「出るらしいぜ?うちの学校。」





日も暮れて昼間の猛暑も少しだけ和らいだ夏の夜。
忘れ物を取りに学校に向かうと、ちょうど部活を終えていたクラスメイトに出くわした。
ここに来た理由を告げると、最近噂になっていることがあるのだと、彼は面白そうに笑った。





「出るって何が?」

「決まってんじゃん。お化け。幽霊。」

「・・・バカらしい。」

「バカじゃねえよ!見たって奴が何人かいるんだぜ?」

「今年の夏は暑いからね。」

「暑さでおかしくなったって言いたいの?あーもう!郭って全然びびらねえから驚かし甲斐がない!」

「それはどうも。」

「褒めてねえし!」





夏休みに入り、各部活は夏の大会に向け、遅くまで練習の日々だ。
俺は部活には入っていないけれど、所属するジュニアユースでの練習にあけくれる毎日。
学校に忘れ物をしていたことに気づいたはいいけれど、登校日はだいぶ先。練習の帰り道ついでに取りにいくことにした。

到着した時間も時間だったから、各部活の練習ももう終盤か、帰宅準備に入っている。
ちょうど目に入った教師に用件を伝え、許可をもらうと、俺は自分の教室に向かった。





「皆で本当に幽霊だったか確かめようって話が出たんだけど、顧問にばれて止められてさ。俺らは校舎入れねえの。
だからさ、お前が目撃したらちゃんと教えろよな!さすがに郭が見たとなったら本当だろ!」

「はいはい。」





妙な期待に適当な返事をしつつ、電気もほとんどついていない、薄暗くなった廊下を歩く。













ゴースト













幽霊が出るだなんてもちろん信じるわけがないけれど、暗くなり何の音もない学校というのは、確かに独特の空気を感じる。
昼間いる学校は明るく騒がしく、自分しか感じられない空間というものはない。その反動もあるだろう。
とはいえ、それだけだ。何か問題が起こるわけでもなく、数分で教室にたどり着いた。そのまま扉を開き、自分の席へと向かう。
忘れていたノートを手に取り鞄につめて、教室を出ようとして、視界に何か違和感を感じた。

窓際一番後の自分の席しか見ていなかったけれど、視界の端に見えた白いもの。
別に怖いものみたさでも何でもなく、ただ無意識に違和感の正体を見つけようとしただけ。
周囲を見渡すと、暗くなった教室の端に女の姿が浮かび上がる。

見たことのない女の子だった。長い黒髪に白い肌、白いワンピース。年は俺と同じくらいだろうか。





「決まってんじゃん。お化け。幽霊。」





友人の言葉が思い浮かんだ。





「「幽霊?」」





同時にまったく同じ言葉を発して、お互いが驚く。
それから少しの沈黙は、バカなことを言ってしまったという自分への呆れだろう。





「・・・こんなところで何してるの?不審者?」

「不審者よりは幽霊にしといてもらった方がいいなあ。貴方は?」

「俺は不審者でも幽霊でもない。この学校の生徒。忘れ物を取りに来ただけだよ。」





誰ともわからない相手に、警戒もせずに話しかけてしまったのは、先ほどの自分に言動に呆れて調子が狂っていたことと、あまりに彼女が無防備に見えていたからだと思う。
見た目だけで判断するなんてバカなことだとわかっているけれど、何かあったところで自分が負ける姿がまったく想像できない。
そんなことさえ思わせるような、見るからに弱々しい印象しか持てなかった。





「それでそっちは・・・」





俺が言葉を終える前に、彼女は教室から出て行ってしまった。
ドアのすぐ近くにいた彼女を窓際にいた俺が止めることは出来ず、廊下に出て周りを見渡しても、その姿はどこにもなかった。
そのあとすぐ、もう学校を閉めるからと教師が俺を呼びにやってきた。彼女のことを話すか迷ったけれど、結局また幽霊騒ぎにでもなるか、バカにされるのがオチだ。そう思い、何も言うことなく学校を後にした。


















「・・・俺って割とバカなのかな。」





次の日、俺は昨日と同じように、学校の前に立っていた。
小さく呟いたひとりごとに、答える人間はもちろんいない。
忘れ物を取りにいくという用事は終えたのに、またここにいる理由は自分でも呆れるようなものだ。
今度は昨日とは違い、教師に何も告げることなく、誰にも見つからないようにして、学校の中に入った。

自分も周りの奴らと同じく、怖いものみたさを楽しみたい人間だったのだろうか。
こんなことに行動力を発揮してなんの意味があるだろう。俺を知る友達が見たら驚くだろう。俺自身もそう思う。

ただ、昨日は何もかもが突然すぎて。思考もまわらず、ただただ驚いていて。
彼女は何者だったのか。俺が追いつくことも出来ない間にどうやって消えたのか。そもそも彼女は・・・本当に存在していたのか。
いくつもの疑問が頭を過ぎって、どうしてももう一度確かめたくなった。

そして、昨日と同じく、教室の扉を開ける。





「・・・何やってるの?」

「・・・昨日の・・・また忘れ物?」

「君が本当に幽霊だったら、どうしようかと思って。」

「あはは、どうしようって思ってる人の態度じゃないよね。」





確かめて何もなければそれでいい。これ以上、ただの興味本位で行動しても、時間の無駄だ。
そう思っていたのに、彼女はまたそこにいた。昨日と同じ白いワンピースを着て、窓際から校庭を眺めているようだった。





「予想に反して悪いけど、人間だよ。ほら、ちゃんと足もついてるでしょう?」

「残念ながら、そうみたいだね。」

「どちらかと言うと、探してる側?」

「何を?」

「幽霊。」

「何でそんなもの探してるの?」

「ちょっと冒険してみたくなって。」

「つまり一人で肝試し?寂しいね。」

「まあね。」





得体のしれない人物と何を暢気に話しているのだろう。
彼女は幽霊でもなんでもなく、遊び目的でここにいることになる。
害がないのならばほっておくべきか、規則違反として教師に報告するべきか。
どうしようかと考えながらも、会話は続いた。





「それで、何かいた?」

「何も。」

「だろうね。そもそも何で部外者が、こんなところで肝試しなんてしてるわけ?」

「私、一応部外者じゃないよ?このクラスの生徒。ちゃんと登校したことはないけど。」





そこまで言われて気づいた。そういえばこのクラスには、ひとつだけ空いている席がある。
担任によれば、その子は体が弱く、学校に通えるようになるまで時間がかかると。

確か、名前は。





「・・・?」

「・・・知ってて、くれたんだ。そう、。」





知っていたのは、たまたま俺が空いている席の隣だったから。
周りの奴らが、どんな子なんだろうと気にしていたのを覚えていたということもある。





「俺、隣の席だから。」

「そうなんだ。初めてクラスメイトと話せちゃった。なんだか嬉しいな。」





そう言って手を差し出し、俺がそれに応えると、少し驚いたように俺の顔を見る。





照れくさそうに顔を赤らめて、俺の手を握りなおし、彼女は嬉しそうに笑った。








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