「どこから来たのかって聞いてるだけじゃん。なんでそういう態度とるわけ?」





以前住んでいた場所よりも、多くのお店やビルが立ち並んでいる駅前。
引越し先がどんなところか知りたくて、そして少しでも早く慣れたくて出かけてみれば、
いつの間にかガラの悪そうな人たちに取り囲まれていた。





「困ってるみたいだから、親切にしてやろうと思っただけなのにな。」

「逃げようとするとかないわー。」





そこは大通りから少し外れた道。駅前ほど栄えているようには見えないけれど、人が通らないわけでもない。
2人の男と、取り囲まれた一人の女。通行人がチラチラをこちらを気にしつつも、素通りしていく。
初めに彼らに声をかけられたときに、ナンパ?やるじゃん私!とか思った自分を殴ってやりたい。
辺りをキョロキョロ見回しながら、興味津々で道を歩いていた私は、彼らにとってどれだけ田舎者で良いカモに見えただろうか。

ただ、こんな状況ではあるものの、それほど大きな危機感を感じてはいなかった。
この場所が駅前であること、少ないながらも人が通らないわけでもないこと、先ほど近くに交番を見かけたこと。
怯えて震えるわけでも、恐怖で声が出ないわけでもない。それならば、力の限り叫んで助けを呼べばいいのだと
楽天的な考えに行き着くのは、私の長所でもあり、短所でもあるだろう。





「なあアンタ、聞いてんの?」





得意気な顔で私を見下ろす彼らの隙間から、こちらの様子をチラチラと窺う視線を感じていた。
皆気づいてるのに、誰か助けようとはしてくれないのだろうか。都会は噂どおり冷たい町なのだろうか。
仕事中らしき会社員、買い物中らしき主婦、あ、不機嫌な顔したイケメンもこっちに気づいた。
でもやっぱり我関せずとでもいったように、前を向きなおし通り過ぎていく。

やはり助けを呼ぶしかないようだ。
大きく息を吸って、最大限の声で叫ぼうとしたその時、彼らとは違う一つの影が増える。





「そいつ、俺の連れ。」

「あ?」

「悪いけど、連れて帰るわ。」

「ああ、ふざけんなよ!この女は俺らが・・・」

「行くぞ!走れ!!」





突然声をかけられて彼らが驚いている間に、私の手を引き、その場から走り出す。
その人に手を引かれるまま、追ってくる怒声と姿が無くなるまで走り続けた。














純恋走愛論














「・・・はあっ・・・はあ・・・」

「ここまで来れば大丈夫だろ。あとは勝手に帰れ。」

「・・・い、息が・・・切れ・・・苦しい・・・あの、」

「大声出すとか、抵抗するとかしろよ。大人しくしてっから、ああいうのがつけあがんだろ。」

「声を出そうとはしてたんですけど・・・って、ああ!」

「な、なんだよ!?」

「さっきのイケメン!」

「・・・はあ?」





助けてくれたのは、先ほど取り囲まれているときに見えた、こちらに気づきながらも素通りをしていったイケメン君だ。
あの時はなんて冷たいのだと、切ない気持ちになったものだけれど、状況からするとどうやら一度通りすぎてから、わざわざ戻ってきたらしい。





「わざわざ戻ってきてくれたんだ?」

「あ?なんで知ってんだ?」

「さっきの人たちの隙間から見えてたから。
こっちをチラチラ見て気にしてるのに、我関せずな人が多くて悲しくなってたところだったんだ。」

「・・・お前、あの状況で随分余裕だな。」

「だから、助けてくれて嬉しかったよ!」

「あっそ。俺は変な女に関わって後悔してるわ。」

「え?何で?」

「あーもーどうでもいい。
お前がアホなのは勝手だけど、それで他人に迷惑かけんなよ。じゃあな。」

「え、あれ?ちょっと待っ・・・って、速!!」





引っ越してきたばかりで、新しい学校にもまだ編入していない。
この町に来て初めてまともに話した、同世代の子だったのに。
私が引き止める声も聞かずに、走り去っていってしまった。ちょっと、いやかなり残念だ。





「・・・しまった!お礼言ってない!!」





彼のおかげで、冷たいだけの町ではないと知れたのに。そういえば名前すら聞けなかった。
また会いたいと思うのに、手がかりが何もない。この近くに住んでいるのだろうか。





「ていうか、ここはどこ!?」





男の子の正体を考える前に、今自分がいる場所がどこなのかわからないという問題に直面する。
その日は通りすがりの人に道を聞きながら、数時間かけて家に帰るはめになってしまった。

















それから数日、新しい学校は新学期からの登校となり、知り合いもいないため、退屈な時間が過ぎていく。
引っ越してきたばかりで、やるべきことはあったのだけれど、気分転換というものは必要なのだ。
ベッドに寝転がって休んでいると、自然と頭に浮かんでくるのは、数日前に出会った彼のこと。





「どこの学校の人なのかな。」





返事など返ってくるわけもないのだけれど、思わず声に出てしまう。一人というのは寂しいものだ。
そもそも、ほんの少し話しただけの彼をこんなに考えているのも不思議だ。
確かに印象的な出会いではあったけれど、偶然出会っただけで、また会える確率すら低い他人。
お礼が言えなかったことをそれほど引きずっているのだろうか。





「そういえば、見かけたときから別れるときまでずっと不機嫌な顔してたなあ。
なにか嫌なことでもあったのかな。それともあれが普段の顔なのかな・・・。」





また独り言を呟いたところで、空しくなって体を起こす。
部屋の空気を入れ替えてから、残っている部屋の整理を続けようと、ベッドから降りてカーテンと窓を開けた。





「「・・・。」」





そして、絶句する。



思いもかけない人物が、私の視界に飛び込んできたからだ。





「〜〜〜!?」

「お前・・・この間の・・・?」





そう、あの日私を助けてくれた、終始不機嫌な顔をしていたイケメン君だ。
あちらも窓を開けようとしていたのだろうか。そこに手をかけたまま固まっている。





「・・・まさか、お隣さんだったの・・・?」

「隣に新しい家族が引っ越してきたとは聞いてたけど・・・なんつー偶然だよ。ありえねえ。」

「だってこの間挨拶に行ったとき、いなかったよね!?」

「ああ、俺、最近学校の寮から戻ってきたばっかだから。」





あまりにも出来すぎた偶然に、もしかして夢でも見ているのではないかと思った。
けれど、興奮しすぎて窓の桟を力強く握った手が痛い。やはり現実だ。





「まあこっちに居るのも一時的だから、たいして関わることもないだろ。それじゃあな。」

「ちょっと待って!今度こそ待って!」

「何?」

「えーと、お隣だから三上さん?三上・・・なに君?」

「・・・亮。」

「亮くん、私は。よろしく!」

「あー、はいはい。」





悲しいほどになんの感慨もなく、適当にあしらわれているというのに、私は彼を引きとめようと必死だった。
ずっと頭に浮かんでいた彼にまた会えたことが、想像以上に嬉しかったようだ。





「あと、あのときのお礼言ってなかったよね。ありがとう!」

「もう周りに迷惑かけんなよ。」

「・・・?」

「なんだよ。」





彼の名前を知ることが出来て、あれほどこだわっていたお礼の言葉を伝えられた割に、達成感がない。
それほど私は今の状況に衝撃を受けているのだろうか。確かに衝撃は受けている。気が動転もしている。
けれど、それ以上に不可解な感情がある。





「亮くん。」

「だから、なに。」





心底迷惑そうな顔で、優しい言葉のひとつもないというのに。彼とまだ話していたいと思うなんて。
いくら新しい土地に来て寂しいからといっても、ここまで彼にこだわる理由が見つからない。

あの日、手を引かれて息が切れるまで走り続けた。
誰も助けてくれないと思っていたあの場面で、一度通り過ぎながら、また戻ってきてくれた。

ずっと、ドキドキしていた。
それは誰かに追われ、全速力で走る非日常をいきなり経験してしまったからだと思っていたけれど。
その動悸は、家に着いて数日経ってからも、時々よみがえっていたのだ。

それは決まって、彼を思うとき。








「一目惚れって信じる?」








そして、再び彼に出会い、不確かだった感情の正体が疑問から確信に変わる。
亮くんは怪訝な表情を浮かべ、元々浮かべていた眉間の皺をさらに深くする。








「貴方が好きって言ったらどうする?」

「迷惑。」








後先考えず、思わず口にした初めての告白は、あっさりと否定された。
けれど、悲しさやつらさよりも、彼に再会できた嬉しさの方が圧倒的に大きかった。
なにせこの気持ちはまだ、始まったばかりなのだ。

今度は何も言わずに窓を閉められ、彼の姿は見えなくなる。



鼓動はまだ、鳴り止まない。









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