自分が世界の中心だと思っていた少女。





少女を目標にしていた少年。





月日が経ち、その立場は逆転して。





けれど、その関係も崩れた。





じゃあ、これからは・・・?













戦う少年少女
















「風邪は全快したのかしら?三上クン。」

「・・・何の用だよ。」





渋沢くんと別れ、向かった先。
風邪で数日学校を休んでいたくせに、昼休みになる前から既に教室にはいなかった彼。
彼が教室にいないときどこにいるかなんて、不本意ながらもしっかりと把握してしまってる。
屋上でひとり、壁に寄りかかっている姿を見つけて三上の前に立った。





「こっちは一応看病してあげた身なんだけど、失礼じゃない?」

「うっせえな。てめえが勝手にしたことだろ。恩着せがましく言ってんじゃねえよ。」





ああもう本当に可愛くない。
昔のアキだったなら、もう少しからかいがいもあったのに。
いつの間にこんなに性格がひねくれてしまったのだろうか。





「アンタは私が嫌いなんだよね。」

「・・・。」

「だから、もう関わりたくないっていうのもわかるよ。けど、私はアンタに・・・伝えたいことがある。」

「・・・?」





アキは私を目標にしてた。
だからこそ、過去を忘れようとして、無かったことにしようとしてる私が許せなかった。
昔の私を知っていたのなら、嘘でかためた私はどれほど滑稽に見えたことだろう。
目標としていた私が、周りからも自分からも逃げてばかりで、どれほど落胆したことだろう。

今更私がどう変わろうが三上には関係ないことなんだろう。
だけど、私は伝えたいと思う。アンタには、アキには伝えなきゃって思うから。





「私、もう嘘をつくのはやめようと思う。」

「!」





良い人の自分。優等生の自分。皆に囲まれ、信頼される自分。
それが本当に自分の求めていたものなのか。本当の意味で誰かに必要とされていたのか。
考えるまでもなかった。私はもうとっくに答えを知っていた。





「私、転校する直前にね、ちょっとショックを受ける話を聞いちゃってさ。
それで自分の殻に閉じこもってた。優等生を演じて、いい子になることを決めたんだ。」





それでも私はそれに縋るしかなかった。だから気づかないフリをしていた。
偽りの自分であっても、そうして他人をつなぎとめておくしか術を知らなかった。





「自分でそうなるような態度や行動をしてたくせにね。意外と傷つきやすかったんだ私。
だから今度は強さを誇示することなんかより、嘘でも優しい人になろうって。」





優しい人になろうと決めても、簡単にはいかない。
それまでの傍若無人な性格が直るわけもない。
苦労することがわかっていてそれでも、私は他人を求めていた。

そうじゃなきゃ、誰も私の存在を認めてくれないと思ったから。





「だから三上には本当にヒヤヒヤさせられた。せっかくここまで築いてきた信頼を一気に失うかと思った。」





昔の私を知っている奴がいたなんて。
さらに、今の私と昔の私をつなげてしまうほどに深い関わりがあった奴に会うだなんて想像もしなかった。
けれど想像もしてなかった偶然が起きて、ソイツはその話を盾に私を脅した。





「迷惑だったよ。私が必死になったって、ニヤつきながら簡単にそれを壊そうとする。
腹が立って仕方がなかった。何でそこまでされないといけないんだってそう思ってた。だけど・・・」





だけど、今になって思う。今なら、わかる。










「だけど、アンタはいつだって本当の私と話そうとしてくれてたね。」









「お前の笑顔は嘘くさいんだよ。周りが騙せても俺を騙せると思うな。」

「優等生でいることがお前の言う、変わりたいってことなわけ?」

「そうやって過去をなかったことにして、のうのうとしてるお前を見てると本当ムカつく・・・!」





三上がいなかったら、私はいつまでも偽りの自分を演じたままだった。
いつまでも傷つかず、痛みも感じず、本当の喜びも嬉しささえもわからない。
そんなつまらない自分でい続けるところだった。





「脅されてパシリにされて、腹がたってたのも本当。でも、私は・・・」










「俺は、昔のお前は嫌いじゃなかった。」











「アンタに会えてよかったよ、アキ。」











ひねくれてるのにまっすぐで、弱いくせに意地っ張りで、私なんかを目標にしていた女の子みたいな男の子。
傷だらけになっても決して諦めることなく、彼は何度も何度も私に勝負を挑んだ。

だからこそ、私の存在に気づき、本当の私を引っ張り出してくれた。



私は傷つくことが怖かった。
それまで体に傷はつくっても、心までは傷つけられたことがなかったから。
だから誰かが傷つくこともわからなかったし、その痛みを知ることもなかった。

でも、今はその痛みがわかる。
痛みがわかるからこそ、その分嬉しいことだってわかる。

私はもっと知りたい。たくさんの感情を知りたい。
そのための痛みならば耐えることができるはずだ。今はもう幼い頃の私じゃない。





「それだけ。じゃあ私は行く・・・っと、わ!!」





そう言って振り向いた瞬間、後ろから軽い衝撃と少しの重み。
自分の体が一回り大きい体に包まれている。





「・・・えーと・・・」





何が起こったのか、よくわからなかった。
私の体を包んでいる腕。肩に乗っているだろう頭は・・・





「・・・三上・・・?何してんの・・・?」





私の後ろにいたのは三上しかいない。
しかし彼はさっきから顔を俯けてこっちを向こうともしていなかったのに。
一体何が起こったっていうんだ。





「何勝手に自己完結してんだよ、バカ女。」

「・・・は・・・?」





体をずらそうとしてもよじってみても、三上の腕ははずれず振り返ることもできない。
私はその体制のまま、彼の話を聞くしかなかった。





「自分だけスッキリしたような顔しやがって!マジでムカつく!この自己中女!」

「・・・は、はあ?!何でそんなこと言われなくちゃなんないのよ!私はアンタにお礼を言いにきただけでしょうが!」

「なんだ今更礼って!今更・・・本当お前って・・・」





三上の私を抱きしめる力が強くなった。
けれどそれとは対照的に、続けていた言葉は途中で弱々しく途切れる。





「・・・昔のお前が言ってた言葉、覚えてるかよ。」

「昔の私がって・・・何?」

「ケンカで負けたとき、何て言ってた?」

「負けたことなんてない・・・あ、ああ。もしかして『自分で負けと認めない限り、負けじゃない』?」

「は、そういう記憶力はあんだな。」

「バカにしないでよね!別にアキのことは忘れてたわけじゃ・・・」

「俺もそれ、使うわ。」

「・・・は?」





三上の方へ振り向きたくても、彼の力が強すぎて体を動かせない。
だから三上の表情がどんなものかはわからなかったけれど、その声はどこか嬉しそうにも感じとれた。





「あんなの、負けなんて認めねえ。」

「・・・もしかして、この間の勝負のこと?」

「それ以外に何があんだよアホ。」

「アホって言うな!熱があるのに勝負を受けたアンタの方がアホでしょうが!」

「うるせえな、熱で逃げるなんてカッコ悪すぎだろうが!」

「それで負けたらもっとカッコ悪いけどね。」

「あーもうマジでムカつく!調子乗ってんじゃねえよ下僕!」

「もう下僕は終わりだっての。調子乗ってんのはどっちよ。」





話しているうちに三上の腕の力がようやくゆるくなって。
私は三上の方へ振り向き、彼を見上げた。





「・・・もともとあれで勝ち、だなんて言うつもりなかったけどね。」

「あ?サマが勝ちに拘らないなんて成長したんじゃねえの?」

「まあ少しは。これでももう高校生ですから。」

「精神的にはまだガキだよなお前。」

「そっくりアンタに返す。」

「うわ、うぜえ。」

「まあそういうわけで、勝負は次に持越しね。」

「あっそ。」

「で、次はさ。純粋に勝負しようよ。」

「は?」

「昔のこととか、関わらないとか、そういうの関係なく。
アキがどれくらい強くなったのか、知りたいし?」

「・・・。」





三上がポカンとしたまま私を見つめた。
今日の三上は表情がコロコロと変わって、なかなか新鮮だ。
自然と笑みが浮かぶと三上は私を抱きしめたまま、生意気だ、と軽く頭突きをしてきた。
軽くとはいえ痛い。というか何が悲しくてこんな体制で頭突きを受けないといけないんだ。





「ところで三上クン、そろそろ離してくれないかしら。
ていうかそもそもなんでこんな体制になっているのかもサッパリなんですけど。」

「嫌だね。」

「もう予鈴もなったしさ、私そろそろ教室に戻りたいし。」

「エセ優等生は止めたんじゃなかったのか?」

「だけど不良とかサボリ魔になる気もないので。」

「・・・お前、渋沢の時と態度ちがくねえ?」

「な、何でそこで渋沢くんが出てくるの?!」

「渋沢といるときはいつもそんな風に慌てるくせに。結局お前も所詮ただの女だよな。」

「何それ。渋沢くんはちゃんと断ったわよ!そこらのミーハーな女と一緒にすんな!」

「・・・ふーん。」





三上が何かを考えるように、私から視線を外し空を見上げた。
彼の行動と言動の意味がよくわからなくて、答えを問うように三上を見る。





「お前も人並みに恋愛とかすんの?」

「は・・・?何いきなり。」

「いいから言え。離してやんねえぞ。」

「ア、アキのくせに生意気な・・・!」

「アキアキってうるせえな。そのアキも男なんだよ。わかってんのか?」

「わ、わかってるわよ!顔を近づけるな!」





本当にあの頃のアキとは大違いだ。
体も大きくなったし、力もあるし、ふてぶてしいし。何より女の子じゃなくて、男だし。
・・・男?・・・そう、男なんだアキは。





「・・・そうだ、アンタね、この間みたいな嫌がらせとか止めなさいよ。」

「・・・嫌がらせ?」

「体育倉庫での話。下僕だった私が渋沢くんと付き合って幸せになろうとすることが許せなかったんでしょ?
だから邪魔するつもりであんなことしたんじゃないの?あー本当に卑怯な奴。」

「・・・。」





今度は黙りこくってしまった。
え、何?今のは真実だからね。私を脅して下僕にしようとした時点で、卑怯な奴ってことはわかってるんだから。





「嫌がらせだと思ってるわけだ?サマは?」

「だってそうでしょ?それしか考えられないし。
でも・・・今回は喧嘩両成敗ってことで無かったことにする。次あんなことしたらはっ倒すわよ。」

「誰が嫌がらせだなんて言った?」

「・・・は・・・?」





何?黙りこくったり、今更なことで怒ったり。三上は何が言いたいの?
ていうか、どんどん顔が近づいてきてるのは気のせい?!





「嫌がらせじゃなかったら何なのよ!」

「さあ?」

「うーわームカつく!訳わかんないんですけど!」

「じゃあお前は何でその後泣いたんだよ。」

「・・・え?え、あ、それは・・・な、何でだろうね・・・?」





正直なところ、理由が思い当たらないわけじゃなかった。
あの時はわからなかった。それでも、答えは見つかってる。

私は悲しかったんだ。
三上が私を嫌いだと、そして下僕としか見られていないことを思い知って。
嫌いだったはずの、どうでもいいと思っていたはずの三上の言葉が、無性に悔しくて悲しかった。





「顔が真っ赤だけど?サマ?」

「う、うるさい!」





でも、それを素直に教えてやるのも悔しいから。絶対に教えてやらないんだ。





「とりあえず、恋愛に興味がないわけじゃないと。」

「何勝手に分析してんのよ、バカアキ!」















強さを求めた少年は、周りに敵なんていなかった傍若無人な少女に負かされ、下僕にされた。
月日は流れ、今度はその立場が逆転し少年は弱くなった少女の優位に立つ。
けれどその関係も、もう終わり。

脅して、脅されて。信頼関係などひとつもないように見えた。
けれど、不器用で素直じゃない私たちにも繋がってる部分はあって。
ようやくそれを認め合えたと、そう思える。





「あーもう絶対負かしてやる!昔みたいに泣かせてやる!」

「誰が泣いたっつーんだよ!捏造すんな!」

「うるさいな、勝負受けるの?受けないの?」

「上等、受けてたってやるよ。」





一つの関係が終わって、また始まる。
友達のような、ライバルのような、言葉にできないような関係だけれど。

それでも、本音で話せる、認め合える相手。
私たちはこれから、どう変わっていくのかな。






次は、何から始めていこうか。





何から伝えていこうか。







君との新しい関係がまた、始まる。









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