「亮くん、こっちこっち!白菜が安い!」

「・・・。」

「何くたびれた休日のお父さんみたいな顔してるの?
・・・は!私たち今、新婚さんみたいじゃない?」

「ない。」

「お肉はどれにしようかなあ。あ、最後にうどん入れる派?」

「・・・お前の図太さが羨ましくなってきたわ。」

「ええ?そんな褒めないでよ〜」

「褒めてねえよ!」





先日、亮くんを怒らせてしまい、気まずい空気のまま部屋を追い出された。
しばらく距離を置こうかとも考えた。それが彼への優しさであり、気遣いでもあるのだろうと思ったからだ。
それでも私は立ち止まりたくなかった。少しずつでも見えてきた、彼の本心。
明らかに自分の我侭でしかないけれど、なんでもいいから吐き出してほしかった。つながっていたかった。

少し緊張しながらも勇気を出して、いつもどおりに亮くんの家へ向かってみれば、何も変わらない亮くんの態度に拍子抜けした。
冷たい目で私を見るわけでもなく、避けられるわけでもなく。

そして今日は三上家の夕飯にお呼ばれされ、おばさんからのおつかいで一緒にお鍋の具材を買出しに来たくらいだ。
私と連れ立って行くことを亮くんも最初は嫌がっていたけれど、おばさんの鶴の一声で折れたらしい。つくづく、彼は母親に弱いと思う。





「・・・これでも、反省してるんだよ?」

「・・・あ?」

「亮くんの心の傷を開いちゃったなって・・・」

「妙な言い回しすんな。」

「意地悪で余裕なフリして、一途で純粋で傷つきやすい心を持って・・・むがっ!」

「おっ前は・・・!やめろっつってんだろ!?」





顔を赤くしながら、慌てるようにして怒り、私の口を塞いだ。
それはこの間のように、暗く静かで冷たいものじゃない。





「・・・へへ。」

「・・・何笑ってんだよ。変な奴。」





いつもの亮くんだ。












純恋走愛論













「大体、一緒に夕飯食うってどういうことだよ。自分の家で食え、自分の家で。」

「だって一人は寂しいんだもん。」

「一人?」

「うちの親、帰ってくるの遅いんだ。」

「ふーん。」

「そうだ知ってた?おばさんとうちのお母さんも仲いいよ!今度家族ぐるみでバーベキュー行こうって話になったんだー。」

「勝手に行けよ。俺は新学期始まれば寮に戻るし。」

「冷たい!」

「うるさい。」





亮くんは中学3年間、部活の寮にいて、春からも寮生活になると聞いている。
いくら同じ学校とはいえ、男女校舎別なのだから、こうして気軽に話せる機会もぐんと減ってしまうんだろう。





「いい?亮くん。町で助けた女の子が偶然お隣に引っ越してきて、偶然同じ学校だった。
こんな話、なかなかないんだよ?そういう縁をもっと大切にしようと思わないのかね?」

「そんなん全っ・・・・・・然!思わねえ。」

「ためてまで力入れて言わなくても・・・」

サンはサンで、俺なんか忘れて新しい生活を楽しんだらいいんじゃないですかねえ。」

「・・・。」

「なんだよ?」

「亮くんが初めてちゃんと私の名前を呼んだ!けど、なんか適当な感じが悲しい!」

「お前はまず人の話を聞け!」

「でも、親しみをこめてって呼んでほしいなあ。」

「あーもー、話にならねえ。」





ちゃんの話によれば、亮くんは予想通りに、やっぱり目立つ存在らしい。
それなら校舎が違ったって、いくらかの情報は入ってくるだろうし、まったく会えなくなるわけでもないはず。
その代わり、ライバルも多そうな環境なのだろうけれど。





「でも、学校に入る前から、近ちゃんにもちゃんにも会えたし、不安は少ないんだよね。」

「不安?お前にそんなもんあったのかよ。」

「ありますよー?誰しも新しい環境に飛び込むには勇気がいるのよ!」

「ああ、そうかよ。」

「というわけで、不安な私の心を癒してください。」

「ざけんな!今不安は少ないって言っ・・・だからひっつくんじゃねえ!」

「あれ、ちゃん。」

「だからお前はなんでさっきから、わざわざの名前を出すんだよ!反省したんじゃ、」

「亮くん、前見て、前。」

「あ?」





名前を出したばかりだったから驚いたけれど、向かい側から歩いてくるのはやはりちゃんだ。
以前聞いた彼女の家からは多少遠い場所だけれど、私たちがいたのはこの町の多くの人が利用する大型スーパー。
ちゃんがそこに向かってきているとしても、おかしくはない。





ちゃーん!偶然!」

「・・・ちゃん?それに、三上くんも。」

「ああ。こんなところで何してんだ?買い物かよ。」

「あ、えっと、うん。そんなところ。二人も?」

「そうそう。一人で夕飯は寂しいだろうからって、亮くんの家にお呼ばれしたんだ。それで夕飯のおつかい。」

「あは、そうなんだ。」





突然現れた彼女に、亮くんは多少なりとも動揺しているようだ。
触れていた腕から、緊張するような体の強張りが伝わる。

亮くんが無言で私を見下ろした。彼の言いたいことはわかる。
このままひっついていようとも思ったけれど、さすがにそれはまた彼を怒らせる。
私は触れていた手を解いて、私たちが二人でいる理由を誤解のないように説明した。





「今夜はお鍋なんだ。今度ちゃんも一緒につつこうね!」

「うん。楽しみ。」

「近ちゃんと亮くんも一緒にさ。ね、亮くん。」

「・・・。」

「亮くん?・・・無視しないでよー!」

ちゃん、三上くんは寮生活だからなかなか難しいって言いたいんだよ。
でも私はいつでも大丈夫だから。」

ちゃーん!」

「ふふ、じゃあ私は行くね。またね、ちゃん。三上く・・・」





その場を去ろうとしたちゃんの腕を亮くんが掴んで、引き止めた。
ちゃんが驚きの表情を浮かべ、亮くんを見上げる。
けれど、亮くんは何も言わない。ただ、無言のままちゃんを見つめた。





「何かあった?」

「・・・え?」

「何かあったのかって聞いてんだけど。」

「な、なにも・・・」

「・・・お前、顔に出やすいって言ってんだろ。今更強がってんなよ。」

「!」

「今日、近藤と出かけるんじゃなかったっけ?」

「・・・それは・・・」

「喧嘩でもした?」

「っ・・・」

「当たりか。お前らが喧嘩なんてめずらしいな。」





それまで笑顔を浮かべていたちゃんが、亮くんのほんの数言でその表情を崩した。
気が抜けたとでもいうのか、安心したとでもいうのか。悲しさを浮かべながらも、どこか安堵したかのように。





「三上くんは何でもわかっちゃうのね。」

「お前がわかりやすいだけだろ。」





そこには私の知らない二人がいた。
私がいなかった時間。それまで積み上げてきた信頼関係。

ちゃんはいつも穏やかで、優しく笑っていて。
先ほどだって同じだった。いつものように笑って、私の話を聞いてくれて、温かな言葉をくれる。
いつもと変わらないと思ってた。変化なんて、気づかなかった。





「でも、私が悪いの。近藤くんの優しさに甘えすぎて、意地になっちゃった。」

「優しさ?」

「近藤くんは私を守ろうとしてくれる。大切に思ってくれてる。それがわかってるのに・・・うまくいかないなあ。」

「話したいなら聞いてやるけど?」

「ううん。いつまでも三上くんに甘えてばかりじゃかっこ悪いもん。」

「誰もお前にかっこよさを求めてねえし。」

「ふふ、ありがとう。大丈夫。」





私はちゃんにも、亮くんにも、出会ったばかりだ。
表情や様子の変化なんて、見逃したっておかしくはない。
でも、ちゃんが何かあったことを、誰でもがわかるように、わかりやすく態度に出していただなんて思えない。



誰もが気づくことじゃない。



それはきっと、亮くんだから。



相手がちゃんだから。



ずっと、彼女を見つめ続けてきた亮くんだから。












ちゃんも驚かせてごめんね。」

「う、ううん。ちゃん、本当に大丈夫?」

「うん。ちゃんと考えて、気持ちを落ち着かせて、近藤くんと話してみる。私も彼が大切だから。」

「結局のろけかよ。あーあ、引き止めて損した。」

「あ、亮くん待って!・・・じゃあね、ちゃん。」

「うん、ありがとう。またね。」





面倒そうな顔で、愛想のない台詞を残して、亮くんは歩き出した。
けれど、ちゃんは嬉しそうに笑う。亮くんのそんな態度、わかっていたように、優しく笑う。

出会った時期なんて、些細なことだと思っていた。
過ごす時間が短くても、これから知っていけばいいと。知っていけることが楽しいと。そう思ってた。

けれど、今の二人の間に、私は入ることが出来なかった。
多くのやり取りがあったわけじゃない。ほんの少し、たったの数分だ。
目の前にいたのに、どこか遠くから二人を眺めているようだった。














「・・・亮くん。」

「なんだよ。」

ちゃん、あのまま帰してよかったの?もっと話を聞くとか・・・」

「ちゃんと、大丈夫って言ってただろうが。」

「でもそれは強がりかも・・・」

「少しはそうだろうけど、さっきよりマシな顔になってたし、いいんじゃねえ?」





わからないよ。
私はちゃんの些細な変化なんて、気づけないから。
亮くんが一人で納得してても、私にはわからない。





「・・・お前、割と心配性だな。
まあ、お前みたいなのを受け入れてくれる奴だし、気になるってのもわからないでもねえけど。」

「・・・。」

「どちらにしても、アイツは話さねえよ。特に俺には話さない。」

「・・・どういうこと?」

「髪に隠れてたけど、の頬が赤くなってたのに気づいたか?」

「・・・え?それって、まさか・・・!」

「違う。近藤がそんなことするわけねえだろ。犯人はおそらく、自称、俺のファン。」





私がちゃんを心配して、落ち込んでいると思ったんだろう。
普段とは違い、亮くんは素直にちゃんと近藤くんが喧嘩している理由を話し出してくれた。
ちゃんの頬が赤くなっていたこと、亮くんのファン、そして亮くんには話せないこと。
ぼんやりと繋がっていくが、まだ核心はつかめない。





「アイツは隠してるけど、俺と一緒にいるって理由で、いじめられることが今まで何度かあった。」

「!」

「俺は目立つらしいからな。特定の女と仲良くしてんのが気に入らないって奴らがいるんだよ。」

「・・・自分で目立つとか言っちゃうし・・・!否定できないけど・・・!」

「実際、近藤はその現場に遭遇してる。だから、本人にも聞いてみたけど、はそんなことないの一点張り。
俺たちが気にするのがわかりきってるから、口にしないし、頼ろうとしない。」

「・・・。」

「おおかた今回も、どこかでいじめ側の奴らにあって、平手でも喰らったんだろ。
だから近藤がを問い詰めた。けど、は何も言わなくて喧嘩になった。こんなとこだろ。」

「どうして・・・わかるの?別の可能性だって・・・」

「かもな。」





私の言葉に頷きながら、けれど、自分の考えに確信を持ってるような表情だ。
確かに、理由が他にあるのなら、そしてそれが亮くんや近ちゃんに関係がないのなら、言葉にしても良いはずだ。
強がりもなく、二人を信頼しているのならば、尚更。





「しかし、わざわざ春休みまでか。執念深いにもほどがあるだろ。」

「・・・それだけ亮くんのことが好きなんじゃない?」

「周りに迷惑かけて、自分の考えだけを通す奴を俺が好きになると思ってんの?笑えるくらいのバカだな。お前と一緒。」

「そうだよね、周りに迷・・・って今最後なんて言った!?
そんな人たちと一緒にしないでよ!私はちゃんと周りの迷惑考えるもん!」

「迷惑被ってる本人がここにいるんですけど?」

「亮くんだけでしょ!」

「俺だけならいいのかよ!どういうことだそれ!」





ちゃんが認めない限り、助けることも出来ずに歯がゆかったと思う。
彼女の気持ちを優先して、何も聞かなかったとしても、やはりいつかは限界が来る。
誰だって、大切な人が傷つくことを恐れる。そうなることを避けようとする。





「たくっ・・・全員がお前みたいな直球単純バカだったら、話は早いんだけど。」

「ど、どういうことよそれ!」

「近藤と付き合って、少しは落ち着くかと思ってたけどな。」





さりげなく、ポツリと呟いた一言。
亮くんは何も気にしてなんかなかったけれど、私の耳には強く残った。



以前、彼に問いかけた言葉が頭の中で繰り返される。





「なんで亮くんは、ちゃんに告白しなかったの?」



















「なんだよ。無言で見上げてくんな。」

「・・・。」

「おい、気持ち悪い。せめてなんか喋れ。」





本当に、本当に、大切なんだ。
自分の気持ちよりも優先したいくらいに、大切で、守りたいんだ。





「・・・っ・・・」

「・・・おい?」





いいなあ。



ちゃんが羨ましい。






「・・・えへへ。」

「?」

「・・・何でもない。亮くんの顔って綺麗だなあってみとれちゃった。」

「またそういう理由かよ!心配して損し・・・」

「心配?」





大切で、守りたくて、その想いすら伝えられなくても。



自分がつらくても、苦しくても。



それでも、幸せを祈る。



傍で見守り続ける。






そんな風に想われてみたい。



それほどに強く、想いたい。






「・・・何言ってんだ?幻聴じゃねえ?」

「ひどい!今、絶対心配したって・・・」

「言ってねえよ!」

「言った!」





日が傾きかけた道を二人で歩く。
子供のような言い合いの中に、ちゃんが自然と作れるような、優しい空気も穏やかさもなかった。



悲しい、切ない、痛い。



それらとは正反対の、優しく温かな感情。



様々な想いが私の中を駆け巡り、ただ静かに募っていく。






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