「なるほどー。亮くんはサッカー部の寮にいたんですね。」

「そうなのよ。だから家にも滅多に帰ってこなくて。
4月から高等部にあがるから、寮も変更になってね。その関係で一時的に退寮してこっちに戻ってきてるの。」

「ああ、春休みにしては早いと思ったら来年から高校生なんですね!私と一緒!」

「そうなの。仲良くしてあげてね?」

「はい!ぜひ!」

「おい、そこのアホ女、何してる。」

「わーお、亮くんのパジャマ姿色っぽーい!」

「ぶっとばすぞ変態。女でも容赦しねえからな俺は。」





やってきたばかりの町で見知らぬ私を助けてくれた男の子と、運命的な再会してから数日。
今ではもうすっかり打ち解けて、朝から彼の家にお邪魔できるほどに仲良くなった。





「亮!女の子にそんな口利かないの!」





そう、好きな人のお母さんという強力な味方を得たのだ。












純恋走愛論













「亮、ちゃんすごくいい子よ?」

「いやー、そんな褒めないでくださいよう!」

「てか、なんでそんなに打ち解けてんだよ!」

「だってちゃん明るいし、素直だし、可愛いんだもの。」

「えへ!嬉しいなあ!」

「この変態のどこが!」

「亮くんもそんなにからかわないでよ!嬉しいけど!」

「からかってねえよ!心底本気で言ってるよ!」

「お母さん、娘が欲しかったんだよねー。」

「そんな理由!?」





亮くんは盛大にため息をついて、リビングから出て行く。
彼のお母さんは、亮くんとはうって変わって、いつも笑顔を浮かべる明るい人だった。
亮くんも少しくらい、私に心を開いてくれたっていいのに。そのためには、少しでも彼を知ることが重要だ。





「亮ってば口も態度も悪いんだから・・・。ごめんねちゃん。」

「いいえ。そんなところも可愛いと思います!」

「ふふ、ありがとう。亮も昔は素直でもっと可愛かったのよ?」

「昔?」

「素直で優しい言葉もかけてくれてね・・・あ、写真見る?」

「はい!!」

「やめろ。マジやめろ。おいお前、これ以上迷惑かけるのをやめて帰れ!」

「亮くん、また来たの?」

「また来たのじゃねえよ!俺の知らないところで、昔の恥覗き見すんじゃねえよ!」

「恥?どんな恥が・・・」

「あーもうわかった!ちょっと来い!!」





突然怒り出した亮くんに引きずられ、彼の部屋へと連れていかれる。
小さなテーブルとソファ。本棚とシンプルな机にベッド。寮に入っていたというだけあって、置いてある物自体が少なく、スッキリとした部屋だ。
私をソファに座らせて、自分は乱暴にベッドに腰掛けて、私をにらみつけた。





「・・・お前、なんなわけ?」

「何って?」

「一目惚れとか適当な理由つけて、暇つぶしに来てるだけだろ!?こっちの迷惑ってもんを少しは考えろバカ女!」

「暇ではありますが、一目惚れは超本気!好きです亮くん!」

「あーもううっせえ!てかお前学校はどうしたんだよ!暇なら学校行け学校!」

「もう編入試験も終えてるし、新学期まではお休みなんだよ。」

「うわ、面倒くせえ・・・」

「へ?何で?新学期から入った方が転入生も馴染みやすいじゃない。」

「お前が暇をもてあましてるから、俺が迷惑すんだろうが。」

「ひどい!私のどこが迷惑なの!?」

「朝っぱらから家に押しかけてくんな。周りも気にせず大声で人の名前を呼ぶな。そんで告白とかしてくんな!」

「だって亮くんが好きなんだもの!」

「俺はお前みたいな女嫌いだっつの!」





ここまで言われても堪えない自分は、やはり図太い人間なんだろうか。
普通なら落ち込んで、言われた通りに家に帰って、一人で泣いているものなのかもしれない。
しかし私は、そんな素振りを見せられないどころか、さらに燃えてしまうのだ。
こんなことばかり言ってる亮くんが、少しでも優しい言葉をくれたなら、ものすごい破壊力になると思う。





「いいか、バカ女。」

「バカじゃなくて、ね。」

「俺はお前を好きじゃない。好きになんてならない。」

「・・・そう。」

「ああ。」

「もっと頑張って俺に惚れさせてみろってことですか!」

「ちげえよ!!」





私たちは出会ったばかり。そして私が亮くんを好きになったのも、つい最近のこと。
いきなり両思いになれるだなんて思わない。それでも亮くんのことを知るたびに嬉しくなっている自分がいる。
その人を何も知らないのに好きになるだなんて、実際に自分自身に起こったことにびっくりだった。
けれど、人間の直感もバカにできないとつくづく思う。
私は亮くんのことを何も知らない。だからこそ、自分の知らない彼を知るたびに、想いは積もり続けていくのだ。
















「亮くん。ここ、わかる?」

「わかんねえ。」

「見てもいないじゃん!少しくらい考えてくれたっていいのに!」

「自分の課題くらい自分でやれ。暇なんだろ?」





彼のお母さんの協力もあって、半ば無理やり亮くんに勉強を教えてもらうことになった。
編入時までに終わらせる課題なのだけれど、以前いた学校のものよりどうもレベルが高いようだ。
両親とはなかなか時間があわず、亮くんのお母さんに相談しても苦手分野のためわからず、悩んでいたところで亮くんの登場だ。
頭を抱えている私たちを見て、嘲笑を浮かべたりするものだから、おばさんからの強制命令が発動した。
おばさんありがとう。やはり味方が彼の母親っていうのは、なんとも頼もしいものだ。





「亮くんは課題とかないの?」

「そんなもん、すぐ終わるだろ。」

「終わらない人がここにいますけど。」

「ああ、お前って見た目どおりバカなのな。」

「おばさんに聞いた話だと、亮くんはサッカーばっかりの生活だったんでしょ?
それなのに頭もいいなんて反則だよ。惚れ直すっての。」

「・・・お前、本当にへこたれねえな。ある意味尊敬するわ。」

「好きになった?」

「それはない。」

「ちぇー。」





毎日といっていいほどに家に押しかけているから、亮くんも私の存在に慣れてきた感がある。
相変わらず口は悪いし、厳しいことしか言わないけれど、ちょっとした進歩には違いない。





「大体こんなに一途なのに、もう少しほだされてくれてもいいんじゃない?」

「一途ですべてがうまくいくと思うなよ。お前もうストーカー寸前だからな。」

「いや、でもお母さん公認なら、ストーカーとは言わないでしょ。」

「ストーカーっぽい自覚があんなら改めろよ!」

「だってこうやって押しかけでもしないと、会ってくれないじゃない!」

「当たり前だろ!」





いつもと変わらない押し問答を繰り返しながら、私はふと今更すぎる疑問を持つ。
自分の気持ちを主張することに精一杯で、大切なことを聞くのを忘れていた。





「亮くんはどんな子が好みなの?」

「あ?」

「彼女がいないっていうことはおばさんに聞いたけど、好みって聞いてないなと思って。」

「へえ、彼女がいないって聞いたんだ?」

「いるの!?」

「さあ?どうだかな。」

「まあ、いないよね。彼女がいるなら、今頃デート三昧でしょ。普段は部活で忙しいっていうのなら尚更。」

「チッ・・・妙なところで頭がまわるからむかつくんだよお前。」

「褒めた?」

「ふざけんな。」

「で、好きなタイプは?」

「少なくとも、お前にその要素はない。」

「えー!それってどんな要素よ!」





そう。彼の好きなタイプだ。
亮くんに振り向いてもらうには、彼自身を知るだけでは足りない。
どういった子が好みなのか、惹かれるのか。すごく重要なことだ。





「長い黒髪で背が低くて胸がでかくて、乱暴な口調を使わない女。」

「今、私見て言った?私と正反対を狙って言ったよね?」





ちなみに私はショートで薄茶色の髪、背は同じ年の女子より高く、胸も・・・少し、そうほんの少しだけ小さい。口調はご覧のとおりだ。
亮くんは私の反応を見て、鼻で笑うとそのままさらに続けた。





「大人しいくせに芯が強くて、弱いくせに必死で強がってる。
見てるこっちがイライラする。あんまりとろいから、呆れて思わず手を貸したりすんだよ。バカみてえ。」





きっと次の言葉も、私をからかうような、バカにするような台詞なのだろうと構えていたのに。
予想外の台詞に、私は思わず言葉を失ってしまった。
それはあまりに具体的で、あまりにめずらしく、彼の感情が表に出ていた。





「・・・それは、もしかして。」





亮くんの近くに女の子の気配がなかったこと。そしておばさんからの彼女がいないという言葉。
単純な私はそれだけで安心していたのだ。確かに亮くんに彼女はいなかった。

けれど、







「好きな子がいるの?」







胸の鼓動がどんどん加速していく。
それは彼への気持ちを自覚したときとはまったく違うもの。








「ああ。」








たった一言。それだけで、胸が痛み、息がつまって声にならなかった。
そんな私の気持ちなど関係ないとでも言うように、亮くんは小さな笑みを浮かべていた。








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