冬休みが終わり、新学期が始まると、緑化委員会で管理当番の見直しが行われた。
それまで昼休みに当番だった私は、他の人の都合との兼ね合いで、放課後の当番に変更になる。
根岸先輩は部活があるから、そのまま変わらない。定期的に訪れていた、私たちの接点は無くなった。

先輩と話す機会が無くなってしまうことは、やっぱり寂しかった。
でも、先輩に別れを告げて、これからどうやって接していけばいいのかと思っていたから、ほっとしたのも本当で。



委員長が話している中、席の離れた先輩と目が合い、私は笑顔を返す。



もうあんな風に、他愛のない話をすることも、お互いをからかって笑いあうことも、
自分たちの植えた花の成長に感動することも、些細な出来事に幸せを噛みしめることもないけれど。

きっと、それでいいんだ。














幸せの理由














学年も違えば、校舎も違う。
私の日常から、先輩の姿が無くなるのは、あっという間だった。
週に1回、しかもお昼休みという短い時間でも、私にとっては大きなものだったのだと実感する。
今、私たちをつなぐのは、たまに送られてくる他愛のないメールくらいのものだ。

委員会のときに顔を合わせてから、根岸先輩には一度も会っていない。
当然といえば当然だけれど、私自身、男女共用となる場所を避けているからだ。

先輩に会うことも、直接会話をすることも、私は平静でいられる自信がなかった。
表面上は隠せたとしても、何がきっかけで私の気持ちを見透かされてしまうか、わからなかったから。
おかしなことを口走って、先輩を困らせることが嫌だったから。

あの後、先輩と彼女がどうなったのか。
気にならないわけじゃなかったけれど、もう知る必要はない。
接点を失って、私たちの距離は、このまま離れていくんだろう。



まだ胸は痛むけど、これが私の選んだ結末。



あとは時間が解決してくれる。

























「俺は別にお前らを壊してやろうとか思ってたわけじゃないよ?」

「はあ・・・。」

「うだうだしてないで、とっとと決着つけろとかは思ってたけどさ。」





ファーストフード店で、私は予想外の人と向き合っていた。
根岸先輩にすら会うことも無くなったのに、どうしてこんなことになったのか。





「・・・中西先輩。部活はどうしたんですか?」

「急遽休みになったんだよね。新しいスパイクでも見に行こうかと思ってたら、可愛い後輩見かけたから。ちょっとからかおっかなって。」

「つまり暇だったんですね。」

「まあいいじゃん。遊んでよ。」





学校からの帰り道、予想外の人物に笑顔で引き止められ、強引にファーストフード店まで連れていかれた。
突然のことになすがままになっている私などお構いなしに、中西先輩は適当なものを注文し、私をテーブルに座らせる。

そういえばクリスマス前に電話をかけて、根岸先輩のことを聞いて、そのままだった。
この人も当然、根岸先輩とのことは知っているだろう。今更私と話すことなどないように思えるけれど。
多少けしかけられた部分があるとはいえ、電話までして根岸先輩のことを教えてもらった手前、邪険にすることも出来ない。





さん、結構普通だよね。」

「そうですね。」

「俺が余計なこと言わなければって思ってないの?」

「・・・・・・思って、ない、です。」

「うわあ、説得力ねえー。」





正直、根岸先輩とのことを、まだ触れられたくはなかった。
でも、この人の飄々とした性格のせいか、思った以上に冷静に話が出来ていた。
感情のすべてを隠しきる、というのはやっぱり難しかったけれど。





「俺としては、さんを奮起させるために、せっついたってところだったんだけど?」

「期待に応えられなかったですね。」

「なんか面倒そうに答えるな。ちゃんと俺の本心だよ?」

「・・・。」

「自分の都合で男を振った女と、それを知ってても振り向かせようとする女なら、後者を応援したくなるってもんでしょ。」

「・・・じゃあ、なんでわざわざ根岸先輩と彼女のことを教えにきたんですか?」





初対面である私にわざわざ会いにきて、私を挑発するような態度をとっていた理由。
おそらく友達である根岸先輩のためだったのだろうと思っていたけれど、本当のところはどうなのだろう。





「とっとと決着をつけてほしかったから。」

「・・・え?」

「あいつ、単純だって言っただろ?ちょっとしたことですぐ落ち込むし、まあ復活も早いんだけど。
でも、彼女のことは相当堪えたらしくてさ、割と・・・部活の方にも影響してたんだよな。」

「・・・それは、知ってます。」

「でも、さんと一緒にいることで、彼女のこと考える機会も少なくなって、元のあいつに戻ってはいったんだけどさ。
結局また彼女を見かけて、ぐるぐる悩みだして、一人でぼーっとすることも多くなってた。」

「・・・。」

「しばらくはほっておいたけど、さすがにうざくなってきたから、少しだけちょっかいかけてやろうと思って。」

「・・・それで、私に声をかけたんですか。」

「予想以上に察しの良い子だって思ったよ。根岸の様子がおかしいことも気づいてて、その原因も予想がついてて。
俺のほんの数言で行動にうつすなんて思わなかったし。」





うざいだなんて言っているけれど、中西先輩は先輩なりに、根岸先輩のことを心配していたんだろう。ほっておけなかったんだろう。
恋愛感情に左右されて、今まで続けてきたものが影響されるなんて、私だって嫌だし、先輩にそうなってほしくはない。





「正直、どっちと別れても、くっついても良いと思ってた。
だから、どちらにせよ一番てっとりばやいと思ったさんをけしかけた。」

「・・・。」

「軽蔑した?」

「・・・いいえ。」

「別に今更隠さなくたっていいよ。」





確かに中西先輩が何も言わなければ、私は動かなかったかもしれない。
あんなに悲しい思いをして、先輩との関係を崩さずに済んだのかもしれない。

でも、あのままだったら私は。





「中西先輩が何もしなくても、いつかはこうなってた気がします。」

「え?」

「私、根岸先輩の様子がおかしいことも、前の彼女が忘れられていないことも、わかってました。
わかってて、知らない振りをしてたんです。そうすれば、根岸先輩は私を突き放すことはないって知ってたから。」

「・・・。」

「でも、根岸先輩の中で、前の恋は終わっていなくて。
私を突き放すことはなくても、本当の意味で私を好きになってくれることはなかったのかもしれない。」
そんな風に不安を持ったまま先輩の傍にい続けるなんて、私にはきっと出来なかった。」





先輩の中から彼女がいなくなるまで。いくらでも頑張ろうと思ってた。
だけど、薄れてきた、いなくなったと思うたびに、実感させられた。あまりにも大きな存在。
どれだけ傍にいても、たった一度、あの人の姿を見ただけで、先輩の心をすべて攫ってしまうように。







「気づかなければよかった。先輩の気持ちなんて、わからなければよかったです。」







何も知らなければ。気づかなければ。
私はきっと、優しい先輩が笑ってくれることで、傍にいてくれることで満足できて。
いつまでもあまい夢を見ていられた。彼女のことなんてもう忘れたと、私の方に振り向いてくれたのだと。



胸はまだ痛む。でも、不思議と後悔はしていない。





「彼女の話を聞いたのは中西先輩からですけど、どうするかを決めたのは私自身です。」

「・・・。」

「だから、先輩のせいだとも思わないし、軽蔑だってしません。」





中西先輩がぽかんとした顔で私を見ていた。
先輩のこんな表情は初めて見る。とは言っても、こうして顔をあわせたことも数えるほどしかないけれど。





「・・・っ・・・ふはっ・・・」

「ふは?」

「確かにこれは・・・ネギにはもったいないわ。」

「・・・中西先輩?」





吹き出すように笑って、テーブルにひじをついて、私を見つめた。
どうしたのかと首をかしげてみても、先輩は何も言わずに笑っているだけだった。





「俺、次こそ本気でさんを応援したくなっちゃった。」

「・・・先輩の応援は、あまりいい思い出がないので結構です。」

「うわーひどーい。」

「冗談は置いといて、先輩、買い物に出てきたんでしょう?
時間も時間だし、そろそろ出ませんか?私ももう帰りますし。」





中西先輩は私の反応を見てつまらなそうにしながらも、席から立ち上がって、一緒に店を出た。
分かれ道に差し掛かって、お互い別の道へ歩いていこうとしたところで、中西先輩が私の腕を引く。





「ネギのこと、聞かないの?」

「・・・。」





あれから先輩がどうしているのか。気にならないと言ったら、それは嘘になる。だけど、私にはもう必要のないことだ。
これ以上、先輩のことを思えば、私自身も前に進めないし、先輩にだって迷惑をかけてしまうかもしれない。





「聞きません。」





だから、迷うことはなかった。
そんな私に、中西先輩も拍子抜けしていたけれど、すぐに笑顔に戻る。





「いいんだ?」

「はい。」

「潔いねえ。」

「はい。」





そのまま中西先輩とは別れ、帰路につく。



根岸先輩のことを、そして自分の思っていたことを、多少なりとも口にしたことで、重苦しかった気持ちが軽くなった気がした。
やっぱりまだ、胸は痛むけれど。



少しずつ、この痛みが無くなっていけばいい。



そうして先輩へ向けるこの気持ちが、少しずつでも、穏やかで温かいものへ戻っていけばいい。



先輩の幸せをただ純粋に願っていた、あの頃のように。








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