「おい、なんでいる?」

「あ、おかえり。亮くん自主練だって?意外と努力の人なんだね!」

「うっせーよ、お前に関係ねえ・・・じゃなくて、なんでここにいるんだよ!」

「なんでって今更?遊びにきたに決まってるじゃない。」

「だってお前、この前・・・」





亮くんが言おうとしていることがわからないほど、私は鈍くも能天気でもない。
自分の恋愛なんて語りそうにもない彼が、わざわざ好きな子の話をしてきたのは、私を牽制するため。
好きな子がいると知れば、私は落ち込み傷ついて、自分の前には現れなくなるとそう思っていただろう。





「好きな子がいるって話?」

「ああ。」

「・・・まあ、私には関係ないし?」

「・・・は?」

「亮くんに好きな子がいても、私が亮くんを好きなことにも変わりがないもの。だったら私は頑張るだけ。
その子と恋人ってわけでもないなら、振り向かせる可能性だって充分あるよね。」

「・・・信じらんねえ。どっからそういう気力が沸いてくんだか。」

「亮くんへの愛?」

「言ってろよバーカ。」





ショックじゃなかったわけじゃない。落ち込まなかったわけじゃない。
でも、それで終わりじゃない。一度沈みきった後に、沸々と湧き上がってきた闘志にも似た感情。
好きな子がいるからなんだというの。それでも私が彼を好きなことに変わりはない。














純恋走愛論














「おい。」

「何?」

「何じゃねえよ。なんで嬉々としながらDVDまわしてんだよお前は!」

「だってホラー映画なんて一人で見るの怖いじゃない・・・!」

「せめて言葉と表情一致させろ!楽しそうな顔しやがって、どう見ても怖がってるようには見えねえよ!」

「ほら、もう始まるよ・・・ってギャー!!」

「冒頭からグロイな・・・ってくっついてくんな!
つーか、お前マジで怖がってねえ?さっきまでの余裕はどこ行ったんだよ!?」





勉強を教えてもらう名目で彼を訪ねてはいたけれど、やはりそれだけではつまらない。
私は少しでも亮くんを知りたいし、近づきたいし、何より亮くんの想い人に勝たなくてはならないのだ。
そう思い、持参したホラーDVDは予想以上に怖くて、『亮くんに怯えて抱きついて可愛いと思ってもらう作戦』は始まりから失敗してしまったけれど。





「お前といるとマジで疲れる。」

「まあまあ、女の子にくっつかれながら見る映画ってのもいいじゃない。」

「うざったいだけだっつの。」

「まあまあ。」

「うるせえし。」

「まあまあ。」

「お前みたいなまな板にくっつかれても何も嬉しくねえし。」

「!」

「・・・あ?」





それまで何を言っても受け流していたのに、急に動揺を見せたからか、亮くんが私の顔を覗き込んだ。





「なにいきなり固まってんだよ?」

「べ、別に。」

「映画・・・じゃねえよな。今驚くシーンなんてなかったし。」

「なんでもないってば!」

「てことは、まな板?」

「!!」

「お前、他にもっと怒るとか、反応するとこあんだろ。まあ確かに・・・」

「どこ見てるの!セクハラ!」

「セクハラ出来るほどねえだろが。」

「!!」

「っ・・・ぶはっ!神経図太いくせに、何を気にしてんだよ!」

「わ、私にとっては大事なことなのー!」





亮くんがこんなに大笑いしている姿を見るなんて初めてだ。喜びたかったところだけれど、展開が展開だけに喜べない。
人が気にしてることを見つけて笑い飛ばすなんて、やっぱり亮くんは意地悪だ。





「なんの努力もなく勝手に大きくなって、肩こった〜重い〜とか言ってる子が妬ましい!」

「そこまでかよ。どんだけでかくなりてえんだ。」

「だって亮くんも胸の大きい子が好きなんでしょ?」

「あ?」

「この間、そう言ってたもん!」

「あー・・・あれは別に・・・」

「俺の好きな子の胸がでかいだけってか!きー!悔しい!」

「あーもーお前うるせえ。マジでうぜえ。」

「そもそも亮くんの好きな子って実在するの?私を追っ払おうとしただけなんじゃないの!?」

「わかってんならとっとと出てけ。」

「やだよ!映画終わってないもん!」

「もう見てねえだろお前!・・・と、なんだ?」





1階からおばさんの声がして、亮くんが部屋を出て行った。
・・・というか、あれ?先ほどの言い方だと、私を追い払いたかっただけで、亮くんに好きな子はいないんだろうか。
私、落ち込み損?いやいや、うまくはぐらかされた気もする。

数分ほどすると、亮くんが乱暴にドアを開けて、相変わらずの不機嫌顔をして戻ってきた。
手にはおばさんに渡されただろう、お盆に乗せられたジュースとお菓子がある。





「わーい差し入れだ!休憩しよう!」

「お前ずっと休憩してただろうが。」

「いいじゃん、せっかくおばさんがくれたんでしょう?」

「・・・はあ。」





テーブルに置かれたお菓子をほおばりながら、二人きりで映画を見るという、絶好のシチュエーション。
なのに甘い空気がひとつも流れてこないのはどういうことだろうか。亮くんももっとドギマギしてくれればいいのに。





「・・・。」





それにしても、戻ってきた亮くんが、さっきから何か考え込んでいる。
私の話に空返事なのは、悲しいことにしょっちゅうだけど、先ほどまでと様子が違うように思える。
じっと見つめ、様子を窺っていると、亮くんが視線に気づきこちらを向いた。





「おい。」

「な、何?」

「今週の土曜、出かけるか?」

「・・・・・・え?」

「行かないならいいけど。」

「い、行く行く!行きます!行くに決まってるでしょー!!」

「あっそ。」





突然の申し出に思わずかたまってしまった。
亮くんのことだから、冗談だとか、何本気にしてんだとかからかわれると思ったけれど、どうやら今のところは信じてもいいようだ。
先ほどまであんなに迷惑がっていたのに、突然どうしたんだろう。





「あとで嘘だったとか聞かないからね!今、亮くん一緒に出かけるって行ったからね!」

「はいはい。」





どうして突然そんなことを言ったのか、理由は聞くべきじゃないだろう。
亮くんにどんな考えがあれ、一緒に出かけられることは事実だからだ。
深くつっこんだりすると、やっぱりやめたとか言いかねない。
彼がそういう面倒な性格をしていることくらい、さすがにもうわかっている。






















そして、週末。
疑ってかかってはいたものの、亮くんの言葉どおり、予定は変わらなかった。
行き先も告げずにどんどん進んでいく亮くんについていくと、その先には男女の二人組みが見える。
二人が気づき視線があうと、こちらに向けて笑顔で手を振ってくれた。





「・・・亮くん、あの人たちは?」

「友達。」

「出かけようって、あの人たちと一緒に遊ぼうって意味?
もしかして、知り合いのいない私に友達を・・・ってこと!?」





まさか、亮くんがそんな気の利いたことを?なんて思ってしまったのは失礼だろうか。
いや、日頃の彼の私に対する扱いを見ていれば驚くのも無理はないと思う。
けれど、亮くんがそんな気遣いをしてくれたのならば、素直に嬉しい。
距離が近づくと彼らの姿がよく見えてきた。穏やかで優しそうな二人組みだ。





「ねえ亮くん。あの人たちって・・・」





問いかけようと亮くんを見上げて。
私はそれ以上何も言葉が紡げなかった。



そして、もう一度視線を移す。





「長い黒髪で背が低くて胸がでかくて、乱暴な口調を使わない女。」





亮くんが言っていた、私と正反対の容姿。
別にめずらしいことは言っていない。条件に当てはまる女の子はいくらでもいるだろう。



それなのに、一瞬だけ垣間見えた亮くんの表情。



まだ何も話していないのに、何も知らないのに、



その視線の先に見える優しい笑顔に、言いようのない不安を覚えた。








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