始めは中西先輩じゃなく、根岸先輩から直接聞こうと思った。 でも、先輩は私を傷つけるとわかっていたら、絶対に言わないだろう。 だから、あんな風に一人でつらそうな表情を浮かべていた。 『よりを戻そうって言われてるらしい。』 本当は、少しだけ期待もあった。 この間言ったことは、からかうための嘘だったとか、勘違いだったとか。 『ネギは何度も断ってたみたいだけど。』 連絡はきてても、根岸先輩は気になんてしてなくて。 もう彼女のことは吹っ切ったみたいだって。 「・・・どうして、ですか?」 『さんはなんでだと思う?』 根岸先輩が脳裏に浮かべていたのは、きっと私のこと。 けれど、それはきっと、彼女が吹っ切れたとか、私を選んでくれたとか、そんな甘いものじゃない。 明確な言葉なんてなくても、その答えを私はずっと目の当たりにしている。 幸せの理由 街の中は色とりどりのイルミネーションに囲まれて。 赤い服を着て風船を配るサンタとトナカイ。集まってくる子供たち。 陽気で軽快な音楽が響き渡る。歩く人たちは皆幸せそうに笑いあって、今日という日を楽しんでる。 待ち合わせに指定した駅前のベンチで、私は根岸先輩が来るのを待っていた。 『あいつは単純バカだから、いろんなことを一遍に考えられないんだよ。』 中西先輩と話してから、クリスマスの間まで、ずっと考えていた。 私は何をすべきか、先輩に何を伝えるべきか。 『気持ち切り替えようって気はあったんだろうけど。だからさんとも会ってたんだろうし。』 どうして何も言ってくれなかったのかって、怒ってもよかったのかもしれない。 それとも、やっぱり何も聞かずに、何も知らない振りをしたまま、傍にいることだって出来た。 『突然のことに弱いんだよなー。忘れられたと思ってたのに思わぬところで彼女を見かけて、ぐらついたんじゃない?』 付き合ってはいなくても、根岸先輩の性格上、私という存在があるまま、前の彼女の元へは戻らない。 何もきっかけがなければ、私が今までどおりに接していれば。彼女からの誘いだって、断り続けてくれるだろう。 『自分が悪かったって、寂しくてどうしようもなかったって、泣くんだって。 あっちから一方的に振ったっていうのに、女って怖いよなあ?』 そうだ。根岸先輩はあんなに彼女を好きだったのに。 会えないから寂しいから別れるなんて、別の人と付き合うなんて、甘えた考えで。 どんな事情があったとしても、あの人は根岸先輩を傷つけた。 それなのに今更、都合が良すぎる。そんな人、別れてよかったじゃない。 だから、私があの人を助けるような行動に出る必要なんてない。 根岸先輩だって、今はつらそうにしてても、会わないうちに、断り続けているうちに、あの人のことはきっと忘れてくれる。 そうしていつか、私のことを好きになってくれれば、それでいいんだ。 「!お待たせ!」 そう、思った。 何度も、何度も、繰り返した。 知らない振りをすればいい。 何もしなければいい。 そうすれば、私を突き放すことの出来ない先輩が、離れていくことはない。 「さっむいなー。ツリー見に行く前に、どっか入る?」 だけど、何度繰り返し思っても、 自分の行動を正当化しようとしても、 どうしてだろう。これからの私たちが想像できない。 今までどおり、笑いながら話していても、どこかに違和感を感じて。 近くにいても、笑っていても、その存在はきっとどんどん遠くなっていく。 そんな光景ばかりが、頭をよぎった。 「・・・?どうかした?」 私の中で、とっくに答えは出ていたんだ。 ただ、気づかなかっただけ。 気づきたくなかっただけ。 頼りになるって、優しいって、頭を撫でながら褒めてくれるから。 一緒にでかけて、今日は楽しかったって言ってくれるから。 ありがとう、って笑ってくれるから。 一緒にいるのに、自分だけが嬉しくて、自分だけが幸せで、 そんなんじゃ意味なんてない。 「根岸先輩。」 「ん?」 「他に、行くところがあるんじゃないですか?」 「・・・え?」 『クリスマス、ネギと会うんだって?』 「・・・はい。」 『しっかり捕まえといた方がいいよ。』 心に何かが引っかかって、それを残したまま、笑顔で私と過ごすなんて器用なこと、先輩には出来ない。 私の存在が引っかかって、好きな人の言葉を避け続けているように。 「さんが待ってるんでしょう?」 「・・・な、どうして・・・」 「私のことなら心配いらないから、行ってきてください。」 「なんで知って・・・って、いや、ちょっと待てって!確かにから連絡はあったけど、俺は・・・」 「断ってるのも知ってます。でも・・・」 もっと前からわかっていたくせに。 こうなる予感だってあったくせに。 「でもそれは、先輩の本心じゃないでしょう?」 「!」 認めたくなくて、知らない振りをした。 自分が傷つきたくなくて、逃げ続けた。 「私、根岸先輩が好きでした。」 「っ・・・」 「先輩の幸せそうな姿を見てたら、私も幸せになれる気がして。」 「それなら・・・なんで・・・」 バカみたい。 今日はクリスマスで、街のイルミネーションが綺麗で、軽快な音楽が鳴り響いて。 皆が楽しそうに、幸せそうに、笑いあうような日で。わざわざこんな日に伝えなくてもよかったじゃない。 もっと早く、この日が来る前に、電話でもメールでもして、伝えてしまえばよかったのに。 何の行動も出来ずに、考えて、悩んで、迷い続けたまま、今日を迎えた。 わかりきった結末なのに、それが怖くて、ほんの少しの可能性に縋り続けていた。 「不思議ですけど、つらくないんです。」 「・・・。」 「いつも笑ってる先輩が落ち込んでて、力になりたい。それが最初のきっかけで。 話せば話すたびに、先輩のいいところが見えてきて。」 「・・・、」 「私は、先輩の力になりたかった。きっとそれが一番大きかった。 だから、このまま先輩が離れていっても、幸せに笑っててくれるなら、嬉しいってそう思うんです。」 「!」 「好きだって言いながら、本当はちょっと同情だったのかも。」 私は初めから、先輩の幸せそうな姿に惹かれていたから。 つらそうに、悲しそうにしてる先輩を、私が幸せにしてあげられたらと思っていたから。 自分のドロドロした気持ちより、いやだって離れたくないって思う気持ちよりも、もっとずっと前から持ち続けていた想い。 それは、嘘じゃない。 「だから先輩。私は大丈夫。」 「ちょっと待てよ・・・!俺は・・・」 たとえばここで、前の彼女よりもお前が好きだって、そう言ってくれたなら。そんなことを考えもした。 だけど、先輩は言葉に詰まって、つらそうな表情を浮かべて、唇を噛みしめる。 きっと、私のことを思ってくれている。 私を悲しませないように、傷つけないように、言葉に迷って、行動を選んで。 先輩の優しさは、時に残酷で。 それでも、その優しさに何度も救われた。 だからこそ私は、 「私のこと、好きですか?」 「!」 「あの人よりも、好きですか?」 何かをせずにいられなかったの。 バカみたいって思っても、結末がつらいものだとわかっても、 それが、自分自身の心に反したものになってしまっても。 「あはは、先輩は相変わらず嘘がつけませんよね?」 「っ・・・」 「今まで、ありがとうございました。」 大丈夫。 私は笑っていられる。 笑って、伝えられる。 「さよなら、根岸先輩。」 後ろを決して振り向かずに、眩しいくらいのイルミネーションの中を私は歩き続けた。 様々な色が点滅して、たくさんの音楽が流れているのに、私の中には何も入ってこなかった。 「・・・・・・」 歩けば歩くたびに視界がぼやけて。いつしか前も見えなくなった。 「・・・・・っ・・・く・・・」 嫌だった。 何も知らない振りをしていたかった。 日に日に強くなっていく想いを、先輩との時間を終わりにしたくなかった。 先輩のことを傷つけた人に、渡したくなんてなかった。 苦しくて、苦しくて、胸がしめつけられるような こんな痛みを、知りたくなんてなかった。 「・・・ふ・・・うああっ・・・うう・・・・・・うああああんっ・・・」 この気持ちは同情なのかもしれない。そんな風に考えたこともある。 先輩の姿を見て、元気をもらっていたことは確かで。だから、落ち込んでいる先輩をほっておけなかった。 でも、一緒に過ごしていく時間が増えるほどに、もっと貴方の傍にいたくなった。 そう思えば思うほどに、この幸せを手放すことが怖くなり臆病になった。 些細な出来事に喜んで、その後の何気ない一言で落ち込んで。 先輩から見れば、私の感情は読みにくかったかもしれないけれど、振り回されていたのはきっと、いつも私だった。 いつの間にか貴方の存在はこんなにも大きくなっていた。 間違いでも、同情でもない。 誰かを想って、こんなにも感情が揺さぶられたことなんてない。 私は確かに貴方に惹かれ、恋をしていた。 貴方のことが、大好きだったんです。 TOP NEXT |