の家の住所は、ほとんど苦労することなく知ることができた。
クラスメイトだったということもあるし、俺が真面目な生徒として見られていたことも理由のひとつだろう。
偶然に会ったと話し、見舞いに行きたいと言えば、担任は快く教えてくれた。
さすがに勝手に教えるのはどうかと思ったらしく、の家にまで連絡を入れていたのは予想外だったけれど。

けれど、おかげで俺は難なく、彼女の家までたどりついた。
学校から近いと言っていた言葉も本当だったようだ。

担任によると、の家もいつでも来てくれていいと承諾してくれたらしいけれど、どうしたものか。
素直にインターフォンを鳴らしていいのだろうか。
そもそも俺とは、夜の学校で会っていた。彼女の家族がそれを知らなかったら、どこで会ったと聞かれるだろうし。





「こんにちは。」





迷っているところに、見たことのない女の人が、小さく笑いながら挨拶をする。
俺は戸惑いながらも、同じように会釈を返した。













ゴースト














「っ・・・」





数日振りにあった彼女は、俺を見てひどく驚いた表情を見せた。
ニコニコしながら俺を部屋に案内したのは、先ほどの女の人。の母親だ。





「な、んで・・・」

「クラスメイトの郭くん。、お話したんでしょう?この間、一緒に出かけたとき?
お母さんがちょっといなくなってる間に仲良くなったの?」

「わ、わたし・・・し、知らな・・・」





どうやら俺がここに来ることは、なぜか本人に知らされていなかったらしい。
うまくとぼけることも出来ずに、焦っているのだけは、目に見えてわかる。
そして、彼女はどう見たって、俺を歓迎しているようには見えないことも。





とは学校で・・・」

「か、郭くん・・・ちょっと待って・・・あの、」

「ん?」

「お母さん、郭くんと二人にしてくれる?」

「はいはい。飲み物とお菓子、ここに置いていくから。」





おそらくの母親は、彼女が夜の学校に行っていることを知らないだろう。
そしてもそれを隠したがっている。そうとわかれば、それを盾にしてしまえばいい。
少し卑怯だったかもしれないけれど、だって知らないフリをしようとしてるんだから、お互い様だ。





「・・・。」

「・・・。」





お互いを見つめたまま、沈黙が続く。初めて出会ったときを思い出した。
あのときとはまったく状況が違うけれど。





「・・・どうして、来たの。」

「じゃあは、どうして来なくなったの?」





間髪いれずに質問を返すと、はバツの悪い表情を浮かべて、唇を噛んだ。
そのまま何も答えることはなく、部屋の中にまた沈黙が走る。





「何か理由があって、来れなくなった?」

「・・・。」

「それとも、何か気に障るようなことをした?」

「・・・。」

「俺が学校に行くこと、迷惑だった?」





は何も言わない。
ただつらそうに、顔を俯けるだけ。





「・・・さっき、どうして来たのかって聞いたよね。」





何も言わないのなら、それでもいいと思った。
元々、無理に聞き出すつもりはなかったし、歓迎されるとも思っていなかった。





「何も言わずにいなくなった理由、教えてもらおうと思って。」





それならば、俺は俺で言いたいことを伝えるだけだ。





「・・・いや、ちょっと違うか。」





迷ったり、隠していたら、きっと伝わらない。
俺が彼女をわからないように、彼女だって俺がわからない。
の本心が知りたいのなら、俺も伝えるべきだ。

突然いなくなって、腹が立ったことも本当。
その理由が知りたかったことも本当。

けれど、一番明確で、単純な理由は、









「会いたいと、思ったから。」










肩を揺らし、それまで俯いていたが、顔をあげた。
ずっと彼女を見つめていた俺と視線がかちあう。

は一瞬目を伏せた後、もう一度俺を見て、ゆっくりと口を開いた。





「迷惑だなんて、思ったこと・・・ない。」

「うん。」

「郭くんと一緒にいることも、いろんな話をすることも、本当に・・・本当に、楽しかった。」

「・・・そう。」

「・・・わたしは・・・」





以前話していたときよりも、声はさらに小さくなっていた。
ゆっくりと、ゆっくりと紡がれるその言葉を聞き逃すことのないように、耳を澄ませて彼女の声を聞いた。








「貴方の前では、普通の女の子でありたかった。」








は笑っていた。









「皆がそうしているように、学校に通って、おしゃべりして、笑いあいたかった。」

「・・・。」

「郭くんと会ってる間は、そう思えたの。皆の"当たり前"が"普通"が、目の前にある気がしてた。」










けれどそれは、どう見たって明るいものではなく、何かをこらえているようで。
自分の感情を笑顔の中に隠しているように見えた。










「こんな姿を・・・見られたく、なかった・・・」










学校で出会っていたと、今日のは違う。
病院着のような寝間着、疲れきったように弱々しく、ベッドに横たわった姿。
そして夜ではない今、彼女の肌の色がはっきり見え、体調が悪いことが一目でわかる。





「ずっと、普通の・・・友達でありたかったの。病気のことで同情されるのも、気遣われるのも嫌だった。」

「・・・。」

「発作が起きて、なかなか外に出られなくなって・・・学校にも行けなくなった。
だったらこのまま・・・自分のことを知られる前に・・・郭くんの記憶の中で、あのときの私だけが残ってくれればいいって・・・そう・・・」





は言葉につまり、それ以上何も言えなくなった。
彼女に伝えるべき言葉を考える前に、俺の体は自然と動いていて。
表情を隠すように俯いていた彼女に近づいて、震える手を掴んでいた。





「言っておくけど、俺は同情もするし、気も遣うよ。」

「・・・。」

「だけどそれは、だから特別ってわけじゃない。」

「・・・郭・・・くん?」

「当然でしょ?友達なんだから。」





何を言えばいいのか。どうすれば彼女に届くのか。
考えたけれど、明確な答えなど出なかった。俺はではないから、その気持ちを理解することなんて出来ない。

それならば、ただ、伝えようと思った。
難しいことなんて考えないで、俺自身が何を思い、何を伝えたいか。それだけだ。





「友達の具合が悪かったら、心配もするし、見舞いくらい行くよ。」

「・・・うん。」

「治ったら一緒に喜ぶし、そのあとはそうだな・・・快気祝いくらいしてあげる。」

「・・・うん・・・」

「拗ねて一人でいじけてたら、説教だってするし。」

「・・・っ・・・」

のことだよ?わかってるの?」

「・・・っ・・・うん・・・」





弱々しく俺の手を握り返すと、それ以上の言葉はなかった。
俺もそのまま何も言わなかった。何も言わなくて良いと思った。



しばらく続いた静寂。
ゆっくりと過ぎていく時間は、言葉がなくとも、俺たちがまた近づいていくのに充分だった。









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