「先輩と彼女って、いつから付き合いだしたんでしたっけ?」

「あれ、俺言わなかったっけ?気になる?気になるの?どうしてもって言うなら教え・・・」

「ふと思っただけなんで、言わなくても結構ですけど。」





それまでローテーション制だった緑化委員会の担当場所と日程が、固定制に変わった。
特定の曜日や場所を決めなかったことで、自分の担当を忘れてしまう生徒が続出したからだ。
昼休み担当は最低でも週に2回以上、放課後担当ならば週に1回となる。
それぞれの希望を集めて、委員長が調整した結果、そのうちの1回が根岸先輩と同じ担当となった。
つまり、先輩の惚気話を聞く機会が格段に増えたのだ。





「よし、そんなに聞きたいなら教えてやろう!
あれは去年の12月・・・雪でも降りそうな寒い日で、クリスマスも直前の・・・」

「あ、わかりました。」

「ちょっと待て、これから俺たちの出会いの話が・・・」

「そこからは、もう飽きるほど聞いたんでいいです。」

「まあまあお聞きなさいよ。何度聞いてもいい話でしょ!」





去年のクリスマスということは、二人が付き合いだしてもう随分と経っているのか。
付き合いたての頃は、こういった惚気もめずらしくないけれど、月日が経ってもこれだけ熱が冷めないのも珍しい。
私の言うことなんてお構いなしに喋り続ける根岸先輩は、相変わらず幸せそうだ。












幸せの理由













、植物が好きなんだ。だから俺、緑化委員になったんだよね。」

「ああ、そういうことですか。私以外で立候補した人、あまり聞かなかったのに、なんでって思ってました。」

「緑を大切にして、彼女を大切にする俺にきゅんきゅんするっしょ?」

「別に、特には。」

「お前、最近俺に冷たくねえ?!」

「気のせいです。」

「そうかー気のせいかーって・・・適当に流すとこも冷たい!昔の素直だったお前はどこへ行ったの!先輩悲しい!」





先輩の惚気話も、おだてに弱く調子に乗りやすい性格もともかくとして、先輩の一途さは嫌いじゃない。
彼女のことを本当に好きで、大切にしているのが、嫌でも伝わってくる。
それに、彼女が世界のすべてのように話すけれど、かと言って、それだけじゃない。
根岸先輩は強豪と呼ばれるサッカー部に所属しており、以前練習を見かけたときは、別人じゃないかと疑ったくらいに違った表情を見せることも知っている。





「植物を見ると、を思い出すんだよな。
緑化委員なんて、昔っから面倒な委員だと思ってたのに、結構楽しい。」

「・・・。」

「それに、今はもいるしさ。」

「え?」

って面白い奴だよなー。」

「先輩に言われたくないです。」

「真面目だし、仕事もきっちりこなすし、良い後輩だよ!」

「・・・おだてても何も出ないですからね。」





先輩が私の頭を撫でながら、楽しそうに笑う。
なんだか照れくさくなって、私は先輩の手から逃れ、じょうろを手にして仕事を続けた。
そんな私に気づいていたのか、いなかったのか、小さく笑う先輩の声が聞こえた。





「あ、。話戻るんだけどさ。」

「はい?」

「もうすぐ彼女の誕生日なんだけど、プレゼント何がいいと思う?女の視点からちょっと聞きたいんだけど。」

「そんなの・・・女の子じゃなくても好きなものは千差万別だと思いますけど。」

「だってお前、のことよく知ってるじゃん。」

「いやっていうほど先輩が話してくれてますからね。」

「だろ?好みとか予想できそうじゃん?」

「会ったことすらないのにどうしろって言うんですか。」

「俺、センスに自信ないんだもんー!」

「可愛く言っても可愛くないです。」

「ひでえ!後輩のくせに先輩になんてこと言うんだ!」

「良い後輩じゃなかったんですか?」





私は先輩の彼女に会ったことはない。
けれど、別の学校の生徒であることや、遊園地が好きなこと、スポーツが好きなこと。
見た目はショートカットでボーイッシュに見えるけれど、可愛い小物を集めていたり、ロマンチックなところもあること。
いろいろな部分を先輩に聞かされてきた。私だって自分のセンスに自信があるわけじゃないけれど・・・。





「今度の担当の日、雑誌持ってきます。」

「え?」

「可愛い小物とかたくさん乗ってると思うので、どういう系統のものかくらいなら・・・。」

「考えてくれんの!?」

「でも、参考程度にしてくださいね。
見知らぬ女が選んだものより、先輩自身が選んだものが一番嬉しいに決まってます。」

「さすが!!」

「そんな大げさに喜ばなくても・・・って、水!先輩水が制服に零れてます!」

「え・・・って、どわあ!!」





先輩の友達が、惚気話を冷たくあしらうのも、流す気持ちもわからなくはない。むしろわかりすぎるくらいだ。
だけど、私は先輩の話を聞くのが嫌じゃない。

先輩と話していると、私も温かな気持ちになることに気づいていたから。
幸せそうに笑う先輩につられるように、きっと私も笑っていた。

いつか私も、こんな風に誰かに好きになってもらえるだろうか。
こんな風に、誰かを好きになることがあるだろうか。

先輩の話を聞きながら、そんなことを思った。















それから何度目かの担当曜日。私はいつもの中庭に向かう。
根岸先輩は先週の日曜日に彼女と会うと言っていたから、その時のことを今日も揚々と話すんだろう。
そんな予想をしながら、中庭にたどり着くと、めずらしく先輩が先にそこにいた。





「先輩が先にいるなんて、めずらしいですね。」

「あ、うん。俺だってたまには早く来るって。」

「いつもそうしてくれるといいんですけどねー。」





ちょっとした、他愛のない憎まれ口。
それだっていつものやり取りのはずだった。先輩が冗談まじりに怒ってくると思っていたのに。





「よっし、今日もお仕事がんばるかね!」

「・・・。」





違和感を感じていた。いつもの先輩じゃない気がした。





「ほら、、ホース持ってきて!」

「・・・先輩。」





よく話すようになっただけで、それほど先輩を知っているわけでもないのに。余計なお世話かもしれないのに。
だけど、聞かずにはいられなかった。








「何か・・・あったんですか?」








だって、私が見る先輩はいつだって。





いつだって幸せそうに笑っていたのに。





目の前にいる先輩の笑顔は、どこか悲しげで、切なかった。







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