「ぎゃー!何これ超こええ!!」 「別になんてことないだろ?ほら、見てみろって!」 「だから俺ホラー物苦手だっつってんだろ!」 「まあまあまあ、逃げんなよ。」 「逃げるわ!つーかなんで追いかけてくんだよ!こっち来んなあああああ!!」 校舎をつなぐ渡り廊下で目にしたのは、大声で騒ぐ男子数人。 ホラーが苦手な一人に、怖い動画を見せて面白がっている。 「本当にあれでいいの?さん。」 「・・・そうですねえ。」 隣から聞こえた声に、騒ぐ彼らを見たまま返事をする。 この人が現れるのはいつも突然だから、もう慣れてしまった。 「うるさくてうざくて面倒だぞアイツ。」 「・・・中西先輩って相変わらず容赦ないですよね。」 「さん、ネギには勿体無いと思うんだけどなー。」 「それは褒められてるんでしょうか?」 「褒めてる褒めてる。傷心のさんを俺がもらってあげようかと思ったくらいには、いい女だと思ってたから。」 「そうですか。光栄です。」 「さんも相変わらずクールなことで。俺、割と本気よ?」 中西先輩はニッコリと笑みを浮かべて、楽しそうに私の反応を待つ。 私がなんて答えるかなんてわかってるくせに。 「嬉しいですけど、中西先輩は難しそうだなあ、と思います。」 「なんで?」 「私、正直で単純バカな人が好みみたいなので。」 「・・・っふは!確かにそれは俺じゃないわー」 友達に追いかけられていた根岸先輩が、こちらに気づき、すごい勢いで走り寄る。 さすがサッカー部。驚くくらいに速かった。 「お前らこんなところで二人で何してんだ!?」 「根岸クンが怖がって泣き叫ぶ姿を見てました。ねーサン。」 「・・・え?ちょ、え?見てたの?つか、泣き叫んでねえし!!」 「根岸先輩・・・夜怖くても電話してこないでくださいね?」 「そんなことしな・・・って電話しちゃダメなの?お前、前と言ってること逆!!」 あれから、私と根岸先輩の関係は、目に見えて変わっていったわけじゃない。 それでも、先輩と以前のように話せるようになり、笑いあえるようになった。 そんな何気ない日常が続いていく。そのことが何より嬉しかった。 幸せの理由 「!今度ここ行こうぜ!」 出かける予定をたてるのに、以前は私からばかり誘っていたけれど、今は根岸先輩からの提案が多くなった。 元々体を動かしたり、外で遊びまわるのが好きな人だから、当然と言えば当然だけれど。 今までと逆転した立場がなんだかくすぐったい。 「次はどこに・・・って、植物園?」 「え?なんでそんな驚いてんの?」 「だって植物園って、先輩絶対退屈しそう・・・。」 「立派な緑化委員の俺に何を言うか!・・・って、まあ確かに俺らしくはないんだけどさ。」 「じゃあ何で?」 「だって、はそういうの好きだろ?」 「・・・なんで、そう思います?」 「そうじゃなきゃ、義務だけであんなに一生懸命世話しないだろー。」 私は先輩のすべてを知らないにしても、遊びの傾向とか好みはそれなりに把握していたつもりだ。 けれど、先輩は鈍いというか・・・言ってもいないことを察する、なんてことは難しいタイプだと思っていた。 「見るのも育てるのも好きだろ?だから次はここに行って、お土産に苗買って、出来たら学校の庭にも植えちゃおうぜ。」 「そりゃ私はそれでも楽しいですけど、先輩は退屈しちゃうでしょう?それなら私は別に・・・」 「別にじゃなーい!寂しいだろ!こういうのは一緒に楽しむのが醍醐味なんだから!」 「わ、わかりますけど・・・」 「じゃあ一緒に行こうぜ!」 興奮気味に雑誌を指差す先輩に、思わず頷きを返した。 先輩が優しいことは知っていたけど、こうも状況が変わるとやっぱり調子が狂ってしまう。 「それに俺、退屈しないと思うよ。緑化委員になってから、どんどん緑に愛着沸いてきたし。」 「・・・。」 「なんて言うの?俺が植えたのに関しては特に、自分の分身のような気さえしてくるか・・・・・・はっ!!」 「?」 「別に妙な意味とかないからな!?俺は純粋に植物を愛でてるわけで!!」 「え?」 「あれ?」 「・・・あ、そういう心配ですか。」 「え?あれ?お前今黙ったから、妙な考えしてんのかと思っちゃったじゃんかよ!恥ずかしい!」 先輩が植えた花は、前の彼女が好きだった花。 見てるこっちが呆れてしまうくらいに、愛をこめて育てていた。植物というよりも、彼女に向けているように。 確かにそれに愛着とか、分身とか、愛でているとか言われたら、複雑な気持ちになりそうだ。 けれど、 「先輩と比べたら、誰だって口数少なくなりますよ。」 「えー、俺だってそんなに喋ってな・・・」 「そもそも先輩の一言で前の彼女に繋げて動揺するなんて、今更な話ですし。」 「うっ・・・!」 「先輩は全部話してくれたでしょう?それ、信じていいんですよね?」 「当たり前だろ!」 この間、私と話をするよりも前に、さんへはっきりと返事をしたと教えてくれた。 もう曖昧な気持ちはなく、きっちりと全てを終わらせたと、先輩はそう言った。 「じゃあ、信じます。」 先輩がバカ正直な人だと知っている。 だからこそ、曖昧な気持ちのまま私と一緒にいることを、悩み続けていた。 隠しているつもりでも、態度にも表情にも出てしまう。まっすぐな人だから。 「・・・やだもう、お前男前すぎる・・・!」 「前も言ってませんでした?かっこいいとか、男前とか、あまり褒められてる気がしないんですけど・・・。」 「褒めてるに決まってるだろ!俺も男前って言われたいわ!」 「そうなんですか。」 「そこは根岸先輩だって男前ですよ、とか言ってよ!」 「ごめんなさい。」 「謝るなー!」 よく喋って、表情は次々に変わっていく。 なかなか止まらないおしゃべりを聞きながら、その姿に小さく笑みを零す。 今までと一緒だ。そんな当たり前のことなのに、妙に楽しく思えてしまう。 「・・・ていうかさ、本当はどこでもいいんだ。」 「え?」 「植物園でも水族館でも、カラオケでもゲーセンでも映画でも、なんでもいいんだよ。」 「・・・先輩?」 隣に座る先輩の頭が、私の肩に預けられて。 表情が見えないまま、私はその言葉に耳を傾けた。 「でも、せっかくなら楽しませたいし、笑ってほしいし。 傷つけた分・・・いや、それよりもっと、ずっと大切にしたい。」 照れているからか、大きな声じゃないし。 私の目を見てはっきりと言ってくれているわけでもないけれど。 そんな先輩の声が、伝わる体温が、心地よかった。 「て、言おうとしてたけど。」 うるさい、だなんて言われてしまう先輩の言葉を ずっと、聞いていたくなった。 「なんか俺、お前と一緒なら、なんでもいいみたい。」 根岸先輩が笑う。 赤くなって照れながら、楽しそうに、幸せそうに。 その理由は、一緒にいる私ではなく、別の人のものだった。 「・・・?」 それが別の人に向けられたものでも、私はその笑顔が好きだった。 他の誰かが呆れても、話を聞いてくれなくても、先輩と話すその時間が好きだった。 幸せそうに笑う先輩を見ていると、私もつられるように嬉しくなった。 「・・・ふははっ、ー?どうしたー?」 だから、悲しい顔なんてしないでほしくて。 無理して笑わないでほしくて。 いつしかその気持ちが、恋なのだと知った。 冷静なフリをしながら、強がりながら、先輩が振り向いてくれることを願った。 もう一度、あの時のように笑ってくれることを願っていた。 「お前って、本当、不意打ちで困る。」 先輩よりもずっと真っ赤になってしまった私は、何度も顔を覗こうとする先輩から逃れるように視線をそらす。 そんなことを数回繰り返して、私は体ごと根岸先輩の方へと引っ張られた。 「っ・・・」 「さっきまであんなに冷静だったくせに。急にそんなに余裕なさそうに慌てだされても調子狂うっていうか・・・まあ、つまりだ。」 鼓動はどんどん速くなって、今自分がどんな顔をしているかもわからなかった。 先輩が自分の気持ちを隠さないことも、恥ずかしくなるような言葉を伝える人だということも知っていたのに。 それが他の誰でもなく、私に向けられている。そう思った瞬間、先輩の顔が見れなくなった。 「可愛い!めっっっちゃ可愛い!!」 何言ってるんですかとか、からかわないでくださいとか、いつもだったらいくらでも言葉が出てくるのに、 今は何を言われても、冷静でいられる自信がない。頭がまわらない。 どうしよう。 私、思ってた以上に動揺してる。 思っていた以上に、好きという気持ちは大きくなって、 思っていた以上に、幸せみたい。 「大体、恥ずかしい台詞言ったのは俺なんだぞ?なんでお前がそんな・・・」 「・・・?」 「確かに恥ずかしいこと言ったわ俺!お前まさか・・・照れてるんじゃなくて、笑いをこらえてるんじゃ・・・!」 「・・・っ・・・」 「おい、こっち向・・・」 「っ・・・あははっ・・・!」 「やっぱり笑ってるし!」 最後まで決まらないのが、やっぱり根岸先輩で。いつもの先輩の方がほっとする、なんて言ったら怒るかな。 鼓動はまだ治まらなかったけれど、私はようやく先輩を見ることが出来た。 「でも、私はそんな先輩も好きですよ?」 「!」 一瞬驚いた表情を浮かべて。 少し照れたように、けれど、嬉しそうな顔をして。 先輩が笑う。 楽しそうに、幸せそうに笑う。 「・・・へへ。」 「・・・先輩、顔が緩んでます。」 その幸せの中に、私の存在があるのなら。 私も幸せだと、そう思えることが嬉しい。 「だって笑ってんじゃん。」 「だって先輩が笑うから。」 「ほうほう、要するに?」 「え?いや、あの、先輩が楽しそうだと、その・・・」 「つまり?」 「・・・私も嬉しいからです。」 「うん、俺も!」 そうして貴方が笑うから、私もつられて一緒に笑うんだ。 TOP あとがき |