていく彼の姿をぼんやりと眺めていた。



亮くんに、好きな人がいなくなったわけじゃない。



状況が好転したわけでもなく、相変わらず彼は、私に対して冷たいし、優しい言葉もくれないけれど。





。」

「え?」

「何ぼけっとしてんだよ。また妙なこと企んでんじゃねえだろな?」

「た、企んでないよ!」

「どうだか。突っ立ってんならそのまま置いてくぞ。また迷子になっても知らねえからな。」

「ま、迷子になんてならないもん。」

「うっせえよ、方向音痴。」





今は、それでもいい。



大きな変化がなくたっていい。劇的なことなんて、求めていない。





「・・・ん?」





けれど、たとえばそれがほんの少しずつでも、






「・・・今、な、名前・・・!?」

「あ?知らねえ。」

「亮くん!?」





変わっていくものは、きっとあるから。









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