「俺の思ってること、全部正直に伝える。お前に聞いてほしいんだ。」





その言葉に頷きを返して、先輩を見つめた。先輩も私を見つめ返す。
そして、暫しの沈黙。





「・・・あ・・・あー、えーと・・・」

「?」

「いや、その・・・そんなじっと見つめられると、なんというか・・・」

「・・・。」

「べっ、別にそれじゃ話せないとかじゃなくてな?俺、いろいろ・・・そう、すっげえ考えて・・・!」

「・・・。」

「・・・?」

「っ・・・ふ・・・あはは・・・先輩、変わらないですね。」

「・・・何笑ってんだ!先輩が真剣にだなー・・・!
多少まごまごしてても見ないフリするくらいの優しさをお前は持ってたはずだろ!」

「・・・っ・・・ふはっ・・・ご、ごめんなさい・・・」

「・・・お前も相変わらずだな、。」





先ほどまではほとんど動揺も見せることもなく、表情も固かったのに。
いざ言葉を伝えようとして、言葉につまってしまうあたり、根岸先輩らしい。
そんな先輩を見て、私はようやく以前のように笑うことが出来た。





「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」





この場から逃げ出したいと思った。不安で、怖くて、これ以上傷つきたくはなかった。

けれど、小さく震えていた先輩の手。
先輩だって何も思っていないわけじゃない。不安でも怖くても、冷静でいようと強がっているだけ。

それでも、私に伝えようとしてくれる言葉がある。





「隣でちゃんと聞いてますから。」





それだけで充分だった。













幸せの理由















「あーもう・・・の前だと何やってもカッコつかないし。」

「別に格好つける必要ないでしょう?そもそも慣れないことしたって空回るだけですよ、先輩の場合は。」

「あーそうですねー無理はいけませんよねー。」





お昼ご飯を食べるときに座っていた石床に、以前のように並んで腰かけて。
私が先輩を見ていると、先輩はどうもうまく喋れないらしいから、私は目の前の小さな花壇に視線を向けていた。
先ほどまでの緊張は少し解けていて、こうして話をしていると、昔に時間が戻ったのではと一瞬錯覚する。





「・・・。」

「・・・。」





けれど、以前よりも離れた距離。途切れる会話。気楽とは程遠い空気。
すぐに現実に引き戻された。





「・・・俺、無理してたわ。」

「え?」

「格好つけてた。」

「・・・。」

「最初はあんなに弱音吐いてわめいてさ。
お前を頼って、強がりも見透かされて、かっこ悪いのなんて知ってるって言われてたのにな。」





少しの沈黙の後、根岸先輩は静かに口を開いた。
自嘲気味に笑いながら、それでも普段の先輩とは違う、冷静な低い声。





「それでも、見せたくなかったんだよ。
お前はあんなにまっすぐに俺を見てくれてたのに、俺はお前に何もしてやれなくて、自分の気持ちもはっきりしなくて。」

「・・・。」

「だから、誤魔化してた。笑って、俺は迷ってなんかないって。悩んでなんかないって。
・・・逃げてたんだ。そっちの方がよっぽど格好悪いよな。」





気づいていた。だって、私も同じだったから。
先輩が悩んでいることがわかっていて、違和感を感じていて、それでも先輩が笑っているならと見ないフリをした。
このままでいれば、先輩が彼女の元に戻ることはないと、卑怯な考えを持ちもした。





「お前と過ごす時間が増えるたびに、本心を言っちゃいけない気がした。
それがきっとを傷つけるんだって。それなら何も言う必要はないって。そう思ってた。」





日に日に感じた先輩との距離。
時間が解決してくれるなんて、甘い考えなのだと知った。
私も先輩も、本当の気持ちを隠したまま、前に進める訳がなかったんだ。





「でも、そういうのも全部、には見透かされてたんだろうなって思う。
だからこそ、そうやって何も言わないことが、逆にお前を傷つけてたんだよな。」





隣に座る先輩が、こちら側を向く。私もそれに応えるように、視線を返す。
先輩はもう視線を逸らすことはなく、まっすぐに私を見つめていた。










「・・・俺、が好きだった。」










ずっと前からわかっていたのに。知っていて、それでもいいとそう言ったのに。
はっきりと告げられた言葉は、まるでそれを初めて聞くみたいに痛かった。









と一緒にいて、もうのことは吹っ切れてたと思ってた。もうなんともないって、そう思ってたんだ。
でも、偶然アイツを見かけたとき、俺は・・・」







先輩は一瞬だけ迷うように唇を噛んだ。
きっとそれは、私を傷つけるものだとわかっていたから。
でも、私は目はそらさずに、ただ先輩の言葉を待った。







「嬉しいって、そう思った。」







知ってる。



知ってたよ。



だからこそ先輩は、私と向き合わなくなった。



彼女を好きだった気持ちは、まだそこにあったと気づいてしまったから。







「そんな風に思ったのに、それでもお前と一緒にいる俺はなんなんだって・・・卑怯で、自分勝手で・・・でも・・・」







先輩は一度も目をそらさない。



苦しそうに、悔しそうに、それでもきっとすべてを伝えようとしてくれている。



わかっていたはずの先輩の本心。



それが先輩自身の言葉になって、胸が痛まないわけじゃなかった。



けれど、









「お前に、嫌われたくなかった。離れていってほしくなかったんだ。」










彼女のことなんて聞きたくないと思いながら、昔のように何でも話してほしくて。



彼女が気になっていると知りながら、その先に進みたくなくて笑顔で感情を隠した。



私の感情も行動も矛盾だらけだったけれど。



それでも私はきっと望んでいたから。



傷つくことがわかっていても、先輩が本心を打ち明けてくれることを。



そして、その中に、ほんの少しでも私の存在があったことが嬉しかった。








「先輩。」








もう、充分だ。



あのまま終わるはずだった、私たちの関係。



お互いに本心を隠したまま、表面上の笑顔だけを取り繕って。







「私も、同じです。先輩を引き止めておきたくて、気づかないフリをしてました。
もっと早く言えばよかった。そうすれば先輩がこんなに悩まなくてもよかったのに。」







端から見れば何事もなかったかのように、綺麗に終わりにできたはずだった。



でも先輩は、すべて話してくれた。







「ここまでしないと本心も言えなくて、でも最後まで隠し通しきれない。お互い苦労しますね。」







無くしたキーホルダーまで見つけ出して、心残りがないように。



私が先輩を引きずってしまわないように。



格好悪くなることがわかってて、それでもこうして私と向き合ってくれた。







「本当のことを話してくれて、ありがとう。」







先輩となら、また昔のように、話せる日が来る。





過去を思い出して、笑えるようになる。





その時、貴方に好きな人がいても。





たとえそこに、恋愛感情がなかったとしても。









「私、先輩を好きになって、よかっ・・・」










言葉を言い終える前に、先輩が私の腕を掴んだ。
驚いて顔をあげると、私たちの距離は先ほどよりもずっと縮んでいて、先輩の顔がすぐ目の前に見える。





「違う・・・。」

「・・・え?」

「違うんだ。過去形にすんなよ。」

「ね、根岸・・・先輩?」





掴まれた腕が熱い。突然のことに私はただただ驚いて。
体を固まらせたまま、目の前の先輩をまっすぐに見つめていた。





「ずっと、考えてた。に会えて嬉しいと思ったり、突き放すことも出来ないなら、俺はきっとまだを引きずってるんだろうって。」

「・・・実際、そうなんでしょう?」

「俺だってそう思ってた。でも、」

「・・・?」

「でも俺は、ずっとお前のことを考えてる。評判の店の話をしてても、映画の話をしてても、共用の廊下で女子とすれ違っても、花壇の世話をしてても、思い出すのはじゃない。」









思考回路がまわらない。
だって先輩はあの人が好きで、大好きで、何をしててもいつだって彼女のことばかりで。



「先週の休みなんだけど、最近出来た遊園地あるじゃん?あそこ行ったんだよね!ちょー楽しかった!」









「会話の節々で思い出すんだ。ホラーが苦手なのをからかわれたことも、その後結局心配してメールをくれたことも、
予想以上に甘いものが大好きで、幸せそうな顔して食べる姿が可愛かったことも。」









何をするにもあの人につなげていたでしょう?
思わず口にして、自己嫌悪に陥って、空元気で誤魔化して。



「・・・・・・と行ったから。」









「廊下で女子の集団とすれ違ったらもしかしてお前がいるんじゃないかって、無意識に姿を探した。」









それだけ先輩があの人を意識していたって、ずっと心に残り続けていたって、私は知っていた。



「植物を見ると、を思い出すんだよな。
緑化委員なんて、昔っから面倒な委員だと思ってたのに、結構楽しい。」









「水遣りしながら、つい隣を見る。事務的に仕事を終えて、教室に帰りながら、と話してた他愛もない話を思い出す。
おかしいよな。お前とはずっと話してなかったのに。」









知ってたんだよ。



わかってたんだ。



一緒にいても、私を見てくれないって。



先輩の好きな人は、私じゃないんだって。









が好きだったよ。それは本当。だけど・・・だから、心に残り続けてた。
本気で好きだったから、簡単には消えなかった。傷つけたくなかった。」









先輩の好きな人は、









「でも、違ったんだ。それはもう恋愛感情じゃない。」









好きな、人は、












「俺が一緒にいたいのは、なんだ。」




















先輩がどれだけ彼女を好きなのか、知っていた。
知っていて、それでも好きになった。

少しずつ少しずつ距離を縮めて、先輩が隣で笑ってくれるのが嬉しくて。
これからも一緒にいたいと思った。彼女のことは忘れて、私を見てくれることを望んだ。

けれど私は、彼女より大きい存在になれることはなかった。



だから、これ以上貴方を困らせたくなかった。苦しませたくなかった。



強がって、大丈夫だって笑って、この気持ちを忘れてしまおうって、



そう思っていたのに。



















「・・・っ先輩・・・」







徐々に視界がぼやけていく。先輩の顔も見えなくて、今どんな表情をしているのかもわからなかった。
私の腕を掴んでいた先輩の手が、私の手のひらに重なり、伝わる熱が温かく広がった。










「・・・私のこと、好きですか?」










クリスマスに問いかけた答えを、もう一度聞いていいですか?



私はまだ、これからも、











「・・・っ・・・あの人よりも・・・好きですか?」










貴方を好きでいても、いいですか?











「大好き!」

















ねえ先輩。
私、本当は大丈夫だなんて思ってなかった。



充分だなんて思いたくなかった。



もっと、傍にいたかった。



ずっとずっと、一緒にいたかったよ。



悩ませたくなんてなくて、つらい顔なんてさせたくなくて、



貴方を幸せに出来るのが、私であればいいと、何度も願っていた。







私の涙はしばらく止まることはなくて、隣に座る先輩は私の手を握ったまま、ずっと傍にいてくれた。
私が落ち着いた頃に声をかけて、けれど、耳まで赤くなっている先輩を見て、やっぱり格好つかないななんて小さく笑う。
そんな何でもないやりとりが、ただただ愛しかった。









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