「・・・今日もいた。」 「・・・郭くん、割と暇なの?」 「暇ではないけど。」 「ふふ、説得力ないよ?」 誰にも気づかれないように、夜の学校に忍び込む。 校則違反などしたことはなく、今まで真面目に過ごしてきた自分からすれば、信じられない行動だ。 「・・・別に、俺もしてみたくなっただけだよ。肝試し。」 「・・・っ・・・あははっ。仕方ないなあ。それじゃあ混ぜてあげる。」 夜になると現れる、出会ったことのなかったクラスメイト。 白いワンピースに、まっすぐに伸びた長い黒髪、白い肌。 暗闇の中で幽霊と間違えてしまうような出会い方をして、興味を持っただけなのかもしれない。 夜の学校に忍び込むことに、ガラにもなくちょっとしたスリル感や楽しさでも覚えていたのかもしれない。 彼女のことを誰かに話すこともせず、練習が終わると自然と学校に向かっている自分がいた。 ゴースト 「いつも思うけど、はどこから入り込んで、どこから出ていってるわけ?」 「郭くんと一緒じゃないの?」 「俺は部活棟に繋がってる渡り廊下から入って、先生たちが鍵を閉める前にそこから出てる。 だけどは初めて会ったとき、別方向に逃げていっただろ?先生が俺を呼びに来たのはその直後で、鍵を閉めてるところも見た。 ・・・というか、あのときの、追いかける間もなく消えたよね?」 「内緒。」 「そう、そんなに学校に忍び込んでることばらしてほしいんだ?」 「う、ひどい。弱みを盾にするだなんて。大体郭くんだって今は・・・」 「俺は優等生だから、適当な理由をつけて言い訳すればなんとかなるし。」 「・・・もう。そこの廊下を曲がってから3番目の窓ね、鍵が壊れてるの。」 「え?」 「私も初めは郭くんと同じ方法だったんだけど、この間偶然、鍵のかかってない窓を見つけたの。 でも、鍵がかかってないだけかと思ったら、鍵自体が折れて壊れちゃってたんだ。 あの日も先生と郭くんがいなくなるのを待って、そこから出て行ったの。」 「・・・ふーん。」 「念のため言っておくけど、私は壊してないからね?本当だよ?」 彼女に対する疑問はいくつもあったけれど、それを一度に聞くことはしなかった。 時間が限られていることもあったし、会うたびにこうしてひとつひとつ、謎が解けていくことが楽しくもあったからだ。 「郭くんに声をかけられて、すごくびっくりしたし、焦ったよ。見つかる覚悟はしてたけど、いざとなると慌てちゃうね。」 「・・・慌ててたの?」 「いくら学校の生徒だって言っても、夜の学校には立ち入り禁止でしょう? あのときはとにかく逃げなきゃって・・・郭くんに何を言ったかもいまいち覚えてないもの。」 「そんな風には見えなかったけど・・・」 「他人と接することが少なかったから、感情の表現が下手なのかも。でも、郭くんもあまり驚いてなかったよね?」 「驚いてたよ、それなりに。」 「郭くんも感情表現が下手なんだ。お揃い?」 「あまり嬉しくないな、それ。」 「ふふ、そうかも。」 彼女はいつも穏やかに、小さな声だけれど、一言一言を噛みしめるようにゆっくりと話す。 普段話す友達やクラスメイトたちのように、言葉から感情の起伏を読み取ることは難しかった。 けれどそれは俺にとって、居心地の悪くなるようなものではなかった。 「そろそろ時間だね。の帰る方法もわかったことだし、送ろうか?」 「ううん。家は近所だから大丈夫。それに郭くん、その荷物で窓から降りるのはお勧めしないよ?」 「渡り廊下の方から帰ればいいんじゃないの?」 「すぐそこの窓からの方が、人に会う確率が低いだろうし・・・」 「まあいいけど。別に俺の荷物の心配はしなくてもいいよ。1階なんだし、先に外に出せば・・・」 「その重そうな荷物を外に放り投げて、音がたっちゃって、先生に見つかったらどうするの?」 「それは俺の心配をしてるの?それとも暗にミスをして自分の邪魔になったら困るって言ってるの?」 「・・・・・・もちろん、心配してるんだよ?」 「何、その間。まあいいや、今日のところは大人しく言うとおりにしようかな。」 確かに一緒に行動する人数が増えるほど、人目につく可能性は高くなる。 それにお互いにその気がないとはいえ、同じクラスの男女が夜の学校に忍び込んでるなんて知れたら問題だ。 何かあったとしても、一人でいるときにばれるほうがいいというのも事実。 もそう思って、あまり理屈の通っていない理由をこじつけたのかもしれない。 「。」 「なに?」 「学校に幽霊が出るって噂になってる。もしかしたらを見て勘違いしてる奴らがいるのかもしれない。 またここに来たいっていうなら、くれぐれも気をつけて。」 「そっか・・・。うん。」 「あと、」 「?」 「いくら近所って言ったって、夜なんだから。寄り道とかしないで、はやく帰りなよ。」 「・・・。」 「なに、そんな驚いた顔してるの?」 「・・・ううん、ありがとう。ばいばい、郭くん。」 廊下に誰もいないのを確認して、は窓から、俺は入ってきた渡り廊下の扉から、それぞれの帰路につく。 初めて出会ったときよりも、彼女の表情の種類が増えてきたような気がしていた。 幽霊などではないと思いながら、それでも確かめに来てしまったのは、彼女の冷静さと表情の少なさも理由にあったのかもしれない。 けれど、さきほど笑顔で手を振って俺を見送った彼女を、幽霊に見間違えるなんてことは、もうないだろう。 ・・・そう考えてから、そういえば彼女も俺を幽霊だと言っていたことを思い出した。 彼女はあのときの俺のことをどう思い、幽霊と言ったのだろう。今と比べて何か変わっただろうか。 もしかしたら俺と同じように思っているだろうか。お揃いだと笑っていたを思い出して、つられるように笑みがこぼれた。 「あれ?」 次の日の夜、教室に行ってみても、そこには誰の姿もなかった。 いつもは俺が来る前よりも先に、彼女が来ていたのに。 別に約束はしていないし、来られない日だってあるだろう。そう思ったとき、廊下から足音が聞こえた。 ペタリ、ペタリと聞こえる音に、とりあえず身を隠すべきだろうと教卓の下に隠れた。 けれどすぐに足音の違和感に気づく。ペタリ、と聞こえる音は、恐らく裸足で歩く音だ。 教師ならば、誰もいない校舎といえど、裸足で歩いたりはしないだろう。 となると、残るは俺みたいに忘れ物を取りにきた奴か・・・ ガラッ 「・・・やっぱりか。」 「郭くん。来てたんだ。」 「こそ、どこ行ってたの?」 「せっかくだから、肝試しがてら校内の探索?」 「・・・割と度胸あるよね。先生に見つかったらどうしたわけ?」 「見つかる覚悟はあるって言ったでしょう?」 「はあ、そんなに幽霊が見てみたいの?」 「見たいっていうか・・・うーん・・・」 「・・・待った。静かに。」 「え・・・きゃっ、」 また、足音が聞こえた。今度は当然だが、裸足ではない。 俺たちがここにいるということは、教師か部活に来てる生徒だろう。 「郭く・・・」 「だまって。」 その人物が教室に入ってくる前に、先ほどまで隠れていた教卓の下に二人でもぐりこむ。 さすがに二人は無理かと思ったけれど、が思った以上に細いからか、なんとか入ることが出来た。 直後、教室の扉が開く。姿を確認する余裕はなかったから、誰かはわからなかったけれど、机から何かを探してる音が聞こえる。 「あった」と呟く声も聞こえたから、理由は以前の俺と同じものだろう。数分しないうちに目的は終わったのか、教室から出て行く。 安堵したところで、が俺の服を強く掴んでいることに気づいた。 「・・・?」 「あ、あの・・・」 俺を見上げた彼女の顔が、思った以上に近くて。 彼女の体を抱きしめる形になっていることも手伝って、狭い教卓の下で思わず後ずさり、頭と背中をぶつけてしまった。 「・・・っ・・・ふふ・・・あははっ・・・」 「・・・なに、笑ってるの?言っておくけど、さっきのの挙動不審さの方が笑えるからね。」 「だ、だって・・・いきなり・・・びっくりして・・・」 「・・・。」 「・・・。」 「・・・見つかるところだったね。」 「うん、ありがとう。ぶつけたところ、大丈夫?」 先ほどぶつけた部分に、彼女の手が触れる。 外から差すかすかな光で、彼女の表情が見える。心配そうにしながらも、優しく微笑むと、そのまま俺の頭を撫でた。 照れくさくなり思わずその手を掴んで、視線をそらし、その場に立ち上がった。 「大丈夫、だけど、」 「?」 「・・・なんか、嫌だな。」 「え?」 「言っておくけど俺、普段からこんな間抜けなことしてばかりじゃないからね?」 「・・・。」 「割と冷静だし、慎重だし、ミスも少ないから。そこのところは誤解しないで。」 「・・・ふふ、うん。」 「なに笑ってるの。」 「なんだか、郭くんが可愛くて。」 可愛いだなんて、言われたことはなかったし、言われたくもなかった言葉だ。 嬉しくもなんともないし、むしろ腹立たしく思ってもよかったはずだったのに。 「可愛いなんて言われても、嬉しくない。」 「褒めてるのに。」 「褒めてない。男に言うような言葉じゃないよ。」 「郭くんが素敵な人って意味だよ?それでもだめ?」 「だめ。」 楽しそうに笑う彼女の姿に拍子抜けしてしまったからか、 割と本気で言っているのに、あまり伝わらなかったようだ。 諦めるようにため息をついても、彼女はまだ笑ってる。 「は行動が読めないよね。」 「そうなの?」 「そうだよ。夜の学校に忍び込むし、窓から出入りするし、肝試しって言いながら一人で学校を歩き回ったりするし、男に可愛いって言うし。」 「初めてのことばかりで新鮮なんだよね。」 「・・・無茶ばかりするからほっておけない。」 「郭くん、面倒見いいって言われるでしょ?」 「不本意ながらね。昔から無茶ばかりする友達が近くにいるから、かな。」 「そっか。いいなあ。」 いつ先生や生徒に見つかるかもわからない。 緊張して、周りを気にしていなければならなかったのに、気持ちはいつも穏やかだった。 穏やかに、ゆっくりと過ぎていくのに、気づくとあっという間に時間は経っていて。 学校に忍び込む彼女のことを、教師に伝えようとは、考えなくなった。 彼女と過ごす時間は、居心地がよかった。 TOP NEXT |