「根岸先輩。」





名前を呼ばれて振り返った先に、彼女がいることはもうない。





「根岸先輩って意外と真面目ですよね。こんな面倒な仕事、皆適当に流してるのに。」





委員会で同じ場所の担当になった後輩が笑いながら言う。

そうだよな、俺も以前はそうだった気がする。
担当に毎回二人もいらないだろうと、交代制にしたこともあるし、遅刻だってしていた。
適当に水を撒いてすぐに教室に戻っていた。

担当の日は欠かさず毎回やってきて、世話をしている花が成長していれば嬉しくて、
弁当を持ってきて昼休みが終わるまで一緒に話をするなんて、きっと俺たちくらいのものだった。













幸せの理由














あれからと顔を合わすことは、まったくと言っていいほどに無くなった。
校舎も学年も違う。委員会という繋がりが無ければ、お互いの姿を見つけることだって稀だ。

連絡先は知っているのだから、全く連絡が取れないというわけじゃなかったけれど、
何の用もなく連絡をし続けていくというのは、あまりに無神経なんじゃないかと思えて。

このまま、とは接点を失って、離れていってしまうんだろうか。
そう思うたびに胸が痛んだ。自業自得なのに、そうやって傷つきはする自分に心底呆れる。





「・・・あ、」





そう思った矢先に、窓の外に見えた女の子の集団。
移動教室だろうか。その中に見える、彼女の姿。
久しぶりに見かけた彼女から目が離せなくて、見えなくなるまでその姿を追った。





「あらら、まだ未練あるのかな?」

「そ、そんなこと・・・って中西!急に出てくんなよ!」

「いや、さっきから居たけど。」

「気配消すなっつの!」

「ネギが鈍いだけでしょ。」





飄々としながら、いつものように俺の前の席に座る。
慌てる俺を見て、満足そうに笑みを浮かべた。

中西とはあれから特にもめることもなく、今までどおりだった。
俺とのことを、勝手にに話したというのには腹が立ったけれど、
元々は俺がに何も伝えていなかったことが原因だ。





「嘘つけよ!そもそもなんでは俺じゃなくて中西に・・・」

「お前、それ本気で言ってんの?」





がわざわざ俺ではなく、中西に聞いたっていうのだって、冷静になって考えればわかる。
俺には、聞けなかったからだ。それは俺自身に聞くことが怖かったのかもしれないし、話してくれないと思ったのかもしれない。
あんなに正直だったに、そう思わせていたこと自体、俺の責任なんだ。

は俺の様子がおかしいことに気づいてて、だけど、俺には聞くことが出来なかった。
そのとき彼女は、何を考えていただろう。どんな気持ちで話を聞こうとしていたんだろう。

中西だって、意地の悪い奴ではあるけれど、無闇に人を傷つけるような奴じゃない。
俺と違って頭もいいから、きっといろんなことを考えて、そのうえでに話したんだろう。





「未練・・・っていうか、ちょっと心配で・・・」

「あー大丈夫大丈夫。お前に心配されるほど弱くないよあの子。」

「なっ、なんでそんなことわかるんだよ!」

「さあねえ。」

「くっ・・・」

「あの子の心配するよりも、自分の心配しろよ。まだ解決してない問題があるんだろ?」





中西が何が言いたいのか、すぐにわかった。
とのことだ。今ではもう返事もしていないけれど、からの連絡は未だにある。
・・・しかし、中西にこのことを細かく話したわけでもないのに、なんでこいつはいつも何かしらを知ってるのか。
そんなに俺、顔に出やすいんだろうか。





「アホなほど好きだったんだから、もう付き合っちゃえばいいんじゃない?それで万事解決ってことで。」

「アホってお前・・・そういう簡単な問題じゃないだろ?」

さんに悪いって思う気遣いなら、それこそ余計なお世話ってやつ。
あの子が身を引いた意味ないじゃん。」

「・・・。」

「それともマジで付き合う気がないんなら、ちゃんと突き放せよ。
言葉でいくら言っても、それが本気か本気じゃないかくらいわかる。」





は俺に笑ってほしいと、幸せでいてほしいと言っていた。
だからあんな風に笑って、大丈夫だとそう言ったんだ。
俺がどれだけが好きだったか、彼女は知っていたから。
それが、俺にとって一番の幸せなのだと、そう思ってくれたから。

へ対する罪悪感から、の気持ちに応えないというのなら、それはの行動をも否定することになる。
そんなこと、わかってたのに。あの日の彼女の言葉を、笑顔を見たときから、わかっていたはずだ。

でも俺は、いつまで経っても、の気持ちに応えることが出来なかった。



あんなに好きだっただろう。にも中西にも呆れられるほどに、彼女の話ばかりして。
は俺のためを思って行動してくれた。は俺とやり直したいと言ってる。
自分への嫌悪感とか、に対する罪悪感とか、そういうのを取っ払ったらどう思う?



好きだったんだ。すごく、すごく。





だから・・・





だから・・・?






















「ネギ。最近のお前気持ち悪い。」

「お前はさー、気持ち悪いとか、うざいとか、もうちょっと他に言葉はないのかよ!」

「きもい。」

「意味同じですけど!?」

「最近無駄にテンション高いし、部活もはりきりすぎだし、夜はどっか行ってるし。なんなの?」

「いや別に・・・って、やべ、寮から抜け出してんのばれてた?」

「割と。寮監に見つかる前にやめとけば?連帯責任で怒られるのは勘弁だから。」

「大丈夫。もう解決したから。」

「・・・?」

「いろいろ心配かけて悪かったな。」

「は?心配なんて全然してないけど。」

「うわ、ひでえ!」





ずっと、考えてた。



考えて、考えて、それでも答えは出なくて。



自分の気持ちがわからなくて、どうしたらいいのかと悩み続けて。



そんな俺の行動も、誰かを傷つけるんだって、わかっていなかった。





「どうするか決まったってこと?」

「おう。」

「そういうことか。単純バカは一度決めると、あとは突っ走るだけだからなー。」

「そうだな。俺、小難しいこと考えすぎてたわ。」





自己嫌悪に陥って、自分の気持ちの否定ばかりだった。



俺は彼女を、傷つけたくなかった。



好きだったから。大好きだったから。



その気持ちを否定することなんてなかったのに。







「決着つけてくる。」







自分の今の正直な気持ち。



否定せずに認めたら、心が軽くなった気がした。





「だから、このまま先輩が離れていっても、幸せに笑っててくれるなら、嬉しいってそう思うんです。」





もう逃げるのは止めだ。前に進んでいく。



情けなくても、格好悪くても、結末がどんなものになろうとも。








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