ちゃんがね、春休みが終わる前にまた4人で遊べないかって。」

「あ?なんでだよ。近藤と二人で行けって言っとけ。」

「この間心配かけちゃったから、学校始まる前に会いたいって言ってたよ?」

「・・・あー・・・変なとこ律儀なんだよな。」

「どうする?」

「・・・お前が俺の意見聞くなんてめずらしいな。」

「えー、いつも亮くんの意見も尊重してるじゃない!」

「言ってろ。・・・まあ、いいや。行く。」





視線は雑誌に残したまま、こちらを見ることもなく返事をする。
面倒そうにみせていても、やはりちゃんを心配に思う気持ちには勝てないみたいだ。





「安心してよ、私がついてるから。
亮くんがつらくて泣きそうになったら、ちゃんとフォローしてあげる。」

「誰が、なんで、なんのために、泣くんだっつーの。そもそもお前のフォローとかまったく信用ならねえ。」





亮くんを信頼している二人。ずっと仲の良かった三人。
彼がちゃんへの想いを持ち続けている限り、今までの三人に戻れることはないんだろう。

二人を見ることがつらいくせに、部外者だった私まで連れ出してまで、今の関係を壊したくないと望んでる。
このままいつか、彼女への気持ちを忘れることなど、あるのだろうか。













純恋走愛論















「三上くん、ちゃん。」

ちゃん!近ちゃんももう来てたんだ!」

さん、相変わらず元気だなー。」

「だって二人とも、亮くんと違って優しいから、テンションあがっちゃうよね!」

「誰が優しくないって?大体優しくなかったらお前をこんなところに連れてこな・・・」

「さあ行こうか!」

「無視かてめえ!ざけんな!」

「ちょ、待て待てさん!今日どこ行くか知ってんの?!」





二人が仲直りしたことは、すでに聞いていた。
喧嘩の理由が、亮くんの予想通りならば、お互いを思いあった結果のこと。長引くはずなどないのだ。

また4人で集まれたことに嬉しくなって、行き先もわからず進もうとする私を近ちゃんが止めにやってくる。
その後ろで、ちゃんと亮くんが目を合わせる。ちゃんは優しく微笑み、亮くんはそっぽを向く。
けれど、その表情は、穏やかだった。








その日、向かったのは大きなゲームセンター。
いくつかのゲームを周った後、ちゃんがUFOキャッチャーの前で立ち止まる。
近ちゃんがちゃんに何か話し、そこに100円玉を入れて挑戦を始めた。
けれど、残念なことにすぐに取れるようなものじゃないようだ。彼は次の100円玉を取り出す。





「・・・亮くん。私もぬいぐるみ欲しい。」

「へー。挑戦してみれば?」

「自分でじゃなくて!亮くんがこう、さりげなく取ってくれて、手渡してくれるのがいいんじゃない!近ちゃんを見習って!」

「見習っていいのかよ。あいつ、次で3回目なんだけど。もさすがに止め始めたぞ?」

「いいよ!そんなに必死になってくれるのって嬉しいもん。」

「そうか。俺の財布の中身が無くなるのがそんなに嬉しいのか。うわあ、嫌な奴。」

「もー!亮くん!」





ムキになって、ぬいぐるみを取ろうとしている近ちゃん。
それを少し困った顔をしながら、見つめるちゃん。
欲しいと言ったものを、必死になって取ってくれようとしてるんだ。嬉しくないはずがない。





「・・・ちゃんと戻ったか。」

「え?」

「なんでもない。」





ポツリと呟かれた言葉は、よく聞こえなかったけれど、その表情から亮くんが何を考えているのかがわかる。
軽く目を閉じて、自嘲気味に笑う。それは呆れているようにも、安心しているようにも見えた。
亮くんは、ちゃんを想いながら、近ちゃんとの幸せを願っていることも嘘じゃないんだ。





「取れた!」

「ありがとう、近藤くん!」





4回目の挑戦で、目当てのものをついに手に出来たようだ。
ちゃんに、可愛い猫のぬいぐるみが手渡される。
近ちゃんが少し気恥ずかしそうに、ちゃんは嬉しそうに笑った。





「おい。」

「あ、亮くん!近ちゃん取れたって!」

「ほら。」

「・・・え?」

「暇だったから、取ってみた。」

「え、え、えええ!嘘!ありがとう亮く・・・」

「何?」

「・・・これって何?」

「ぬいぐるみ。えーと、キッチン用品シリーズ?」

「この平べったい板に、包丁がオプションでついてるってことは・・・」

「まな板。」

「っ・・・う、う、うわーん!!」





亮くんからまさかのプレゼントと思いきや、とんだトラップだった。
私が胸のことを気にしてるとわかってから、たまにこうしてからかってくる。
それも心底楽しそうにしたりするから、性格悪いって言われるんだ!





ちゃん!?どうしたの?」

「あ、亮くんがっ・・・」

「三上?」

「亮くんが私の胸を見て笑うよーーー!!」

「「!?」」

「だっ・・・だからお前は・・・!!人聞きの悪いことを言うなー!!」





亮くんに思いっきり怒鳴られて、近ちゃんとちゃんにきちんと状況を説明すると、ようやく固まった二人の顔が元に戻った。
それでも優しい二人は私の味方をしてくれて、ちゃんは亮くんに、女の子を傷つけちゃいけないと切々と語ってくれた。
やっぱりちゃんは、すごくいい子だ。

それから一通りゲームセンターの中を周り、設備内のフードパークで軽くお茶をしてから、近くの公園にある高台へと向かった。
ちゃんはもう行ったことがあり、そこから見える町の景色がすごく綺麗なんだそうだ。
大きな公園を歩き、高台へ向かう階段を登る。その途中に見える、オレンジ色の光が映える町並みさえも綺麗だ。





「うわあああ!綺麗ー!」

「ね。すごく綺麗で静かで、大好きな場所なの。」





近ちゃんも三上くんも、男の子だからか、それほど大騒ぎはしていなかったけれど、
特に近ちゃんはその光景に感動しているのがよくわかった。近ちゃんとちゃんは、こういうところでも価値観があうんだと思う。





「なんか・・・こうさ、心が洗われるような気分になるよな、三上。」

「そうか?お前の心が汚れてるから、そう思えるんじゃねえ?」

「またお前はっ・・・素直に頷いてくれたっていいじゃんか!」

「はいはい。すいませんねえ。」





対して亮くんは、まったくもって素直じゃない。
たまには、感情のままにテンションをあげたっていいのに。むしろそんな亮くんが見てみたいものだ。





「俺らちょっと飲み物買ってくるな。二人は何がいい?」

「あ、飲み物なら私が・・・」

「いいからいいから。二人はここで景色楽しんでなよ。で、どうする?」

「じゃあ私、ミルクティー!」

「あ、それじゃあ私も一緒で・・・。ありがとう。」





この間も思ったけれど、近ちゃんも亮くんも、率先して何かを買いに行ったり、
私たちを気遣ってくれたりと、同い年の男子にしてはすごく紳士なんだよなあ。
亮くんは私一人に対しては、全然紳士ではないのがたまにキズなんだけれど。

そんなことを考えながら、ふと、隣にいるちゃんを見る。
彼女はまだこの綺麗な景色を楽しんでいる。
私ももう一度、視界いっぱいに広がる景色を眺めた。やっぱり綺麗だ。
けれどオレンジ色の光は、どこか気持ちを切なくもさせる。





「ねえ、ちゃん。変なこと聞いてもいい?」

「何?」





私は彼女に、ずっと聞いてみたかった。





ちゃんは、だいぶ前から亮くんと仲が良かったんだよね?」

「うん。」

「・・・亮くんを・・・好きになることはなかったの?」





ちゃんは近ちゃんと付き合ってる。
今そんなことを聞くべきじゃなかったのかも知れない。知ってどうなることでもない。

けれど、私はずっと気になってた。
ちゃんは亮くんを信頼してる。通じ合ってもいる。それなら、なぜ。










「なかったよ。」










ちゃんはキョトンした表情を浮かべてから、なんの迷いもためらいもなく答えた。





ちゃんは三上くんが好きだから、気になっちゃうよね。」

「えと・・・」

「でも、ちゃんに遠慮してとかじゃなく、本当になかったの。」

「・・・。」

「私にとって、三上くんは遠い存在だったから。」

「・・・遠い?」

「言ったでしょう?三上くんのことは始め、噂で知ってただけだった。
怖いとは思ってても、やっぱり皆が言うようにかっこいいとも思ってた。」

「でも、それなら・・・」

「それはあくまで『憧れ』。」

「!」

「仲良くなってからも、私は三上くんに憧れてたし、尊敬もしてたよ。自分にはないものを持ってて、いつだって堂々としてて、けれどわかりにくい優しさを持ってて。私は絶対になれない、叶わない存在だった。」





私は学校での亮くんも、ちゃんも知らない。
けれど、亮くんが目立つことも、周りの人よりも多くのことが出来るだろうことも予想がついた。
もちろん、憧れを持つ人だって多くいるんだろう。





「三上くんは私にとって、遠すぎて、手の届かない存在だった。好きになるっていう考えを持つこと自体なかった。
仲良くなって、一緒にいるようになってからも、それは変わらなかった。」

「・・・じゃあ近ちゃんは、ちゃんに近かったの?」

「それだけが理由じゃないけどね。
近藤くんは・・・追いかけるだけじゃない。周りを見渡せば隣にいてくれるような人だと思った。一緒に歩いていける人だと思ったの。」

「・・・。」

「でも、勘違いしないでね?二人とも大切な人であることに変わりはない。心から信頼できるって、そう思ってる。」





話したことがなくても、噂になるような人。何でも出来て、堂々としていて、憧れるような存在。
だから、ちゃんにとって亮くんは遠い人だった。近づいても、その意識が変わらないくらいに。





「心配することないよ。ちゃん。」

「え?」

「三上くんは元々、私を好きになることなんてなかった。」





どうして、気づかないんだろう。
どうして、わからなかったんだろう。

憧れて、尊敬して、信頼してるその人は、ずっとずっと、貴方のことを想っていた。
遠くなんてなかった。ちゃんが望むのなら、隣にいてくれた。一緒に歩いてくれたのに。





「あれ?三上くん。」

「!」





近ちゃんと一緒に飲み物を買いにいったはずの亮くんが、私たちの後ろに立っていた。
一体いつからそこにいたのだろう。どこから話を聞かれていた?





「あ、亮くん・・・!どうして、」

「・・・なに・・・」

「・・・三上くん?」





強い、強い、眼差し。
それは怒っているようでもあり、ひどく哀しんでいるようにも見えた。



どこから聞かれていたのかなんて、関係ないんだ。
きっと亮くんは、最後に告げたちゃんの言葉を聞いてしまったから。









「三上くんは元々、私を好きになることなんてなかった。」








伝えるつもりなんてなかった。きっと、ずっと隠し続けるつもりだった。
それならば、ちゃんが亮くんに恋愛感情を持っていなかったことは、彼にとって都合がよかった。
相手が自分の気持ちに気づく危険が少なくなる。三人の関係を壊すようなことにならない。

それでも、亮くんはずっと、ずっと、想っていた。





「・・・なに・・・言ってんだよ・・・」





気づかれなくても、隠し続けても、彼の強い気持ちは、確かにそこにあった。



苦しくても悲しくても、確かにそこに、存在し続けていた。








「そんなに好きなのに、気持ちを知ってもらえなくて。
これからどんどん仲良くなっていく二人を見続けるんだよ?亮くんはそれでいいの?」








いいわけがない。



つらくないわけがない。



必死で隠し続けながら、亮くんはずっと思っていたはずだ。



自分の気持ちを知ってほしい。



その想いを受け入れてほしい。



今更だと、そのうち消えるのだと自分に言い聞かせながら、それでも。



願い続けていたはずなんだ。








「・・・どういうことだよ。なんで、お前は・・・!」








亮くんがどれほど、ちゃんを好きかを知ってる。



どれほど必死で、気持ちを隠してきたのかを知ってる。



それがすべて、壊れてしまう。



亮くんを信頼しきっていたちゃんも、近ちゃんも、自分たちを責めるだろう。



だから、私は亮くんを止めるべきだったのかもしれない。










「俺は、はじめからずっと・・・」










けれど、





貴方の気持ちを知っているからこそ





止めることなんて、出来なかった。








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