「驚いてる?」 「・・・っ・・・」 「ふふ、そうだよね。」 「何笑って・・・」 の抱えているものが、想像以上に大きく、重たいものなのかもしれない。 考えていないわけじゃなかった。気づいていないわけじゃなかった。 それでも、俺の前で笑っている彼女を、 何をするにも楽しそうに、嬉しそうな表情を浮かべる彼女を見て、思っていた。 いつか一緒に学校に通える。 夏休みが終わっても、これからいくらだって会うことが出来るのだと。 「・・・・・・ごめんね。」 のことを知りたいと思っていたくせに。 結局何も知ることなく、今以上を望まないフリをしながら 根拠のない、願いにも似た未来を、思い描いていた。 ゴースト 「・・・なに、言ってるの。」 「うん。びっくりするよね。」 「いきなりそんなこと言うなんて、何かあった?」 「ううん。ずっと、考えてたこと。いつか言わなきゃって。 ちゃんと、話せるうちに・・・話しておきたかった。」 彼女の変化に気づいてはいても、突然聞かされた言葉を、素直に認めることなんて出来なかった。 何かあって弱気になっているのかもしれない。そうだとしたら、俺が戸惑って不安を煽るわけにはいかない。 なるべく冷静に、動揺など見せず、彼女の話を聞こうと思った。 「・・・聞くよ。なに?」 「私が今ここにいられるのは、最後の我侭だった。」 「我侭・・・?」 「本当は病院にいなきゃいけないの。家に戻ってきたのは、退院したわけじゃない。 死んでしまう前に、家に戻りたいって先生にお願いをしたから。」 「!」 「肺の病気だって、言ったよね。それとは別に、同じ場所に違う病気が発症したの。」 「・・・なに・・・」 「いろいろ・・・手は尽くしてもらったんだけど・・・ 呼吸がうまく出来ない。可能性の低い、大掛かりな手術に耐える体力もない。もう、どうにも出来ないんだって。」 目の前で話すを、ただ見つめていることしか出来なかった。 冷静でいようとしても、頭の中は混乱して、言葉は震えた。 「自分の体のことくらい、わかってたつもり。小さな頃からずっとそうだった。 だから、驚いていないし、冷静に受け止めてる。いつかこんな日が来ること、知ってたから。」 の表情は変わらなかった。 ただの出来事でも話すように、つらい顔も悲しい顔も見せずに、ただ淡々と言葉を紡いだ。 「でも、このまま病院で終わりを迎えるのなら、何か今までと違うことをしたいって思った。 些細なことでもいい。今までの自分とは違うことを、我慢して諦めてたことをしてみたいって。」 「・・・それで・・・学校に・・・?」 「うん。目的は英士に言ったとおり。ちょっとした冒険と、幽霊探し。」 があまりにいつもどおりだから、普段と変わらないように話すから、 今話していることは冗談なんじゃないかって、俺をからかおうとしているのかと錯覚する。 「それだけだった。」 けれど俺は、彼女がこんな冗談を言うはずはないと、知っていて。 「・・・最初から、深く関わるつもりなんて、なかったの。」 その想いを、笑顔で隠そうとする癖も知っている。 「初めて会って、それきりだと思ってた。また来るなんて、思わなかったよ。」 「・・・が意味深な消え方するから。」 「英士に会うたび、これ以上はだめだって何度も思ったの。 今止めれば、今いなくなれば、迷惑はかけない。英士も気にしない。何度も、何度も。」 「・・・。」 「でも、英士と会えることが本当に楽しくて、嬉しくて、 次で最後だって言い聞かせてるうちに、時間はどんどん経・・・っ・・・」 「!」 がまた咳き込み、口と胸を押さえた。 すぐに駆け寄って彼女に触れようとしたけれど、やっぱり止められて。 呼吸を整えてなんとか咳がおさまると、大丈夫と弱々しく笑って、言葉を続けた。 「発作をきっかけに、もう会わないって決めたのに・・・英士はうちまで来ちゃうし。」 「・・・本気で焦ってたよね。」 「焦るよ。決心したばかりだったのに。でも・・・」 「・・・すごく、すごく、嬉しかった・・・」 大丈夫、だなんて言葉はいらなかった。 そんな風に笑わなくてよかった。 泣いているような笑顔が、つらかった。 「私、貴方にたくさんのものをもらった。」 でも、きっとその笑顔は、俺のためなんだろう。 そう思ったら、言葉が出なかった。 彼女の強さも弱さも、その優しさも、嬉しかったけれど、締め付けられるように痛くもあった。 「英士が、大切だよ。」 彼女のまっすぐな想いが、嬉しい。 それなのに、これ以上は聞きたくないと思う。 無意識に、予感していたからだ。 「だから、これで最後にしよう。」 彼女が告げようとしている言葉を。その意味を。 「どういうこと・・・?」 「学校で会うのも、家で会うのも、これで最後。」 「なぜ?」 「前と同じ。これ以上、弱っていくところを見られたくないの。」 「そんなの俺は・・・」 「これからの私は、重荷にしかならない。」 の顔から笑顔が消えた。 真剣に、まっすぐな強い目で、俺を見つめる。 「どんな繋がりだって、自分の知っている人の死は想像以上に大きいものだよ。」 「・・・さっきから死ぬ死ぬって、そんなのまだ・・・」 「・・・。」 「・・・っ・・・」 「・・・それなら、もしもの話と思ってくれていい。 今の私を覚えててほしいの。弱って、やせ細って、苦しんでる姿なんて見られたくない。」 「・・・が苦しんでるのを知らないままで? 知らないうちにはいなくなるってこと?そんな終わり方、俺は嫌だ。」 「貴方の傷になりたくない。」 「、俺は、」 「英士。」 細い腕が俺の首にまわされる。 柔らかく、温かな感覚に包まれて、言葉は遮られた。 「私のこと、大切に思ってくれてる?」 「思ってるよ。」 「それなら、お願い。」 彼女は卑怯だ。 どうして今、そんな表情を浮かべる? そんな言葉を伝える? 「・・・お願い、英士・・・」 外の世界を知らないと言ったときよりも、 病気のことを話してくれたときよりも、 自分が死んでしまうと告げた今でさえ、ずっと笑っていたくせに。 笑って、隠し続けようとしていたくせに。 彼女の瞳から溢れた涙が、俺の肩を濡らした。 いくら懇願されようと、俺の答えは決まっているのに。 決まっているはずなのに。 否定も肯定も出来ずに、言葉すら出すことが出来なかった。 「・・・ありがとう。英士に会えてよかった。」 そう言って、ゆっくりと俺から離れると、は涙を拭いて笑顔を見せた。 数歩後ろに下がり、もう一度俺を見てから、振り返りそのまま歩き出す。 教室から一人、出て行く彼女を引き止めることが出来なかった。 これで終わりになんてしたくないのに。 大切に思うから、一人にするだなんて、 最後にするだなんて、そんなの納得できるはずもないのに。 それでもは、隠すことも出来ないほどの想いで、それを望んだ。 たった今見送ったの後ろ姿が、 初めて目にした彼女の涙が、頭から離れなかった。 TOP NEXT |