「ここの、肺の病気なの。」





胸のあたりを指差しながら、複雑そうな表情を浮かべる。
再会した日から、彼女は以前よりもずっと、自分のことを話してくれるようになった。





「呼吸がうまく出来なくて・・・だから声も小さいし、聞き取りづらいでしょう。」

「そう?」

「そう、って・・・そう思わない?」

「うるさいよりも、ずっといい。それに・・・といるときはいつも周りが静かだしね。」

「騒がしいのは苦手なの?」

「うん。」

「ふふ、即答だね。」





静かに穏やかに流れる時間は、ゆっくりと過ぎていく。














ゴースト















お互いのことを話し始めてから、学校で会っていたときよりも、距離は確実に縮まった気がしていた。
とはいえ、変わったことは、話す内容が少し増え、場所が学校から彼女の家になったことくらいだけれど。





「今日はこれから練習?」

「そう。」

「英士がサッカーしてるって聞いたときは、ちょっと驚いたよ。」

「・・・なんで?」

「英士は運動ってより、文学少年っぽく見える。」

「文学少年って・・・。まあ確かに静かに読書してる方が性にはあってるかもね。暑苦しいノリとか苦手だし。」





が小さな頃から入退院を繰り返していることを聞いた。
学校にも満足に通えず、外で遊びまわることも出来ない。
だからこそ、外が憧れで、いろいろな話を聞けることが嬉しいのだと彼女は言った。





「今度、仲がいいって言ってた友達の写真、見たいな。」

「え、」

「・・・なんでそんな嫌そうな顔するの?」

「わざわざ写真とか持ってくるの、ちょっと恥ずかしくない?」

「ええ?恥ずかしくないよー。」

「じゃあの写真、あいつらに見せていい?」

「え、ええっと・・・」

「はは、冗談。仕方ないから今度持ってきてあげる。」





俺は自分から進んで、話題をふれるような性格ではなくて。
めずらしいものなどない、小さな部屋の中。会話が途切れることだって何度もあった。
実際、お互いに話す量はそれほど多くない。それでも、居心地の悪さはまったく感じなかった。
なにか特別なことをしているわけでもないのに。そう思えることが不思議だった。





「暑いから気をつけてね。いってらっしゃい。」

「いってきます。」





発作をきっかけに、以前よりも体調が悪くなったは、今ではほとんど外に出ていない。
夜の学校には親に秘密で行っていたらしいけれど、これ以上の無茶はさすがにやめると笑いながら言った。

ふと、思う。
はなぜ、親や教師に見つかって、怒られるのを覚悟してまで、夜の学校に来ていたのだろう。
学校を見に行きたかっただけならば、先生に許可をもらって、昼間でもよかったはずだ。
わざわざ多くの人が怖がるような夜の学校に、しかも一人で幽霊探しなんて。
万が一、幽霊を見たって、彼女の体には余計な負担がかかってしまうだけだと思うのに。
















疑問の答えを聞くきっかけは、意外とすぐにやってきた。
の家を訪ねると、ちょうど彼女が幽霊やら超常現象やらに関する本を手にしていたからだ。





「もしかして、そういうの好きなの?」

「・・・好きっていうか・・・病院で偶然、学校に幽霊が出るって噂を聞いたの。だからちょっと興味が沸いて。」

「一人で夜の学校とか、怖くなかった?」

「はじめに冒険がしたかったって言ってたでしょう?普段と違うことが出来るのが楽しかったの。」

「・・・変なところに行動力発揮するんだね。」

「もし会えたら、聞いてみたいこともあったし。」

「聞いてみたいこと?」

「内緒。」





が面白そうにクスクスと笑う。
俺は呆れつつ、ため息をつきながらも、彼女の話に続いてみる。





「大人しく会話なんてしてくれる、親切な幽霊じゃなかったかもよ?」

「それはそれで。幽霊がいるんだってことはわかるし。」

「呆れた。」

「でも、会えなかったけどね。」

「そうそう会えたら、世の中パニックだよ。」

「そうだよねえ・・・。」





は手にしていた本を見て、がっかりしたように肩を落とした。
そして、遠くを見るように窓から外に視線をうつした。





「もう行けないなあ。お母さんにも心配かけちゃうし。」

「結局ばれてたの?」

「ううん、大丈夫だと思う。あの時間、私は眠ってることになってて、こっそり出てきてたの。
もし私が夜の学校で発作なんて起こしたら、心配どころじゃすまないよ。」

「それは・・・そうだね。無茶はしないで。」

「わかってたんだけどなあ。自分の我侭を通しちゃった。」

「一人で通そうとするから、無茶なんだよ。」

「え?」

「また行きたいなら言いなよ。」

「・・・。」

「もう一人で行かなくたっていいでしょ。それくらい付き合うよ。」

「・・・そっか。」

「そう。」

「わかった。」

「よし。」





があまりに嬉しそうに笑うから、つられて俺も笑った。
些細なことでも、本当に楽しそうに聞いてくれる。笑ってくれる。
彼女は言葉を紡ぐのも、耳にすることも、いつだって一生懸命で。
話す言葉のひとつひとつが、本当に大切なもののように思えた。





「でも私、思い切って行ってみてよかったよ。」

「学校?」

「うん。幽霊には会えなかったけど、英士に会えた。」

「・・・。」

「嬉しかった。英士と話せることが楽しかったし、幸せだったよ。」

「・・・大げさだな。」

「英士、照れてる?」

「照れてないよ。」





思わず視線をそらすと、その視線を追うようにが俺の顔を覗き込んだ。
それに気づいて再び視線がかちあうと、彼女は楽しそうな表情を見せて笑う。





「私、幸せだよ?」

「もう聞いたよ。」

「うん。」

「なにその顔、俺をからかおうとしてるの?生意気。」

「たまにはいいじゃない?」

「だめ。嫌だ。却下。」





劇的なことなんてない。
どこかに出かけて盛り上がるわけでも、大声で笑ったりすることもない。
家の中の小さな部屋で、同じように流れていく日常。

何も変わらなくてよかった。
これからもずっと、静かで穏やかな、温かな時間が続いていけばいいと思ってた。





「・・・っ・・・」

?」

「・・・っけほ、ごほっ、ごほ・・・」

、平気?」

「・・・だ、い、じょぶ。でも、今日はそろそろ休もうかな。」

「・・・そう、じゃあ俺は帰るね。」

「うん。見送れなくてごめんね。」

「何言ってるの。ちゃんと体休めなよ。」





それだけで、よかったのに。



流れていく時間とともに、少しずつ、けれど確実に。



変化は起こり始めていた。







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