「三上、その子が電話で言ってた子?」

「ああ。」

です!この間こっちに引っ越してきたばかりなんだ!」

「俺は近藤忍。三上とは部活の寮で同室だったんだ。それでこっちが・・・」

です。私も同じ学校なの。よろしくね、えっと・・・ちゃんでいいかな?」

「うん、いいよ。ちゃん!」





この間、亮くんがおばさんに呼ばれて部屋を出たときに電話がきており、彼らと遊ぶ約束をしていたらしい。
3人は同じ学校で、亮くんと近藤くんが同じ部活で寮では同室。学校は男女で校舎が分かれているため、ちゃんは委員会やイベントごとで接点を持ち仲良くなったそうだ。
てっきり亮くんと二人きりのデートだと思っていたから、拍子抜けしたのも確かだけれど、新しい友達が作れることは素直に嬉しい。





「いきなり連れていきたい奴がいるって言ったからびっくりしたよなー。」

「私もびっくりしたよ!亮くんてば、何も言わずにここまで連れてくるからさー。」

「お前が暇で暇で仕方ないって顔して俺に迷惑かけるからだろ。連れてきてやっただけありがたいと思え。」

「迷惑なんてかけてないもん!私はただ亮くんが・・・ふがっ!」

「今日くらいふざけたこと言うのをやめろ?」

「ふ、ふあえてはんは・・・」

「あは、仲いいんだね二人とも。最近会ったばかりなんでしょう?」

「ただのご近所さんとか言ってたけど、二人ってもしかして・・・」

「妙な勘違いはやめろ!」 「そう見える!?」





揃った声に、まったく正反対の返事。近藤くんとちゃんが、楽しそうに笑う。
突然現れた知らない人間を嫌な顔ひとつすることなく、優しく迎え入れてくれる。
嫌な顔ばかり浮かべてる亮くんとは大違い。二人の纏う穏やかな空気に安心感を覚えた。














純恋走愛論













「いいか。お前をここに連れてきたのは、同情だお情けだ俺のありがたい優しさだ。
くれぐれも妙な行動とか、首突っ込むとか、周りに迷惑かけるなよ?」

「亮くんの優しさ・・・!」

「そこだけ反応すんな!いいから大人しくしてろ、わかったな?」

「わかったよ。亮くんてばお母さんみたい。」

「お前っ・・・」

「三上、その辺にしとけって。じゃあ飲み物買ってくるから待ってて。」

「はーい。」





近藤くんは亮くんと同室だったということもあり、彼の扱いには手馴れているようだ。
亮くんが怒りそうになったり、私がいじめられそうになると、さりげなく助け舟を出してくれる。





「本当、気があってるよね。三上くんとちゃん。」

「やっぱりそう見える?」

「ふふ、見えるよ。」

「でも亮くんもねえ、もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけどなあ。」

「あれも三上くんの愛情表現だと思うよ?」





二人が売店に向かい、私とちゃんは席取りのために椅子に腰掛けた。
にっこりとこちらに笑いかける姿は、穏やかで優しい雰囲気を纏っている。
長い黒髪、小さな体、胸も大きくて、どことなく上品。彼女の周りは時間がゆったり進むような気さえする。

見れば見るほど、話せば話すほど、亮くんの言っていた理想の子にピッタリと当てはまる。





「じゃ、じゃあちゃんも亮くんにどつかれたりするの?」

「私にはないなあ。だからたまに近藤くんが羨ましく思えたりもするの。
そういうのって気を許してるって感じがするじゃない?」

「・・・。」

「会って間もないのに、三上くんとあんなに打ち解けられるってすごいなって思うよ。
あ、でも三上くんとだけじゃなくて、私や近藤くんとも仲良くしてくれると嬉しいな。」

「私も仲良くなりたい!仲良くしてね!」





可愛い。小さくて笑顔が素敵で、こんなに優しい言葉をかけられたら、好感を持たないはずがない。
亮くんが彼女にだけ付き合い方が違うのも、ますますあやしい。
そもそも面倒くさがりの彼が、わざわざ休日に待ち合わせて遊ぶ相手だ。
それがどんな種類であれ、好意を持っているのは確実だろう。





「妙な行動するなって言っただろうが。、お前もはっきり迷惑だって言ってやれ。」

「別に迷惑なんかじゃないよ?」

「公衆の面前で抱きつかれてるのに?」

「ふふ、仲良しなだけだもん。ね?」

「ねー!」

「はあ、ダメだこいつら。」

「まあまあいいじゃん。とりあえず座ろうぜ。」





確保していた席に座り、彼らの買ってきてくれた飲み物や軽い食べ物を口にしつつ、様々な話を聞く。
彼らの学校のことが主だったけれど、一番偉そうな亮くんが、からかわれるような状況になっているのがとても興味深い。
やっぱり亮くんは偉そうにしてても、結局誰かの世話を焼いたり、面倒ごとをしょって立つような人らしい。





「そういえばさんは、どこの学校に転入するんだ?」

「私も聞きたかった。学校近いのかな?」

「えへへ。」

「もったいぶってねえで、早く答えろよ。」

「同じだよ。」

「え?」

「転入先、武蔵森学園なんだ。」

「・・・ええ!?」

「本当!?嬉しい!」

「マジかよ・・・」





正直、おばさんから聞いた、亮くんと同じ学校という情報に、一番驚いたのは自分だったと思う。
駅前で助けてもらい、ばったりと再会したのは隣の家、さらには転入先まで同じと、重なるにもほどがある偶然。
これはもはや運命としか呼べないのではないだろうか?いや、そうだろう。そうでしょう。そうに決まってる。





「マジかよって亮くん本当に知らなかったの?そもそも高校にあがるこの時期に転入って表現してる辺り、付属校かな、もしかして俺と同じ学校だったりしてなドキドキ、とかときめかなかった?」

「誰がそんなふざけたこと思うか。」

「しかも一緒にやってた課題って武蔵森のものなんだけど!?」

「俺らの出されてる課題と違うし。そもそもお前の学校とか興味なかったし。」

「ひ、ひどい・・・!」

「同じクラスになれるといいね、ちゃん。」

「うん!」

「校舎が違うから、会う機会は少ないかもしれないけど、困ったことがあったら何でも言ってな?」

「うんうん!」

「あんまり優しい言葉とかかけんなよ。調子に乗るから。」

「ちょっと、亮くん!?」





初めて会ったというのに、二人とも話しやすくて優しくて。
学校に入る前に、こうして会えて、仲良くなれてよかったと思う。新しい学校へ行くのがさらに楽しみになった。





「お、そろそろ時間か。映画館行こうぜ。」

「そうだね。」

「映画かー!どんな・・・」

「ちょっと待った。」





予定していた映画を観にいこうと席を立つと、亮くんがそれを止めた。
きょとんとしている私たちを一瞥し、突然私の手を引く。





「俺らはここで解散。」

「え?」

「ラブストーリーなんて俺のガラじゃねえし、お前ら二人で見てこいよ。」

「え、いや、だって・・・この間観にいくって・・・」

「気が変わった。適当に遊んで帰るわ。」

「え、ええ?」

「別にいいじゃねえか。二人でだって全然問題ねえだろ?」

「「!」」





ちゃんと近藤くんが、同時に顔を赤くした。
亮くんの想い人を見定めるのに必死で気づかなかったけれど、もしかして、この二人って・・・。





「俺に気を遣ってるならお構いなく。一人でもねえし。なあ?」

「へ?あ、はい!おまかせあれ!」





二人が赤い顔をしたまま、困ったようにこちらを見る。
亮くんが追い払うように手を動かすと、顔を見合わせて頷いた。





「・・・なんか俺ら、気遣わせてる?」

「俺がそんな細かいこと気にするかよ。気分だって言ってんだろ。」

「わかった。じゃあ行くわ。さんのこと、あんまりいじめるなよ?」

「とっとと行け。」

「じゃあね、三上くん。ちゃん。また今度会おうね。」

「あー、はいはい。」

「じゃ、じゃあねー!」





そういうと、二人は目的の映画館へと向かっていく。
亮くんは、取り残されるようにその場に立ち尽くして、二人の後ろ姿を見送る。

けれど、私は二人から視線を外し、亮くんを見上げていた。
そこには何度も目にした、亮くんの表情。





好きな子の話を口にしたとき。



待ち合わせ場所へ向かい、二人の姿を見つけたとき。



そして、幸せそうな二人を見送った今。



隠しきれてない。
いつものように眉間に皺を浮かべて、不機嫌な顔をしていたって、わかっちゃうよ。







「亮くん。」

「・・・なんだよ。」







亮くんは、純粋な優しさから私をここに連れてきたわけじゃない。
ましてや、知り合いの少ない私に、友達を増やしてあげようだなんて親切心があってのことじゃなかった。





「あの二人、付き合ってるの?」

「ああ、最近から。元々三人でいることも多かったし、緊張するからなんて理由で誘われたけど、
変な気遣いいらねえし、とっとと二人で出かけろってんだよな。」

「ふーん。」

「なんだよ。」

「私を連れてきたのは、二人に気遣わせないため?」

「ああ、そうだよ。」

「嘘つき。」





三人でいた友達のうち、二人が付き合うことなれば、残る一人が気遣われても仕方のないことなんだろう。
優しい二人ならば尚更だ。亮くんもそれがわかっていたから、私を連れてきた。それに間違いはない。

けれど、彼にはもっと大きな理由があるように思えた。





「一人だと耐えられなかったからじゃないの?」

「・・・あ?」

「平常心のまま二人と一緒にいられる自信がなかった。
さっきみたいに表情や言葉に出てしまうかもしれないと思ったから。」





二人のためと言うのも嘘ではない。私に知り合いを増やそうと思ったのも、すべてが違うというわけではないと思う。
けれど、亮くんが私を連れて来た、一番大きな理由はきっと、自分自身のため。









ちゃんが好きなんでしょう。」









何かを反論しかけて、亮くんは口をつぐんだ。
もしかしたら元から私には隠すつもりがなく、この機会を使って自分に好きな人がいると、実感させようと思っていたのかもしれない。





「・・・だったら何?」

「自分の気持ちを隠すために、私を連れてきたんだよね。」

「ああ。」

「私は亮くんが好きなのに?」

「ああ。」





耳で聞くだけよりも、実際にその姿を見た方がショックが大きい。
ましてや、彼がその人を想う姿を目の前で見たのなら、実感するしかないじゃないか。



私なら、亮くんの気持ちに気づかないと思った?



気づいても、傷つかないと思った?



それとも、傷ついたって構わないと思ったの?







「自分の好きな人に負担をかけないために、私を利用したの?・・・私の存在は都合が良かった?」







胸が痛い。



苦しい。つらいよ。



私はなんて人を好きになってしまったんだろう。














「俺はこういう奴なんだよ。お前が俺にどんな考えを持ってるのか知らねえが、
お前を好きになることはないし、優しくするつもりもない。わかったら、もうつきまとうな。」

「・・・。」






出会って間もない。私はまだ彼を知らない。



自分を好きな人を利用して、冷たい言葉を投げかける。



自分を諦めろと言う。もうつきまとうなと言う。



その言葉だけを聞いていたなら、私は傷つくだけだったと思う。



でもね、亮くん。








「亮くんこそ、わかってる?」

「・・・っ!?」








そんなにつらそうな顔をしながら伝えられた言葉で、私が引き下がると思う?








「くっつくな!離れろって・・・」

「私、言ったよね?」








亮くんの体を、強く抱きしめた。
彼は私を引き離そうとするけれど、離れてなんかやらない。








「本気だって、頑張るだけだって、そう言ったよね?」








どうしてここまで彼が好きなのか、疑問に思ったこともある。
明確な理由なんて見つからない。それでもこの気持ちは、いまだ弱まることはなく、日々強くなっていく。
一方的だと思われていても、迷惑だと言われても、好きなものは好き。止める術なんて知らない。





「利用したっていいよ。好きなときに呼び出して、好きなように使えばいい。
むしゃくしゃしたときに呼び出して、いくら愚痴ってもいいし、悲しくなったら肩くらい貸してあげられる。」

「お前、おかしいんじゃねえの?なんでそこまで・・・」

「ね、なんでだろう。」

「・・・は?」

「仕方ないよね。それでも好きなんだから。」





亮くんが、私を引き剥がそうと、力をこめていた手を止めた。
そして、その手はゆっくりと私の髪に添えられる。





「・・・バーーーーカ!」

「い、痛っ!痛いー!」





痛みを感じるくらいに頭をガッシリと掴まれ、目の前には亮くんの顔があった。
涙目になる私に、亮くんがまた不敵な笑みを浮かべた。





「そんなに言うなら、思う存分利用してやるよ。お前が嫌になるくらいな。」

「お、お手柔らかに?」

「っ・・・なんでそんな返事だよ!本当、訳わかんねえなお前は!」





最後に軽く頭を小突かれて、亮くんが歩きだし、私は頭を押さえながらそれを追った。



隣に並ぶと亮くんは、面倒そうに私を一瞥し、歩く道に視線を戻す。



見上げた先の表情は、いつもよりもほんの少しだけ優しく見えた。








TOP NEXT