「英士。」





日ごと、彼女に会える時間は減っていった。
交わせる会話も少なくなっていく。





「今日は少し、調子良さそうだね。」





俺の言葉に笑みを浮かべて微笑む彼女の隣に腰掛ける。



の母親と話して、何を言われようと彼女の傍にいようと決めた。
半ば無理やり病室へやってきた俺を、は受け止めてくれた。

彼女の時間はきっと、ほんのわずかで。
俺に何が出来るのか考えていた。だけど、どうすればいいのか、わからなくて。
伝える言葉は、行動は、彼女を喜ばせることが出来るのかもしれない。けれど、意図せぬところで傷つけることだってあるだろう。





「見たいって言ってた写真、持ってきた。言っておくけど普通だからね。変な期待とかしないでよ?」





だけど、日常の中にまぎれるような当たり前のことでも。
他の誰かにとっては意味がないようなことでも。
どんなに些細なことでも、はいつだって嬉しそうに笑うから。



迷う必要なんてないと気づいた。



他愛のない話をして、いつもの日常を送りながら、
この時間が少しでも長く続くことを願った。














ゴースト















「・・・。」

「・・・。」





持ってきた写真は、以前が見たいと言っていた、友達の写真だ。
彼女との会話に一番登場率の高かった二人。
三人で出かけたときのものが少し、他はユースでの練習や試合で撮られたものだ。

彼女は何も言わずにまじまじと写真を眺める。
自分を含めた写真が見られ、反応が返ってこないっていうのは、なかなか落ち着かないものだな・・・。





「・・・。」

「・・・?」





沈黙はさらに続く。
耐えられなくなって俺から声をかけようとすると、彼女の表情の変化に気づいた。





「・・・?」

「・・・ん?」

「なに笑ってるの。」

「え、わたし、笑ってた?」

「うん。」

「だって、いろんな英士がいるなあって。」

「・・・なにそれ。」





反応がまったくなかったわけじゃなくて、写真を見ることに集中していただけみたいだ。
彼女は俺の問いに答えつつ、また一枚写真をめくる。





「私、前に言ったじゃない?英士がサッカーしてるって聞いて驚いたって。」

「そういえばそんなこと言われたね。」

「運動っていうよりも、文学少年っぽいって。」

「うん。」

「この写真、すごいサッカー少年みたい。」

「・・・そりゃサッカーしてるところだからね。」

「私が知ってる英士と全然違うなあって。こっちのお友達と写ってるのもすごく仲が良さそう。」

「・・・そう?」

「じゃれあってて、年相応みたい?」

「年相応・・・って、今まで俺をどういう目で見てたの?」





俺の反論には楽しそうにクスクスと笑った。
確かにの前と、あいつらの前では俺は少し違って見えるのかもしれない。
は俺がサッカーをしてる姿を見たことはない。他の奴らみたいに明らかに熱血してるって、目に見えるような人間でもないし。
確かに言葉だけで聞いても、実感は沸いていなかったのかもしれない。





「あ、」

「ん?」

「取り除いたと思ってたんだけどな、この写真はなし。」

「なんで?」

「試合に負けた直後のやつ。情けない顔してるから見せたくないんだよ。」

「別にいいのに。」

「俺が嫌。」





から写真を取り上げると、彼女は残念そうにしながら肩を竦めた。
誰だって自分の情けないところを見られるなんて嫌だろう。





「次の試合は?」

「え?」

「いつ?」

「来週の日曜日だけど・・・。」

「じゃあ、そのときの写真、楽しみにしてる。」





つまり、試合に勝って、自信のある表情を撮ってこいってことか。
彼女にはそんなつもりはなかったのかもしれないけれど、それが何か挑発的なものに思えて。





「いいよ。勝利報告、楽しみにしてて。」





その言葉に乗るように返事をすると、すでに写真から目を離していたは、少し驚いたような表情を浮かべた。





「ふふ、いつもの英士じゃない。」

「そう?別に変わったつもりはないけど。」

「そんな挑戦的な目をしたりもするんだね。」

の目に俺はどう映ってたのか、いろいろ疑問に思えてきたよ。」

「私が見てる英士は、まだほんの一部なんだろうなあ。」





再び写真に視線を落として、ポツリと呟く彼女に、胸の痛みを覚えた。
別になんてことない、たった一言だ。俺たちはまだ出会って間もないのだから、お互いの知らない部分があって当然だ。
だけど、これから知ればいいとは言えない。その時間はきっともう、残されていないから。





「言っておくけど俺、割と性格悪いよ。」

「自分で言っちゃうの?」

の知らない部分、先に言っておこうと思って。」

「あはは、わざわざ悪いとこ言わなくてもいいのに。」

「あ、最近自分が意外と行動派だっていうのにも気づいたかな。」

「行動派?」

「そう、誰かさんのおかげで。」





俺は今まで、受身でいることが多かった気がする。
性格上、自分をさらけ出して熱くなることは少なかったし、
自分から動いたりせず、誰かをけしかけてうまく動かす術ももっていた。

だから、驚いたんだ。
に興味が沸いていたことは本当でも、いなくなった君を探して、家まで押しかけた。
迷惑かもしれないと思いながら、自分が格好悪い行動をしているのだと知りながら、それでも彼女に会いにいった。
別れを告げられてなお、一緒にいたいと思った。自分の我を通した。

知らなかったんだ、こんな自分。





「誰かさんってもしかして、私?」

「さあ。」





返事をにごしても、答えは伝わっているんだろう。
は嬉しそうに笑みを浮かべた。その中に少しだけ複雑な思いが混ざっていたことも気づいていた。










まだ、続いてほしい。



彼女との時間を過ごすたびに繰り返した。



遠くない未来に別れがやってくるのだとしても、その時が少しでも先であることを願った。



そう、願っていた。













の容態が急変したと連絡があったのは、それから数日後だった。







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