私は最初から、そんな風には見ていなかった。見る気なんてなかった。 「?お前がボーっとしてるなんて、めずらしいな?調子でも悪いの?」 「・・・別に、私だって考え事くらいしますよ。」 「何かあるんだったら、先輩に言ってごらん?どーんと受け止めてやるから!」 「・・・。」 「何そのバカにしたような目!俺だってねえ、たまには先輩らしいことするんだからな?」 先輩に大好きな人がいることは、最初からわかっていた。 むしろ、彼女がいなかったら、私と先輩はここまで話す仲になっていなかっただろう。 「お前が話聞いてくれて、俺、すごい感謝してんだから。お前も遠慮せずに頼れよ。な?」 自分のことを好きにならないっていう前提があった。 いくら人間性を好いていても、それ以上を考えなかった。 自分以外を想う人を好きになるなんて、無謀で、悲しい恋をする気なんてなかった。 先輩と彼女が別れても、それは変わらない。 だって先輩の心の中には数ヶ月経った今でも、彼女の存在が残り続けているから。 幸せの理由 先輩と彼女が別れて数ヶ月経った今、さすがに彼女の話題は少なくなった。 時々思い出したように訪れる、先輩のネガティブさは相変わらずだったけれど。 彼女の話が少なくなった分、話題は根岸先輩自身のこと、そして私のことだ。 改めて考えてみると、あれだけ話をしていたというのに、お互いについては知らないことが多かった。 根岸先輩の彼女や、恋愛感については、飽きるほど耳にしていたのに。本当にそればかりだったのだと実感する。 「よし!今日こそネギちゃんを頼りなさい!」 「しつこいなあ。何もないって言ってるじゃないですか。」 それだからか、最近私が上の空なことに、先輩が気づいてしまった。 何でもないからほっておいてほしいと伝えたけれど、先輩は何も言わずに見守る、なんてことが出来ないらしい。 最近はこうして会うたびに、その理由を尋ねてくる。 「お前は人に気を遣いすぎ!気遣わなくていいって言ったの、お前じゃん!」 「別に気なんて遣ってないですってば。」 「俺の話だっていっつも最後まで聞いてくれるけどさ、面倒だったら面倒だって言っていいんだぜ?」 「それ、既に言ってますけど。」 「いや、俺知ってるから。その言葉はの愛情の裏返しだって。」 「・・・。」 別に根岸先輩を信頼していないわけじゃない。負担とか、迷惑を気遣ってのことでもない。 気を遣う、遣わない以前の問題なのだ。だって私がずっとひっかかっているのは、根岸先輩のことだから。 「ありがとな、。」 たった、一言だった。 会話の中のちょっとした一言。素直に伝えてくれた感謝の言葉。 嬉しかった。喜んで笑ってもいいくらいだったのに。 どうしてあの時、息がつまって、泣きそうになってしまったんだろう。 考えてみても明確な答えは出てこなくて、そこにどんな感情があったのかすらわからない。 ひとつの可能性を考えもしたけれど、私はそうならない前提を知っていたから。 あの日からも変わらず、先輩の彼女の話を聞いて、弱音を聞き続けて。 それでも悲しくなることはなかったし、うざったいと思えば伝えたし、声をかけたいと思えばそのまま行動した。 何が原因かはわからないけれど、あれは一時的なものだった。そう結論づけた。 「・・・本当に、助けてくれますか?」 「・・・お!おお!やっと言う気になったか!よし、何でも言え!」 「・・・この間のテストの成績が悪くて・・・」 「・・・。」 「先輩?」 「・・・テストですか。」 「テストですよ。先輩、助けてくれるんでしょう?」 「いや、それは俺、管轄外っていうか・・・」 「・・・はあ、そっかー。やっぱり先輩は口先だけなんだー。本当に私のことを思ってはくれてないんだー。」 「なっ・・・そ・・・そんなことない!俺だって頑張ればテストのひとつやふたつ・・・!!」 「っ・・・ふ・・・あははっ!冗談ですよ。大丈夫、自分でなんとか出来ます。」 先輩と話すことは、単純に楽しかった。先輩と過ごす時間が好きだった。 格好悪いところをいくつも見てきたのに、不思議と嫌になることはなかった。 素直で単純で、楽しいこともつらいことも、きっとすべてに全力で。 「いいか。学校のテストのひとつやふたつ、長い人生に置いてたいしたことじゃないんだぞ?」 「そうですか?」 「そうだ。成績がいいことだけが人生のすべてじゃないから。」 「先輩、成績が悪いときはそうやって言い訳してるんですか?」 「・・・。」 「・・・。」 「いいじゃんか!だって訳わかんないことだらけなんだよ!あんな呪文も公式もなんの役に立つんだよー!」 「呪文・・・。」 「とにかく、そんなに気を落とすな!大丈夫!」 悩みを誤魔化すために、咄嗟についた嘘を信じて、ムキになってくれる。 先輩は私を優しいと言ったけれど、先輩の方がもっとお人よしなんじゃないだろうか。 「のいいとこ、俺はちゃんとわかってるからさ。」 その言葉を聞いて、まただ、と思った。 あのときと同じ感覚。 先輩が優しく笑いながら告げた、ほんの一言。 私を元気づけるための、喜んでいいはずの言葉。 それなのに私は胸が苦しくなる。泣きたくなって、何も喋れなくなる。 「あ、!あれ、お前が植えた花・・・えーと、パンジーじゃなくて・・・」 「ビオラ?」 「そうそう!蕾つけてるじゃん!その隣のは・・・」 ひとつのことに意識がいって、墓穴を掘ってしまう先輩。 私の植えたビオラの隣にあるのは、すでに咲いていたブルーデイジーとバコパ。 先輩の彼女が好きだと言っていた花。 そうやって、彼女との繋がりを思い出すたびに、切なそうな表情を浮かべる。 悲しそうな顔をして、我に返って自分を立て直して、もう一度笑う。 「先輩。」 「べ、別に何も思ってないからな!?そんな、まさか、花見たくらいで思い出すとか乙女チックな・・・」 「・・・。」 「・・・もー!なんだよなんだよ!思い出してたよ!何もそんな可哀想なものを見るような顔しなくてもいいだろがー!」 たくさんの話をした。 すべてをわかったつもりなんてないけれど、根岸先輩という人間を少しは知っているつもりだ。 大好きだった彼女を今でも忘れられないことも、あの頃の幸せな笑顔が戻っていないことだって。 「あーあ。もう俺、まともな恋愛できないかもしんない・・・。」 だから、先輩と過ごす私には、大前提があった。 好きになんてならない。なるはずがない。 そう思っていたのに。そう思い続けてきたのに。 「そんなことないです。」 「そこで優しい言葉かけないでよ。余計悲しくなるじゃん。」 先輩と過ごすたびに、大きくなっていく。 絶対に違うと思っていても、止めることはできなくて。 可能性は予感に。予感は、確信に変わっていく。 「・・・そう言うなら、試してみればいいじゃないですか。」 「え?」 「先輩。」 私は貴方と過ごす時間が好きだった。 うんざりすることも、面倒だと思うこともあったけれど、過ごす時間の大半が彼女の話ばかりだったけれど、 それでも、貴方の嬉しそうに幸せそうに笑う姿が好きだった。 それが特別な意味を持っているだなんて、思わなかった。 でも本当は、心の奥底で願っていたのかもしれない。 ずっと持ち続けるその想いを、思い出すだけで幸せになれるような想いを 今度は彼女でも、友達でもなく、 「私と恋愛しませんか?」 私に、向けてほしいんだ。 TOP NEXT |