「先輩、クリスマスですけど、ここのツリーを見に行きませんか?」

「おおーすっげー派手!」

「毎年ライトのデザインや趣向が変わるらしいですよ。」





持ってきた雑誌を先輩の隣で広げ、煌びやかな写真が載ったページを指差す。
そこは毎年、大きなクリスマスツリーが色鮮やかにライトアップされ、クリスマスデートの定番とも言える場所。





「そうだ。部活は大丈夫ですか?」

「確認済み。練習は夕方までだから、ライトアップされる時間には余裕で間に合う。」





根岸先輩は何も言わない。
前の彼女と会って、あんなに動揺してたのに、私にそのときの話をすることはなかった。
気を遣ってくれているのかもしれない。私に嫌な思いをさせまいとしてるのかもしれない。

・・・でも、私は話してくれていいって言ったのに?
その私の言葉に応えるように、今までは彼女のことだって話してくれていたのに?

前の彼女の話なんて聞きたくないくせに。
何も話してくれない先輩にたいして、不満を持つなんて矛盾してる。





「元カノから連絡が来てる。」





中西先輩の言葉が浮かんだ。



私はその真偽を確かめることもせずに、何も知らない振りをし続けた。













幸せの理由















「そういやこの間はびびったよなー。いきなり中西がいるんだもん。」





中西先輩の言葉が、嘘か本当かなんてわからない。
単に私をからかっただけなのかもしれない。根岸先輩だってよく言ってるじゃない。
中西が俺をからかうだとか、いじめるだとか、ひどい奴だとか。





「大丈夫だったか?なんか変なこと言われなかった?」





つかみどころのなさそうな人だったし、私の反応を面白がっていたのかもしれない。
根岸先輩は他のサッカー部の人と違って、目立って極端にモテたりはしないし、浮いた話もほとんどない。
そんな根岸先輩に対して、他に好きな人がいると知っていながら、気持ちを隠そうとしない後輩の存在に、興味が沸いただけだろう。





「・・・そうですね。別に何も。世間話してたくらいですね。」

「世間話って?」

「お互い大変だね、みたいな?」

「え?お前ら何か共通点あったっけ?」

「共通の知り合いがいます。」

「誰?」

「根岸先輩。」

「え、え?大変なのと俺が共通の知り合いなのと関係あんの?」

「わからなかったらいいです。」

「おい!ちょっと意味深な言い方してないで、きちんと先輩に説明しなさ・・・っと。びびった携帯か・・・。」





でも、最近の先輩の様子がおかしいのは、間違いなくて。





「携帯、確認しなくていいんですか?」

「え?うん、後で確認するし。」





私と一緒にいるとき、携帯の着信が聞こえることが多くなった。
マナーモードにしていることもあったけれど、先輩は反射でそれを取り出して、けれどすぐにしまう。





『先輩、最近おかしいですね?』

『私のことは気にしないで、電話出てくれてもいいのに。』

『最近ときどき、疲れた表情してません?』

『私を気遣ってるつもりならお門違いです。気になるから話してください。』





以前の私なら、躊躇無く聞くことが出来た。
けれど、今の私は何も言葉にならなくて。何も聞けなかった。言えなかった。

怖かった。
ふとした一言が、私たちの関係を崩してしまうんじゃないかって。
踏み込んでいけばいくほど、先輩の心に残る人を実感して、離れていってしまうんじゃないかって。



先輩の心が知りたかった。何も隠してほしくなかった。



それなのに。














表面上は何も変わらないまま、冬休みも直前になった。
休みに入る前に借りていた本を返そうと、図書室へと向かう。

人はほとんどいなかったけれど、本棚に隠れた窓際に見知った姿を見つけた。根岸先輩だ。
窓から外を眺めて、ぼんやりとしている。そして疲れたようにため息を漏らした。
根岸先輩は感情を表に出すことが多いけれど、笑って、怒って、落ち込んで、それはいつも大げさなくらいで。
だからこんな風に一人で遠くを見て、落ち込んでいるような姿を前にすると、少し戸惑ってしまう。

声をかけようか迷っていたところで、先輩の携帯に着信があったようだ。
振動に気づき、先輩はポケットから携帯を取り出し、少し迷ったように携帯を見つめた。
けれどすぐに顔を上げて、足早に図書室から出て行き、廊下の端で携帯を取った。





「もしもし。」





トーンの低い声で、電話に出る。
わざわざ追いかけて聞き耳を立てるなんて、格好悪いし性格も悪いってわかっていたけれど、体は自然と動いていた。





「・・・だから、無理なんだって。連絡されてもどうにもなんないよ。」





やっぱり、相手は予想通りの人なんだろう。
無理、と言いながらも、先輩の迷いも戸惑いも見てとれる。





「・・・なんでって・・・それは・・・」





先輩は後ろを向いていて、表情なんて全然わからないのに。
どんな顔をしているのか、わかってしまう。





「・・・今更・・・っ・・・俺にどうしろっていうんだよ!!」





余裕なんて全然なく、叫ぶように言葉をぶつけて、そのまま電話を切った。
電話を見つめて、大きくため息をつくと、携帯をポケットにしまった。

ようやく見えた先輩の表情は、悔しそうでもあり、ひどく悲しんでいるようでもあった。



胸がズキズキと痛んだ。
言葉にしたいのに、すべてを吐き出してしまいたいのに、声にならない。















!彼女の話、聞きたい!?」

「そうそう、すっげえ怖かった!でも楽しかった!」

、植物が好きなんだ。だから俺、緑化委員になったんだよね。」







いつも人に囲まれて、騒がしくて、明るくて。
本当に大好きな人がいて、好きが溢れて自然と笑顔が零れていた、幸せな時間。







「彼女と、別れた。」

「やめろよ、そういうこと言うの。」

「お前が優しいから。甘えちゃってるの。」







誰かを想って、想いすぎて。その存在がいなくなったことが、寂しくてつらくて。
いつもの明るい表情で覆い隠すことすらできなくなっていたあの時。





なににだって必死で一生懸命で、人を好きになることにも全力で、だからきっと、あんなにも幸せそうだった。
それほどに想っていたからこそ、あんなにもつらくて、苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。





私はどちらの先輩も知っていて、だからこそ、あんなに悲しそうにしていてほしくなかった。
見ているだけだったはずの私の胸が締め付けられるように、痛くて切なかった。





嫌だった。そんな先輩を見ていたくなかった。





昔のように、出会ったときのように、幸せそうに笑う先輩が見たかった。





私の想いは、そこから始まっていたのに。





私は先輩がその場からいなくなるまで、声をかけることも、動くことすら出来なかった。





























冬休みに入って、私は自分の携帯を手にして、深呼吸をする。
この間、半ば強引に教えられた番号。アドレス帳を確認して、発信ボタンを押した。





『もしもし。』

「こんにちは。」





その相手は、根岸先輩ではなく。





『どうしたの?さん。』

「聞きたいことがあるんです。中西先輩。」





この間、話したばかりの中西先輩。
面白そうに笑いながら、先輩の言うことは、私の心の中をかき乱すようなことばかりだった。





「あいつ、面倒だろ?」

「何も考えず突っ走ってネギに付きまとってるわけじゃなかったのか。」

「最近のネギ見てたら、噂の健気な後輩はどんな子なのかなーって思ってさ。」





でも、中西先輩の言っていることは、すべて本当だったのかもしれない。先輩との会話を何度も思い返して、そう思った。
初対面なのに、わざわざあんな場所に来て、人を試すような言葉ばかりを並べて。その理由が暇つぶしだなんてやっぱり納得できなかった。

中西先輩のわかりづらい言葉の中に見え隠れするもの。根岸先輩を心配しての行動だと思えば納得がいく。
私と違って、クラスも部活も同じで四六時中一緒にいる。私が図書室で見たような先輩を何度も見てるのかもしれない。
そんな先輩の様子を見かねて、私の元へやってきたんだとしたら?





『俺から聞いちゃっていいんだ?』

「はい。」





先輩なのに、どこか頼りなくて、心配で、ほっておけなくて。

始めは惚気ばかりで、人の話なんて聞かなくて、笑っちゃうくらいにポジティブで。
面倒だと何度思っても、結局いつだって最後まで話を聞いてしまう。
呆れた顔をしながら、幸せそうな先輩を見ていることが、好きだった。





だから先輩。そんな顔をしないで。



困らせるつもりも、苦しませるつもりもなかった。



先輩を悩ませるために、気持ちを告げたわけじゃない。



私は貴方に笑っていてほしかった。



ただ、それだけだったの。








TOP NEXT