「俺は、はじめからずっと・・・」





にらみつけるような鋭い視線。
その中に垣間見えるのは、やり場のない怒りと悲しさと、隠し続けてきた想い。

それは、驚いた表情を見せるちゃんに、まっすぐに向けられる。





「お前が「おーい、三上!」」





口に出た言葉は、亮くんを追ってきたらしい近ちゃんの声に遮られる。
亮くんは我に返ると、ひどく驚いた表情のまま、それ以上何も言うことが出来ずにその場にかたまってしまった。





「・・・え?あれ?皆、どうしたんだ?」





そこにいた全員の空気に、近ちゃんが慌てて周りを見渡す。



言葉も出せない亮くん。突然のことに状況が理解できず、戸惑うちゃん。





「亮くん、こっち!二人ともちょっと待っててね!」

「・・・え、あ・・・え?なんだよ、おい!」





茫然とするちゃんと近ちゃんを残して、亮くんを半ば強引にその場から連れ出した。
亮くんは思わず反論の声をあげたものの、特に抵抗することもなく、私の手に引かれるがままだった。













純恋走愛論













ちゃん!」

さん、三上は・・・?」





亮くんを連れて駆け出し、時間にしてほんの数分。
一人でちゃんと近ちゃんの前に戻ると、二人は心配そうに私を見つめ、説明を待った。





「あー・・・うん、えっとね。」

さん?」

「亮くん、恥ずかしいらしくて、もう少しここにいるって。」

「・・・は?」

「恥ずかしい?」





二人とも、私の言葉の意味がまったくわからないといった表情をしている。
私はそんな二人に向けて、少し意地悪く、面白そうに笑みを浮かべた。





「それがさー、聞いてよ。亮くんね、ちゃんと私の会話を部分的に耳にしたらしくて。
それがなぜか近ちゃんに向けての話だと思ったらしいのね。」

「さっきの話?」

「ちょっとした恋愛話。近ちゃんはあとでちゃんに聞いてね。」

「近藤くんのことだって思って、なんで三上くんが怒ったの?」

「だってあのとき、憧れや尊敬であって好きとは違うって言ってたじゃない?
それなのに近藤と付き合ってるってどういうことだーって。」

「ああ・・・そっか。近藤くんをそんな風に思ってたら、確かに失礼よね・・・。」

「ねー!ちゃんは近ちゃんのこと、大好きなのにね!」

「!」

「・・・な、なんの話?」

ちゃん・・・!それ以上は恥ずかしいからやめて・・・。」





即席で作り出した言い訳。
二人が疑問を持たないように、違和感を感じさせないように。
何も問題なんてないのだと言うようにおどけて見せながら、言葉を続けた。





「でね、さっきその勘違いをちゃんと説明してきたんだけど、亮くんああいう性格じゃない?
理解したらしたで意地はって、もう帰るとか言うんだよね。仲のいい二人で後は好きにしろって。」

「ええ?」

「ひどいよねー。自分が勝手に近ちゃんの心配したくせに、勘違いってわかったら逆切れなんだよー?」

「でも、それはそれで、ほっといたらまずい気が・・・」

「構われる方が恥ずかしいじゃない。それに、私もここで解散がいいなー。」

「なんで?」

「私、亮くんと二人並んで、この綺麗な景色を見たいんだよねー!すっごいロマンチックじゃない?
亮くんも雰囲気に飲まれて素敵な台詞のひとつも言ってくれるかもしれないし。」

「「・・・。」」

「ね?だから、私のためでもあると思って。」

「っはは!なるほど。そうまで言うなら、ここで解散にしようか?」

「そうして!」

「ふふ、わかった。」





私の勘違いでなければ、なんとか二人を納得させられたようだ。
あとでどんな方法を使って二人を帰したのかを伝えたら、怒られそうだけれど、今は考えないことにしよう。





「三上、あっちにいるの?」

「うん。」

「じゃあな、三上!次は学校で!」

「ばいばい、三上くん。」





近ちゃんが、姿の見えない亮くんのいる方向へと声をかけた。
返事は戻ってこなかったけれど、特に気にしてはいないようだ。

そして私にも手を振り、高台の階段から降りていく。
二人の後ろ姿を見送ってから、私は亮くんのいる場所へ戻った。








「近ちゃんとちゃんの声、聞こえた?二人とも帰ったよ。」

「・・・そうかよ。」

「本当に帰してよかったの?」

「いい。さっきはどうかしてた。」





額に手を当て、落ち込んでいるように小さく、低い声。
こんな亮くんを見るのは初めてだった。





「普通だよ。」

「・・・?」

「おかしくなんてない。気持ちを伝えたいって思うのは、普通のことだよ。」

「・・・。」

「押さえ込もうとしたって、気持ちはあふれ出してくる。
隠そうとしたって、いつかは気づかれちゃうよ。」

「・・・お前、止めようとしなかったな。」

「え?」

「なんだかんだ言って、俺があいつに気持ちを伝えそうになったら、止めると思ってた。
俺らの関係が壊れる以前に、が俺を意識することにもなる。お前にとっては都合が悪いだろ。」

「・・・。」

が俺を恋愛対象として見てないって聞いたから、余裕でもあったか?」

「・・・違うよ。」

「・・・じゃあ、なんでだよ!」





いつも余裕で、堂々としていて、人をからかっては不敵に笑う。
そんな亮くんの姿はどこにもなかった。今の彼は弱々しく、余裕なんてどこにもない。
なんの計算もない、そのままの感情を、本音を、私にぶつける。








「知ってるから。」








何度も、聞いた。



何度も、目にした。



何度も、実感した。







「亮くんの気持ちがわかるから。」






亮くんと私の状況はまったく違う。
なんの障害もなく、亮くんに気持ちが告げられる私に、気持ちがわかるはずなんてないと彼は思うだろう。













「亮くんのこと、好きだからだよ。」












でも、私は何度も、何度も考えていたの。
想いが募るほどに、貴方の気持ちと自分の気持ちを重ねた。

ちゃんへの気持ちを知るたびに、実感するたびに、胸が締め付けられた。





「伝えたってよかったんだよ。」

「!」

「それで二人が離れていくと思った?そんなに脆い関係なの?」

「・・・ふざけんなっ・・・お前に何が・・・」

「わからないよ。わからないことも知らないことも、たくさんある。
でも亮くんは、いつか抑えられなくなる。さっきみたいに我を忘れて、気持ちを吐き出さずにはいられなくなるよ。」

「っ・・・」

「私はどんな形だって・・・ほんの少しだっていい。好きなんだってことを、知っててもらいたいよ・・・!」





それは、亮くんに向けたものだったのか、自分自身に向けたものだったのか。それさえもわからなかった。
何度好きと言っても、言葉だけでは伝わらない。何度繰り返しても、その分だけ伝わるものがあるとは限らない。
それでも、相手に見えなくても、伝わらなくても、私たちの想いは確かに存在し続ける。





「・・・なんでお前が必死になってんだよ。」

「・・・なんで亮くんは冷静に戻ってるのよ。」

「もうあいつら、円満にくっついてんじゃねえか。今更どうしろっていうんだよ。」

「気持ち、伝えてみれば?愛の告白じゃなくたって、友達としてでも、一言口に出すだけで気持ちが軽くなるかもしれない。」

「それが出来れば苦労しねえよ。俺がそんなキャラか?」

「・・・これを機にキャラ変えでもしてみたら?」

「あほか。」





いつの間にか、ぼやけていた視界。少し油断すれば、あふれ出してしまいそうな涙。
気づかれないように、目の前に広がる景色に視線を移した。オレンジ色の光は一層切なさを際立たせる。

そして、視界に入った見知った二人の姿。





「・・・。」





何をしようと意識した訳じゃなかった。
ただ、自然と声をあげて、二人の名を呼んでいた。





ちゃーん!近ちゃーん!!」





高台から降り、下の道を歩いていた二人が、驚きつつ辺りを見渡す。
見上げた先に大きく手を振る私がいるのを見つけると、同じように手を振り返してくれた。





「亮くんから、伝言!」

「・・・おい、お前なにやってんだ!ちょっと待て!!」





亮くんは二人に姿を見せる気はないようだ。
柵に手をかけて、身を乗り出している私より数歩下がりながらも、慌てたように声を荒げる。

そんな風に慌てる亮くんも、すごくめずらしい姿だなんて思いながら、
私は笑みを浮かべて、もう一度二人の方向へと向き直った。










「二人とも、大好きだって!」










そう叫んだ瞬間、腕を引かれ、あっという間に口を押さえられた。
あまりに強い力に、息をするのさえ苦しい。





「お、お前っ・・・マジでいい加減に・・・」

「あははっ!」





下から近ちゃんの笑い声が聞こえた。
亮くんはバツが悪い表情を浮かべて、それ以上前に出ようとはしなかった。





「わかった!俺も好きだって伝えといて!」

「私も。いつも支えてくれて、助けてくれて、すごく感謝してるよ。」





そして、少し小さく続いたちゃんの声。
近ちゃんほど大きな声が出せない彼女の声は、ここまで届くか届かないかくらいだった。









「ありがとう、三上くん。」









それでも、聞こえたその声は、しっかりと私たちの元に届いた。

抑える力が弱くなった腕をすり抜けて、もう一度二人の前に姿を現し、手を振った。
二人とも笑って振り返すと、そのまま公園を出て行った。













「亮くん、二人とも行ったよ。」

「・・・本当、お前って信じらんねえ・・・。」

「ふふ。」

「笑いごとじゃねえよ!あんなこと言ったところで何も・・・」

「・・・何も?」

「何も・・・」





その先に続く言葉は聞こえなかった。
私はそれ以上何も聞かずに、俯いて黙ったままの亮くんの隣に腰掛ける。

そう、なんてことのない、たった一言。







「二人とも、大好きだって!」







亮くん自身が告げたわけじゃない。



彼女だけに向けたものでもない。



彼が隠し続けた想いの、数分の一だって伝えられていない。



返ってきたものは、些細な一言。









「ありがとう、三上くん。」










それでも、たった一言のその言葉が、こんなにも大きく響いてる。



















「肩でもお貸ししましょうか?」

「・・・っうるせえよ!」





言葉とは裏腹に、乱暴に引き寄せられると、痛いくらいに強く体を掴まれる。
肩に押し付けられた額。亮くんの表情は見えない。





「何が・・・憧れだよ!何が遠いだよ!ふざけんな!」

「うん。」

「大切だって言われても、尊敬されたって、意味なんてねえんだよ!」

「うん。」

「なんで自分を好きになることがないって思う?それで信頼して、無防備になって、バッカじゃねえの?
何度襲ってやろうと思ったかわかんねえよ!何度壊してやろうと思ったかわかんねえよ!」

「・・・うん。」





自分の声じゃないのに。自分の気持ちじゃないのに。
亮くんの声が、叫びが、切り裂かれるように痛くて。





「二人ともバカみたいに俺を信頼して、感謝して、アホばっかかよ!」

「うん。」

「お前も、妙なことばっかしてんじゃねえよ!余計な世話ばっかやきやがって・・・」

「うん。」

「・・・なんで俺も振り回されてんだよ・・・!
こんなの俺じゃねえし!なんでこんな余裕無くなってんだよ・・・!」





彼の言葉に返事をすることが精一杯で。声が震えそうになるのを必死でこらえた。
浮かんだ涙が零れることのないように、空を見上げる。

一緒に泣くことだって出来た。一緒に悲しむことだって出来た。
けれど、彼はその言葉とは裏腹に、自分よりも他人を思う人だから。

自分ではない誰かが泣けば、きっと彼は強くあろうとしてしまう。







「ていうかお前、さっきから頷いてるだけ・・・」








声が震えてしまうから。表情を見せれば弱さが伝わってしまうから。
言葉の代わりに彼の体を抱きしめた。





私の気持ちは、どれくらい伝わっているだろう。





軽いだなんて思わないで。適当に思ったことなんて一度もないよ。





好きだよ。





大好きだよ。





貴方が大切なの。





私を好きじゃないこと、わかってる。
迷惑だって思ってることも、知ってる。





だけど、どうか今だけは、





何も言わずに、貴方の傍にいさせて。







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