「先輩、予想以上においしいんですけど・・・!」 「そうなんだよ!ここのケーキってめっちゃうまいの! カップル専用みたいな雰囲気になってるのが惜しいんだよなー。」 「恋人がいなくなった時点で、入店拒否された気がしますよね。」 「そうなんだよ。二重でつらいの。」 「まさにそんな実体験をした人がここに。」 「冷静に人の傷えぐるのやめてくれる!?」 カップルばかりが集まる店にも、一緒に来てくれた。 これからやってくる、クリスマスの約束も取り付けることが出来た。 「あ、でもおまけは初めて見る。」 「おまけがない時期もありますし、特定のセット頼まないともらえないですからね。」 「色違いのキーホルダーか。」 「シンプルで良くないですか?ちょっと可愛いし。」 「まあ、これなら確かに男がつけてても・・・」 「・・・。」 「・・・。」 前の彼女の話が出てきても、妙な空気にもならない。 先輩も、私自身も、そんなことなんでもないように、自然に話が出来ている気がした。 「お揃いでつけますか?」 「え、や、そ、それはちょっと・・・?」 大きな変化がなくても、傍目にはいつもどおりでも。 ほんの些細なことが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。 それに応えるように、目の前の先輩も笑って。 そんな風に過ぎていく何気ない時間は、温かくて、少しだけくすぐったい。 幸せの理由 「まあ先輩が嬉々としてつけてくれるとか期待してなかったですけど。」 「うむ。さすが、よくわかってらっしゃる。さすがに俺、ちょっと恥ずかしいです。」 「私は鞄につけておこうっと。先輩も気が向いたら何かに使ってください。」 「おう。」 「お揃いでつけてくれるの、待ってます。」 「おう!?」 「先輩、顔、顔。」 「っ・・・げほ、ごほっ!お、お前がまた突然不意打ちするから・・・!」 「冗談なのに。」 「・・・冗談?」 「半分くらいは。」 「そ、そっか・・・半分ね、半分!」 私は先輩への気持ちを汐らしく隠したりはしていないけれど、こういうのが慣れていないっていう先輩のために、 割とオブラートに包んでいるつもりなんだけどなあ。 そもそも私だって、誰かにたいしてこんなにはっきり好意を伝えたことなんてないし、経験で言えば先輩の方が豊富なはずなのに。 先輩はいつまで経っても、初々しいというか、面白い反応を返してくれる。 「っ!!根岸先輩!」 「な、なんだ!?」 「・・・メニューのここ、限定フルーツパフェがあります。」 「・・・え?」 「これは食べとかないと!」 「まだ食べんの!?」 「だって限定パフェですよ!?」 「・・・、もしかしてさあ。」 「はい?」 「甘いもの、結構好き?」 「そうですね、割と。」 「割とって態度じゃねえし!めっちゃテンションあがってんじゃん!」 「そんなことは些細な問題ですよ。」 ずっと来たかったお店の限定キーホルダーをもらって、おいしいケーキを食べて、 さらには色とりどりのフルーツが乗った限定パフェを頬張って。 カップルだらけの店って聞いて躊躇したけど、やっぱり来てよかった。 「・・・ははっ!」 「どうしたんですか?突然笑い出して。」 「やっぱりお前って面白いよな。」 「だから先輩に言われたくないですってば。」 「あと、食べ物をすごい美味そうに食べる。」 「美味しいですからね。」 「甘いもの好きだとは思ってたけど、これほど目がないとは思わなかったわ。」 「なんか、若干引いてません?」 「ううん、俺、そういうの好きだよ。」 人のことを不意打ちだ、照れるだなんて言うくせに、自分だって結構天然で殺し文句言ってること、気づいてるのかな。 でも私は先輩よりも感情を隠すのが得意だから。パフェに夢中なフリをして、赤くなった顔を隠した。 いい食いっぷりだなーなんて笑いながら私を見る先輩に、あがり続ける自分の熱は治まりそうにない。 「先輩、それって寮の部屋の鍵ですか?なにじっと見てるんですか?」 「いや、この鍵なにもつけてないし、なにかつけよっかなーって思って。」 「・・・。」 「・・・。」 「・・・ふはっ、別に気遣って使ってくれようとしなくてもいいですよ!」 「ちがーう!気遣うとかじゃなくて、丁度いいなって思っただけ!」 「っ・・・そうですよね。鍵にキーホルダーをつけておくのって無くさないためにも大切です。」 「そうそう、そうだよ。だから・・・」 「・・・先輩?」 鍵とキーホルダーを手にもったまま、先輩の言葉が止まった。 どうしたのかと見上げると、その視線は私の後ろへ向かっている。 「先輩、どうかし・・・っきゃ!」 その視線を追おうとして、振り向こうとした瞬間、腕を引っ張られそのまま目の前にあった細い道に入った。 先輩は動揺しており、視線をうろうろ彷徨わせながら、無意識に息を整えていた。 私がその行動の意味を問うよりも前に、入り込んだ道から、先ほど私たちがいた場所を覗き込んでいた。 「先輩?」 私の言葉なんて聞こえていないように。 先輩はただ一点を見つめていた。その視線の先には二人の男女。 私はその二人を見たことがなかった。だから、先輩がどうしてこんなに動揺しているのか、わからなかった。 わからない、はずだった。 別の学校の制服。ショートカットで活発そうな姿。 鞄にいくつかつけられている可愛いキャラ物のキーホルダーやストラップ。 そんな子はいくらだっている。だけど、私が思い当たるのは一人だけ。 だってこんなにも先輩の心を揺さぶるのは、きっとその人しかいないから。 「根岸先輩。」 もう一度、名前を呼んだ。それでも先輩は振り向かない。 女の子の隣には、スポーツバッグを背負った男の人。 何かを話してはいるけれど、その会話は聞こえない。 それでも、根岸先輩はずっと二人を見たまま動かなかった。 先輩の気持ちは知っていた。理解だってしていた。私はそれでいいって言ったんだ。 そんなの、知ってるって。わかってるって。私は私で頑張るんだって。 先輩は私と一緒に出かけてくれるようになった。 私の前ではかっこつけたりしないで、弱い部分だって見せてくれる。 いい後輩だって、優しい奴だって、そう言ってくれる。 一緒に、笑ってくれる。 「根岸先輩!」 私の声に驚いて体を揺らして、ようやく先輩はこちらを振り向いた。 動揺したまま、視線を泳がせて、何かを誤魔化すように笑った。 「わ、悪い。あんまりいきなりすぎて、びっくりした・・・。」 「・・・どうしたんですか?」 知ってるくせに。わかってるくせに。 何も知らない振りをして。何も気づいていない振りをして。 「今、歩いてたの、前の・・・彼女。」 今までどおりでよかった。 その中で起きる、些細な変化に胸を躍らせた。 先輩と一緒にいられることが、ただ嬉しかった。 小さな幸せを噛みしめながら、これからの私たちを想像した。 けれど、わかっている振りをしていても、理解のある後輩の振りをしていても、それが真実になるわけじゃない。 現実を目の当たりにして、思ってた以上に実感させられる。 時間が経っても、どれだけ一緒に過ごしても、 先輩の好きな人は、今も変わらず彼の心の中にいるのだと。 TOP NEXT |