「・・・よう、。」 「こんにちは、根岸先輩。」 「あ、あのさ・・・」 先輩への気持ちを自覚して、告白をしたのが1週間前。 私は今までどおり、先輩に会いにいくこともなく、メールや電話で連絡を取ることもなかった。 だからこうして顔をあわせるのも、声を聞くのだって1週間ぶりだ。 「遅刻です。先輩の分、手伝いませんからね。」 「・・・あれ?」 「なんですか?」 「なんか俺、夢見てた?この間のことってもしかして幻・・・」 「じゃないです。」 「だよな!?お前俺のこと好・・・」 自分で言葉にして、恥ずかしくなってしまったらしい。 先輩は言葉を止めて、慌てて口を抑えた。 ひとつ咳払いをすると、私の隣にかがんで、用意してあったスコップを手に取る。 「・・・もうちょっと、なんか、変わるかと思った。」 「変わってほしかったですか?」 「・・・ていうか、俺だけ意識してるみたいで恥ずかしいじゃん。」 「私だってすごく意識してますよ?」 「・・・全然そういう風に見えない。」 「先輩がわかりやすすぎるだけです。」 先輩は知らない。 あれから私は、何度も根岸先輩の様子を見に行こうとしていたこと。 声をかけて何か話すべきなのかと迷っていたこと。メールを送ってみようと、文章を作っては消していたこと。 あれだけ正直に気持ちを伝えたというのに、勢いが止まれば、途端に冷静になる。 そのときのことを思い返しては不安になって、行動ひとつにも臆病になった。 「・・・あのさ、怒るなよ?」 「なんですか?」 「俺、お前と前みたいに話せなくなるんじゃないかって思ってたんだ。 ・・・でも、お前が今までどおりで、ほっとした。」 よそよそしくなったり、やっぱり一緒にはいられないって避けられたらどうしようって、何度も考えていた。 だから、私も先輩と同じ。変わらなかった関係に安堵していた。 幸せの理由 根岸先輩は私の気持ちに応えてくれたわけじゃない。受け入れてくれただけだ。 一歩前進ではあるけれど、先輩が前の彼女を引きずっていることに変わりはない。 「根岸先輩。」 「ん?」 「部活って忙しいですか?」 「忙しいっていうか、練習はきっついぞー。毎日練習して風呂入ったらベッドに直行だもん。」 「休みはないんですか?」 「まあ、1日全部ってのは滅多にないけど、午前か午後ならたまにあるよ。」 「そういう日は何をしてるんですか?」 「そうだなー・・・寝てるか、友達と遊ぶか・・・・・・・・・・・・」 「・・・今彼女のこと思い出しましたよね?」 「そっ!そんなわけ、」 「まあ、先輩が墓穴を掘って落ち込むのはいつものことなので、流しますけど。」 「流すの!?」 「次のお休み、私と出かけませんか?」 先輩とは学年も違うし、校舎も違う。 部活の寮に入っているから、一緒に帰る、なんてことも出来ない。 委員会が一緒にならなければ、私と話す機会なんてなかっただろう。 私たちはそれくらい、接点が少ない。つまりそれ以上を望むなら、自分で動くしかないということだ。 「本当はせっかく学校が一緒なんで、お昼に誘ったり、一緒に帰ったりっていうのも考えたんですけど・・・。 うちの学校だとあまり現実的じゃないでしょう?特に先輩は寮生活ですし。」 「・・・それは、デートのお誘いってやつですかね?」 「そういうことですね。」 「お前は本当にいきなりだな!世間話してたと思ったらそういう不意打ちとかね! 言っておくけど俺、そういうの慣れてないかんな!」 「別にいきなりじゃないですよ。この1週間、どうやって誘おうかなって考えてましたし。 先輩とはあまりメールしたことなかったから、メールで誘うのはやめとこうかなとか、 かと言って電話で直接話すにしても、周りに誰かいたら先輩は絶対からかわれるだろうし。」 「・・・だから、何も音沙汰なかったのか・・・って、別に待ってたわけじゃないけど!」 その第一歩はやはり、今とは違う環境をつくることだろう。 私と先輩は委員会の仕事で以外、会ったことはない。 お互いにその姿を見かけたことくらいはあるだろうけれど、状況的に声をかけるようなこともなかった。 「とれる時間にもよりますけど、映画見て、軽くお茶でもしませんか?」 「えーと・・・」 「ダメですか?」 「ダメっていうか、俺はほら、お前の気持ちに応えられてないわけじゃん?それで一緒に出かけるっていうのも・・・なんか・・・」 「言ったじゃないですか。まずは試してみてくださいって。 それに私、先輩と二人で出かけたからって、どうにかなるなんて期待、全っ然持ってませんから。」 「全然すか・・・。」 「先輩はこれからも前の彼女を引きずり続けて、恋愛を避けていくつもりなんですか?それなら私の出る幕はないですけど。」 「そ、そんなことねえし!俺だって新しい恋をして幸せに・・・」 「じゃあ決まりですね。」 ぽかんと口を開けて何も言えない根岸先輩を見つめながら、ニッコリと笑顔を浮かべる。 根岸先輩は押しに弱い。 それに根が素直で単純だから、反論できないような流れに持っていけば、断ることはしないだろう。 多少強引ではあったけれど、先輩との約束を取り付けることに成功した。 タイミングの良いことに、その週の土曜日の午後、練習が休みだったらしい。 先輩も疲れているだろうし、会う時間を少し遅くして、結局学校近くの映画館に行くことにした。 「!悪い、遅れた!」 「はい。慣れてるんで。」 「だからそういう冷たい目で・・・」 「・・・先輩?」 案の定というか、なんというか。待ち合わせ時間に遅刻した先輩が、走ってやってきた。 遅刻することを当たり前に思っていない、というのは良いけれど、 走ってきて謝るくらいなら、もう少し早めに行動すればいいのにとつくづく思う。 そんなことを思っていると、先輩が私を見つめて言葉を止めた。 私、何かおかしいところがあっただろうか。 「・・・あ、いやー、なんか照れるな!」 「え?そ、そうですか?」 「いっつも制服で会ってるじゃん?お互い私服ってなんか新鮮。」 「・・・あ、はい。そうですね。」 先輩が照れたように視線をそらすから、思わず私もつられてしまった。 二人で会うことにばかり気を取られていたけれど、服装も状況もいつもとは違うわけで。 「あー、そう、映画だよな映画!チケットは先に買っといてくれたんだっけ?」 「はい。洋画でアクションがあってスカッとする映画っていう、先輩の希望とあわせたんですけど。 そうすると上映時間的に1つしか残らなくて。」 「オッケーオッケー!ありがとな!そんじゃあ行くか!」 ここは学校じゃなくて。一緒に委員会の仕事をするわけでもなくて。 お互い私服を着て、並んで隣を歩いてる。何か話そうとするけれど、なんでか緊張してしまう。 いつもどおりでいいと思っていたのに、何かが違って、いつもどおりでいられなくなる。 いくら強気でいようとも、表情に出さないようにしても、結局私は恋愛初心者なのだ。 映画を見終わって、近くのカフェで休憩をしていこうと席に座った。 適当に飲み物を買って、空いているテーブル席へ座ったものの、先輩の口数が妙に少ない。 「・・・。」 「なんですか、先輩。」 「俺、お前に言ってないことがあった。」 「はい。」 「俺、ホラー苦手なんだ・・・!」 「はい。今の先輩を見て知りました。」 「何あれ!超怖いんですけど!!」 「なんでホラーを外せって言ってくれなかったんですか?」 「だって格好悪いじゃん!!」 「・・・っ・・・今の先輩の姿を見せたら台無しだと思いますけど。」 「あんなに怖いと思わなかったんだよ!」 どうやら私は、先輩の苦手なホラー映画を選択してしまったらしい。 先輩の希望を聞いた結果だったので、仕方ないといえば仕方ない。 端から見れば、デートで好きな人の苦手なものを選ぶなんて、失敗以外の何者でもないのだろうけど。 先輩の違った一面を知ったことに、後悔よりも嬉しさが勝ってしまって。 「いや、が悪いって言ってるんじゃないからな?ただ、予想以上の映画だったというだけで。 俺をビビリだとか、情けない奴とか誤解すんなよ!?」 「先輩、涙ぐんでませんか?」 「ぐんでません!」 「じゃあ違うホラー映画でも、また一緒に見てくれます?」 「い、い、いいに決まってんじゃん?」 「・・・あはは!た、楽しみにしてますっ・・・!」 先輩は格好悪いと言ったけれど、私はこんな先輩が見れてよかったと思う。 映画館に入る前の緊張はとっくに解けていて、今回の映画の怖さについて切々と話す先輩の話を笑いながら聞いていた。 「あー・・・やべえ。夢に出てきそう。」 「怖くて眠れなかったら、電話してきてもいいですよ?」 「っ・・・しないっつの!」 急いでいるわけでも、焦っているわけでもない。 ただ、先輩の気持ちが少しずつでも変わってくれたらいい。 初めに持っていた気持ちは、そんな小さなものだったのに。 こうして二人で出かけられたこと。いつもと違った時間を過ごせたこと。 今まで見たことのなかった先輩が見られたこと。 そんな些細なことが、どうしようもなく嬉しかった。 TOP NEXT |