「このまま先輩が離れていっても、幸せに笑っててくれるなら、嬉しいってそう思うんです。」 いつまで経っても頭から離れない。 繰り返し聞こえる君の声。 俺を好きだと言ってくれた。 幸せであってほしいと、つらくなんてないと、 笑っていてくれるのならそれでいいと、そう言った。 「さよなら、根岸先輩。」 最後まで、笑顔を絶やさぬまま。 幸せの理由 「お前は、うまく行ってても、行ってなくても、基本的にうざいよな。」 同じクラス、同じ部活に所属している、俺の友達。 ぼんやりとしながら、窓の外を眺める俺の前の席に座って、いつもどおりの悪態をつく。 「なんだよ中西・・・。今は俺、何も言ってないし、してないんですけどー?」 「落ち込み方が単純っていうか、見ててじめじめしすぎてて、イラッと来る。」 「イラッととか・・・もう、本当にお前はさー!気遣いって言葉知らないの?」 「さんに振られちゃった?」 机に突っ伏しながら文句を言っても、結局言い負かされる。 わかっていながらのわずかな抵抗。その返答は予想外のものだった。 俺はすぐに体を起こして、中西を見る。 「なんで知ってるのかって?黙ってたけど実は俺エスパーなんだよ。」 「そういう冗談はいらない!なんでお前・・・」 「さんにお前のこと聞かれたから。」 「!」 「正直に話したけど、問題あった?」 「おっ前・・・!!」 なんなんだよ?なんで中西が!? となんて接点はなかったはず。この間中庭で少し話したとは言っていたけど、それだけだろう? なんでが中西に俺のことを・・・いや、そもそもなんで中西が俺たちの問題に関わってくる? 「隠しとかなきゃならないようなことがあったわけ?」 「っ・・・そういう・・・問題じゃないだろ!?なんでお前が関わってくるんだよ!関係ないだろ!?」 「可愛い後輩にお願いされたら断れなくってさー。」 「嘘つけよ!そもそもなんでは俺じゃなくて中西に・・・」 「お前、それ本気で言ってんの?」 それまでへらへらとして、人をからかうような態度をとっていた中西の目が鋭くなった。 なんなんだよ。だって俺の知らないところで、知らない間に連絡を取り合って、俺のことを話してたってことだろ? とのことだって、全部じゃないけど中西に話したこともあった。そういうのが全部筒抜けだったってこと? 「・・・はあ。」 「な、なんだよ!ため息つきたいのはこっちだよ!」 「お前よりもあの子の方がよっぽど男らしいわ。」 「なっ・・・!」 胸ぐらを掴んでいた手を払い、中西は呆れたようにため息をつくと、教室から出て行った。 あいつの言葉に腹が立ったのに、追いかけてそれ以上を問い詰める気にはならなかった。 ざわついた教室で俺らのやりとりは、いつもの口げんかとでも思われたのか、気づいた様子はなかった。 教室を出て、人気のない階段の踊り場に座って、ポケットに入っていた携帯を取り出した。 メールが数通。当たり前だけれど、からの連絡はない。 並んだメールのひとつに、の名前を見つけた。操作する指が止まって、少ししてからそれを開いた。 『この間は無理言ってごめんね。私、いつまででも待つから。』 俺は、一体何がしたいんだろう。 を傷つけて、とはこんな曖昧な状態でいて。 クリスマス、が俺の前から立ち去って、俺はと会うことを選択した。 連絡のあった「ずっと待っている」というメッセージが気になったから。 そしてもうひとつ。彼女に直接伝えようと思っていた言葉があったから。 それは、もう会わないということ。やっぱり付き合うことは出来ないということ。 はの所へ行けと言ったけれど、心配はいらないと言ったけれど、 俺にはどうしても彼女の言葉に従うことは出来なかった。 を傷つけて、無かったことにして、と付き合うなんて出来なかった。 けれど、はまだ俺に連絡を続けていて、いつまでも待つと言う。 どうしてと、今更なんでと、そう思った。 俺がどんなに望んでも、戻ろうとはしてくれなかったのに。 好きで、好きで、大好きで。想いが叶ったとき、どれだけ喜んだか。 一緒にいられないと別れを告げられたとき、どんなにつらくて胸が痛んだか。 もう大丈夫だと思った。吹っ切れると思った。 先に進もうと、進めると思った矢先だったのに。 が大切だった。 彼女が傍にいてくれたことで、どれだけ救われたかわからない。 「話したくなったら話してください。今までと、一緒です。」 「先輩がかっこ悪いのなんてわかってますよ!今更です!」 「いつもみたいに、言いたいことを言ってくれていいです。大人しい先輩なんて、調子が狂っちゃうから。」 一人で抱え込めば抱え込むほどに、嫌な考えばかりが浮かんで。 自分で自分を責めて、だけどそれを誰にも悟られたくなくて、必死で押し隠した。 だけど、彼女はそれさえも受け止めて、それでもいいのだと言ってくれた。 それが、どれだけ嬉しかったか。 「私、根岸先輩のことが好きみたいです。」 「怖くて眠れなかったら、電話してきてもいいですよ?」 「何度でも行きましょう?そのうち思い出すのはその人じゃ無くなります。」 こんな俺に、素直に気持ちを伝えてくれる。 前の彼女のことを知ってても、それでいいって、待っていてくれると笑いながら伝えてくれたを、可愛いと思った。 一緒に笑って、冗談を言い合って、穏やかに流れていく時間は、本当に居心地が良くて。 今はまだのことを忘れることができていなくても、このまま一緒にいれば、彼女を好きになれるのかもしれない。そう思った。 そう、思ってたのに。 の姿を見かけて、頭が真っ白になった。 隣にがいたことも忘れて、姿を隠して、遠くからただ彼女を見ていた。 の気持ちを考える余裕すら無くして。 を可愛いと思った。これからも一緒にいられると、そう思っていた。 でも、俺は。 の姿を見つけたとき、彼女から連絡が来たとき、思ってしまった。 どうして今更とか、俺を振ったくせにとか、自分勝手だろうとか、そういう感情よりも前に "嬉しい"と、思ってしまった。 それからは、の目をまっすぐに見られなくなった。 表面では笑いながら、何でもないって顔をしながら、彼女を裏切っているように思えた。 でも、何も言えなくて。何と言っていいのかわからなくて。 は何でも伝えてくれていいと言ったけれど、どうしても言葉にならなくて。 傷つけたくなくて。嫌われたくなくて。なんて自分勝手なんだろうと、何度も自己嫌悪に陥った。 だから、何も言えなかった。 「私のことが好きですか?」 いつだってまっすぐだったに、曖昧な言葉を返すことなんて出来なかった。 「あの人よりも、好きですか?」 俺の前からいなくなる彼女を、追いかけることすら。 結局俺は、あんなに強くて、優しかった彼女を傷つけることしか出来なかった。 「だから先輩。私は大丈夫。」 あの時の言葉どおり、俺を怒るわけでも、避けるわけでもない。 委員会の編成が変わって、俺たちの接点が無くなっても、見かければ挨拶はするし、笑顔を見せてくれる。 俺も、それに応えるように笑った。 いつもどおりでいようと必死で平静を装って、 張り付いたような笑顔しか見せられない。 そんな自分が、情けなくて、悔しかった。 TOP NEXT |