過ごした時間はあんなに短かったのに。 何度も、何度も、思い出す。 幸せな思い出に頬が緩み、少しだけ胸が痛む。 そうして私は、ゆっくりと目を閉じる。 ゴースト 自分の体が弱いことも、長くは生きられないかもしれないことも、昔から知っていた。 そのせいでたくさんの人に迷惑をかけて、生きてきた。 だから、もうどうしようもないのだと聞いたとき、私はそれを冷静に受け止めることが出来た。 こんなことを言ったらきっと怒られるだろうけれど、少しの安堵も感じていたの。 もう苦しい治療を続けなくてもいい。 病院の小さな部屋で、窓から外を眺めているだけの生活も終わり、お母さんにこれ以上の苦労をかけることもなくなる。 私の周りにいた優しい人たちに、これ以上の心配をかけることもなくなる。 でも、そんな考えとは別に、どうしても抑えきれない感情があった。 「・・・っ・・・はあ、はあっ・・・」 「・・・?どうしたの?大丈夫?」 「・・・だ、大丈夫。ちょっと怖い夢見ちゃった。」 夜が来るのが怖かった。 眠ることが怖かった。 いつ病状が変化しても、いつ意識が無くなってもおかしくなくて。 眠っている間に、何も知らず、何も感じず、私の世界は終わってしまうのかもしれない。 そうして何事もなかったかのように、いともたやすく私の存在は無くなってしまう。 それが、すごく、すごく怖かった。 自分の死期を知らされてから、今まで以上にそれを意識するようになった。 なかなか寝付けない日が続いて、薬に頼ったこともある。 けれど、 「・・・別に、俺もしてみたくなっただけだよ。肝試し。」 「会いたいと、思ったから。」 「もう一人で行かなくたっていいでしょ。それくらい付き合うよ。」 いつしか、夜は怖くなくなった。 貴方と出会って、恐怖以上に大きな感情をもらったから。 夜が来るのが待ち遠しくなった。 英士に会って、その日話したことを思い返しながら、布団に入った。 夜になれば、貴方に会える。 そうしてまた、一緒に笑いあう姿を想像しながら眠りにつくの。 「俺が簡単に折れると思ったら大間違い。」 「でも、重荷になんてならない。」 「のこと、ずっと忘れないよ。」 貴方の存在が、恐怖を打ち消してくれた。 もしかしたら、このまま目を覚ますことはないかもしれない。 もう、会えなくなるのかもしれない。 それでも、私は幸せだったの。 あんなに明日が待ち遠しいことなんてなかった。 こんなにも幸せな気持ちで眠れることなんて、なかったの。 だから、 「・・・ごめんね、眠っても・・・いい?」 怖くない。 もう、怖くないよ。 「英士、」 本当は、最後にひとつだけ、貴方に伝えたい言葉があった。 思わず口にしてしまいそうになったけれど、声に出すことはなかった。 ずっと、当たり前を望んでた。 「郭くんと会ってる間は、そう思えたの。皆の"当たり前"が"普通"が、目の前にある気がしてた。」 学校に通って、友達と他愛のないおしゃべりをしたり。 勉強をして、わからないところを教えてあって。 たまには喧嘩をしてしまうけれど、それさえも懐かしい思い出になる。 「こうして一緒に勉強してみたかったんだ。わからないところ、教えあったりして。」 貴方に出会って、望んだ日常を過ごした。 友情を知った。 そして、私は貴方に 「私、幸せだよ?」 最初で最後の恋をした。 ありがとう。 ありがとう、英士。 何度言っても、どれだけ想っても、足りないけれど。 「英士・・・無理してないか?」 「なにが?」 「お前、練習も普通にしてるしさ、その、話題にも出さないし・・・。 つらかったらちゃんと言えよな?話聞くくらい、俺らにだって出来るんだから。」 「はは、これから試合が始まるっていうのに・・・今更だね?」 「だ、だって!言いづらくて・・・!俺らだってお前が無理して倒れたりしたら・・・」 貴方に出会えたことが、 「・・・こんなところで何してるの?不審者?」 「不審者よりは幽霊にしといてもらった方がいいなあ。貴方は?」 貴方と笑いあえたことが、 「なにその顔、俺をからかおうとしてるの?生意気。」 「たまにはいいじゃない?」 「だめ。嫌だ。却下。」 貴方と一緒にいられたことが、 「一緒にいよう、。」 本当に、本当に、幸せだった。 「大丈夫。約束したんだ。」 「じゃあ、そのときの写真、楽しみにしてる。」 「いいよ。勝利報告、楽しみにしてて。」 「格好悪いところ見せられない。だから、絶対に勝つよ。」 どうか、貴方のこれからが、素敵なことで溢れていますように。 「いこう。」 幸せで、ありますように。 「・・・ごめんね、眠っても・・・いい?」 「・・・いいよ。」 「英士、」 『―― 大好きだよ ――』 TOP あとがき |