が俺の前から姿を消そうするのは、これで二度目だ。



けれど、一度目とは対照的に、彼女はすべてを話してくれた。



そのうえで最後なのだと、もう会わないと、涙を流しながらそう言った。



その姿を見て、何も思わなかったわけじゃない。思わないはずがない。



それでも俺は、自分の感情だけを優先して、考えなしに動くほど子供ではなく、



感情をすべて抑え込んで、言うとおりにできるほどに大人でもなかった。













ゴースト















に出会ってから、俺は調子を狂わされてばかりだ。
興味本位から夜の学校へ君の正体を確かめに行き、正体がわかった後も誰かに告げることもなく、学校に通い続けた。
何も言わずに自分勝手にいなくなった彼女にイラついて、もういいって思っていたくせに、わざわざ家を調べて会いにいった。
会いたいだなんて言葉、口に出したことなんてなかったのに、君の前では素直に告げることができた。





「・・・。」





泣きながら、これが最後だと言われたくせに、俺の足は彼女の家に向かっている。
今の姿を以前の自分が見たら、バカだなと、しつこいし格好悪い、とでも言われてしまいそうだ。

あれからずっと、悩んでいたし迷っていた。彼女が言う"死"の重さを俺はきっと、本当の意味でわかっていないだろう。
それでも、考えても考えても、引き下がる結論にはならなかった。
彼女を大切に思っている。彼女も俺を大切に思ってくれている。
だからこそ離れなければならないなんて言われても、納得できるわけがない。

は自分が死んでしまうのだと、これから一緒にいても、重荷にしかならないとそう言った。
先のことはわからない。ただ、彼女の言うとおりになったとしても、後悔が残っては意味がないと思った。

そう決意をして、何度かの家を訪ねてみたけれど、数日間、家から誰も出てこなかった。
いつもならば彼女の母親が出迎えてくれるのだけれど、人の気配すらまったくしない。
もしやの体調が崩れ、病院へ戻ったのだろうか。もっと早くに病院の場所を聞いておけばよかった。
















「英士くん・・・。」





彼女の母親に会えたのは、それからまた数日が経ってからだった。
以前よりも疲れた様子で、いつもの笑顔すら消えている。やはり何かあったのだとすぐに悟った。





「・・・こんにちは。ここ数日、誰もいなかったですよね?」

「うん。ちょっとね、が体調を崩してしまって・・・。」

「・・・に、会いにきたんです。会えますか?」

「・・・まだあまり良くなっていないの。少し待ってくれる?」





顔を背けながら、明らかに言いづらそうにする姿を見て、ますます引き下がるわけにはいかなくなった。
に口止めをされているのか、よほど病状が良くないのか。
いずれにせよ、このままではいつまで経っても彼女に会えないままな気がした。





「病気のこと、に全部聞きました。」

「!」

「自分はもうすぐいなくなるから、重荷になりたくないから、もう俺には会わないって、そう言われました。」

「・・・な・・・あの子、そんなこと・・・」

が俺のためを思ってそう言ってくれたこともわかってます。でも、俺は納得なんてできない。」





をずっと支えてきて、一番傍にいた母親に、言うべきことじゃなかったのかもしれない。
でも遠回りしている時間なんて、きっとなくて。





を悲しませるつもりはない。文句を言いたいわけでもない。」





苦しんだり、弱っていく姿を見られたくないと言っていた。
俺が傍にいることで負担をかけてしまうくらいなら、と何度も思った。

それでも、が俺を大切と言ってくれたことだって本当で。









「話が出来なくてもいいから。ただ、会いたいんです。」









それほど俺を思ってくれるのなら、少しでもいい。
彼女の支えになることは出来ないのだろうか。
病気を治すことも、何か特別なことが出来るわけでもないけれど。
傍にいることは出来る。彼女の望んだ、"日常"を一緒に過ごすことは出来る。





「・・・入って。」

「・・・。」

「私の話を聞いてくれる?」





俺の言葉を聞いて、小さくため息をついた。
それは、俺への諦めだったのかもしれないし、呆れだったのかもしれない。
おばさんはドアの鍵を開け、俺を家の中へと迎え入れる。

リビングにある食卓の椅子を引き、そこに座るよう促した。
冷蔵庫から飲み物を取り出しコップに注ぐと、俺の目の前に置いて、おばさんは向かい側に座る。





「私は貴方に謝らなくちゃいけないの。」

「・・・え?」

「あの子が言っていたとおり、はもう長くない。
それがわかっていて・・・あの子自身も他人に近づかないと決心しているのをわかってて、私は貴方を家に招いた。」

「どういう・・・ことですか?」

「貴方がの見舞いに行きたがってるって、学校から連絡があったとき、断ることもできたのよ。
・・・そうすれば、貴方もも、こんなに苦しんで、悩まなくてすんだのかもしれない。」

「・・・。」

、貴方が来たことを驚いていたでしょう?それは私が伝えていなかったから。
それを伝えたら、あの子は自分の負い目から、きっと英士くんに会うことを拒んだだろうから。」





が夜の学校から姿を消し、俺が担任に彼女の家を尋ねたときのことを思い出した。
突然見知らぬクラスメイトが見舞いに来るなんて話があれば、本人に確認を取るのは当然だろう。
しかし、驚くの様子から、その確認がまったく無かったと察することができた。





「私はね。あの子をどうにかして元気づけたかった。勇気付けたかったの。
先生にはどうにもできないって言われたけれど、それでも諦めてほしくなかった。」

「・・・。」

「私には何も出来なかった。あの子はただ、自分の死を受け入れて、その時を待つだけだった。
だから・・・だから、何でもよかったの。いつもと違うことが起こって、少しでも気晴らしになって、が元気になってくれれば、それで・・・。」

「・・・それで、出会ったこともなかった俺を、何も疑わずに招いてくれたんですね。」

「そう・・・貴方が少しでもの気力を取り戻してくれればと思ってた。
でも、出会ったばかりのクラスメイトだもの。期待はしていなかったけれど・・・貴方たちはどんどん仲良くなっていった。」





の両親はすでに離婚していると聞いている。
彼女から父親の話が出ることはなかったし、に会いにきたという話も聞いていない。
この人はずっと一人で、を支え続けてきたんだろう。が本当に大切で、失くしたくなかったんだろう。





「英士くんの話をするときね、、本当に楽しそうなの。久しぶりにあんな表情を見たわ。」

「・・・そう、ですか・・・」

「貴方が傍にいれば、も生きる気力を取り戻してくれるってそう思った。でも、そんな簡単なことじゃなかったのよね。」

「・・・。」

はきっと、どうやって貴方を遠ざけようかって考えてた。近づきすぎてしまった貴方を悲しませることになるって。
大切すぎる存在が、またあの子を悩ませてた。」





おばさんの目に涙が浮かんだ。
声を詰まらせそうになりながら、それでも言葉を続ける。





「どうしてって思ったわ。それだけ大切な存在が出来たのなら、もっと生きていたいと思えるはずなのに。
諦めないで、もっとその人と一緒にいられる未来を考えればいいって・・・でも・・・」

「・・・は、きっと・・・ずっと思っていましたよね。」

「・・・っ・・・生きたいと・・・思わないはずがないのに・・・」

「・・・。」

「簡単に諦めたわけじゃない・・・つらい治療に耐えて、苦しい思いをして、私に負い目を感じて・・・
泣くことさえせずに、私が受け止められない分も一人で受け止めて・・・なのに私はただ、に生きていてほしいと願っていただけだった。」





が最後だと言ったあの日、どうしてあんなに淡々とし、冷静に話すことが出来たのかと疑問を感じていた。
彼女は自分の死を受け入れている。それは諦めなんて、簡単な言葉ではくくれない。
生きたいと願わなかったわけじゃないだろう。願っても叶わないものがあると悟っているんだ。





「それまで、が良くなることを信じてた。今はダメでも、きっといつか、いつかって・・・
でもね、そんな私の姿は、にとってプレッシャーでしかなかった。」





きっと、にとって大切な人だから。
その期待や願いに応えられることが出来なくて、苦しんだだろう。





「大丈夫だって言いながら笑うあの子の姿を見ているのがつらかった・・・」





だから、は笑っていた。笑うことが癖になってた。
笑って、心配をかけないように。そして出来れば、一緒に笑ってくれるように。
俺の前でもそうだった。どんなに苦しくても、つらくても、笑っていた彼女の姿。





「・・・今も、同じ。あの子のつらそうな姿を見るのがつらくて・・・
私を楽にさせたいって想いが見えてしまうの。そう思わせているのは今までの私のせいよ。」

「・・・そんな風に、思わないでください。」

「・・・っ・・・」

、白いワンピースをいつも着て、自慢してました。買ってもらったんだって、嬉しそうに。
がおばさんを大切に思っていることは、わかっているでしょう?伝わっていないはずがない。」





あの日、それまで冷静だった君が、感情が溢れ出したように涙を流した。
何も思ってないわけじゃない。すべてを受け入れられたわけじゃない。





「・・・私は、貴方を巻き込んでしまった。」

「巻き込まれてなんていません。」

の居場所を伝えてしまえば、また貴方を利用することになるわ。」

「利用されるだなんて、思わない。」

「今よりもずっと、つらい思いをすることになっても?」

「言ったでしょう。俺は彼女に会いたいだけなんです。」





一人だなんて思わなくていい。
誰かを悲しませないために、すべてを背負おうとなんてしなくていいから。

重荷になんて思わない。思ったことはない。
俺は俺の意志で君に会いたいと思う。一人にさせたくないと思う。



だから、どうか。








「一緒にいよう、。」








言葉なんて、なくてもいい。



たとえ、その時間が短くても。



一緒にいたい。



ただ、それだけなんだ。







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