あれから根岸先輩とは、何度か一緒に出かけてる。 先輩の部活が忙しいのは相変わらずだったけれど、部活をしていない私は予定を合わせることが出来たし、週に1度、委員会の仕事で一緒にもなる。 「先輩、この間サッカー部に取材きてました?」 「え?何で知ってんの?」 「そりゃ知ってますよ。同じ学校ですし、女子校舎での方が大きく騒がれてたんじゃないかな。」 「まあ俺は何もしてませんけどね!インタビューも受けてないしー。」 「俺はって・・・ああ、渋沢先輩とか、藤代先輩とか?」 「どうせ俺にはあんなスター性もないしモテねえよ!」 「なんでそんなに卑屈になってるんですか・・・。」 その間、何か特別なことが起こったわけじゃない。 私たちの関係が進展したわけでもない。 ただ、私の思い上がりでなければ。 「私は根岸先輩の方が話しやすいし、親しみやすくていいけどなあ。」 「・・・それって褒められてんの?」 「もちろん。」 「・・・へー、ふーん。」 「先輩、顔が赤いですよ?」 「何言ってんの?別にそんなことねえし!」 少しずつではあるけれど、先輩の傍にいることが、自然になったように思えた。 幸せの理由 「根岸先輩。お願いがあるんですけど。」 「なに?」 「このお店、一緒に行ってくれません?」 持ってきた雑誌に載っている、話題のカフェを指差した。 そこにある写真にはシンプルで可愛らしいお店の外観が映っている。 「知ってます?ここで期間限定のセットを頼むと、おまけのグッズがもらえるんです。」 「・・・あ、ああ。うん。」 「それでこの間、友達と一緒にお店に入ろうとしたんですけど、お店が混んでて。 並んで待ってたんですけど、すごく居づらくて入る前に帰ってきちゃったんですよね。」 「ああ、見渡す限りカップルばっかりだもんな。」 「あれ?詳しいですね。」 「・・・・・・と行ったから。」 「・・・なるほど。」 雑誌にも恋人同士でお揃いのもの、とか、二人で是非どうぞ、とか、いかにもカップル向けのように書かれてはあったけれど、 まさか本当に同性同士で来てる人が見当たらないとは思わなかった。 私と先輩は恋人というわけではないけれど、せっかくだから行ってみたいというのもあったし、 周りのカップルの雰囲気に飲み込まれて、少し進展したりしないかな、なんて打算もあった。 でも、先輩は行ったことがあるのか。しかも前の彼女と。 この辺じゃ有名なスポットだったから、当たり前といえば当たり前だけれど。 「お店を知ってるなら話が早い。一緒に行きましょうよ。」 「だから俺は行けな・・・って、え!?」 「別に以前行ったことがあるってだけじゃないですか。なんで避ける必要があるんですか?」 「いや、だって、お前、嫌じゃないの?」 「・・・根岸先輩。」 「な、なに?」 何度か先輩と出かけて、わかったことがある。 先輩は以前に彼女と行った場所や、思い出してしまうような繋がりのある場所は避けて通ろうとする。 それはきっと、私に気を遣ってのことだろう。私が嫌な思いをしないように。 けれど、そんなの今更だ。 私がどれだけ先輩の彼女の話を聞いてきたと思ってるの。 「先輩が私に気を遣ってくれてるのはわかります。 でも、そうやって前の彼女をいつまでも気にしてたら、どこにも行けなくなっちゃいます。」 「それは・・・」 「私は先輩と出かけられるの、嬉しいです。どこへ行こうとも、嫌だなんて思いません。」 「・・・。」 「それでも先輩が前の彼女を思い出してしまうのなら・・・」 先輩と一緒にいられる時間が増えた。 緊張は徐々に解け、今までどおりに話せていることが嬉しかった。 このままでいいと、少しずつでいいと思っていた気持ちは、変化し始めて。 過ごしていくうちに、欲が出て、その気持ちは行動に、言葉に現れる。 「何度でも行きましょう?そのうち思い出すのはその人じゃ無くなります。」 自分に自信があるわけでもないのに。 前の彼女より、自分の存在が大きくなったわけでもないのに。 それでも、大きくなっていく気持ちを止めることはできない。 知れば知るほどに、もっと近づきたくなるんだ。 「・・・。」 「なんですか?」 「なんでお前ってそんなにかっこいいの?」 「別にかっこよくないです。」 「もー!そんなこと言われたら、男の俺の立場ないんですけどー!」 「・・・別に先輩にはかっこよさを求めてないですよ?」 「そのフォローおかしいし!」 本気で悔しがってるように見える先輩に、なんと声をかけて良いやら悩んでいると 先輩は恨みがましい目でこちらを見上げる。 そして私が困っているのに気づくと、一瞬驚いた後、小さく吹きだした。 「そんじゃ、行くか。」 「あ・・・行ってくれるんですか?」 「お前にそこまで言われて、行かないなんて情けない真似できるか!」 「そこを張り合わなくても・・・。」 私にしては結構思い切ったことを言ったつもりだったんだけど、まさか格好良さを羨ましがられるとは思わなかった。 あわよくば、私の言葉で少しは良い雰囲気になったりしないかと思っていたんだけど・・・また失敗だ。 どうやら私は恋愛の駆け引きっていうのは向いていないらしい。 「・・・別に、それだけでもないけど、さ。」 「先輩?」 「なーんでもない。」 用具を片付しに後ろを向いてしまった先輩が、どんな表情をしているかはわからなかった。 けれど、張り合う以外の理由が出来たって、そう思ってもいいのだろうか。 「根岸先輩!」 「なに?」 「せっかくなので、もうひとつ、お願いしていいですか?」 それがいい意味か悪い意味かもわからないのに、望みは大きくなって。 「クリスマス、一緒に過ごしませんか?」 「先輩と彼女って、いつから付き合いだしたんでしたっけ?」 「あれは去年の12月・・・雪でも降りそうな寒い日。クリスマスも直前の・・・」 先輩と彼女が付き合いだしたと聞いたのは、クリスマスの直前。 もうすぐ同じ季節がやってくる。きっと先輩にとって、忘れられない思い出のひとつ。 ただ一緒に出かけるのとは、わけが違う。 特別なイベント。特別な日。この日に一緒に過ごすことが出来たなら。 先輩は驚いた表情を浮かべたけれど、視線は私を見つめたままだ。 何かを言おうとしては、言葉にならず、迷うように何度も唇を噛みしめた。 「どこ行きたいか、考えといて。」 迷うとか、考えさせてくれとか、言われるのかと思っていた。 予想外の早い返答に、私は唖然としてしまって。ポカンとした表情で先輩を見上げた。 「がそんな顔すんの、珍しいな?」 照れたように笑って。いつものように、私の頭に手を乗せる。 胸が苦しくなった。泣きたくなって、何も喋れなくなった。 でもそれは以前とは違う。 同時に感じる幸せと、こみ上げる温かな感覚。 私はこのまま先輩の傍にいられるだろうか。 先輩の幸せそうな笑顔を、もう一度見ることはできるだろうか。 先輩がその場からいなくなっても、心臓の鼓動が治まらなかった。 これから先もきっとうまくいくと、確信にも似た期待が、大きくなっていく。 そのときはただ嬉しくて、先輩との関係が変わっていくことに浮かれていて。 目の前の幸せに目が眩んで、私は大切なことを見落としたままだった。 TOP NEXT |